いま最も注目される若手クラリネット奏者のひとりが、アンネリエン・ファン・ヴァウヴェ氏だ。才能あるアーティストを発掘するBBCニュージェネレーションアーティストに選ばれ、数々の国際コンクールに入賞。またヨガを練習に取り入れ、演奏に活かしていることでも知られる。そのヴァウヴェ氏がこの10月に、コンサートとマスタークラスのために初来日する。世界中のオーケストラと共演を重ねながら、常に新しい音楽にチャレンジを続ける彼女の思いを聞いた。
アンネリエン・ファン・ヴァウヴェ
Annelien Van Wauwe
ベルギーのクラリネット奏者。2012年、第61回ミュンヘン国際音楽コンクール第1位受賞。2015~2017年にBBCニュージェネレーションアーティストに選出。2018年、ボルレッティ・ブイトーニ・トラスト・アワード優勝。表現力豊かで抒情的、ヴィルトゥオーゾな奏者として知られる。ファースト・アルバム『ベル・エポック』(2019)では指揮者のアレクサンドル・ブロック、リール国立管弦楽団と共演し、2020年にオーパス・クラシックを受賞。2022年には、アンドリュー・マンゼ指揮、NDRラジオフィルハーモニーと共演したバセット・クラリネット協奏曲を収録した『FLOW』をリリース。2019年にベルギー・ブリュッセルにて、12人の優れた国際的な音楽家からなる室内楽アンサンブル「CAROUSEL」を設立。また、ハーグ王立音楽院で定期的にマスタークラスを開催し、教えている。Pentatone(マルチチャンネル・サラウンド・レコーディングに特化したクラシック専門レーベル)のアーティスト。
instagram:@annelienvanwauwe
Facebook:@vanwauweannelien
■東京都交響楽団 第1010回定期演奏会
[日時]10/24(木)19:00開演
[会場]サントリーホール(東京)
[出演]マーティン・ブラビンズ(Cond)、アンネリエン・ファン・ヴァウヴェ(Cl)
[曲目]エルガー:序曲《南国にて(アラッシオ)》op.50、フィンジ:クラリネット協奏曲 ハ短調 op.31(1948-49)、ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第9番 ホ短調(1958)
[料金]S¥7,000 A¥6,000 B¥5,000 C¥4,000 P¥3,000
[問合せ]都響ガイド
0570-056-057 https://www.tmso.or.jp/
生徒には自分の「声」を見つけてほしい
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ヴァウヴェさんはThe Clarinet初登場ですね。自己紹介をお願いできますか。
ヴァウヴェ
(以下 W)
私はベルギー人で、約12年、ソリストとしてさまざまなオーケストラと共演してきました。室内楽の演奏もしています。また、ハーグ王立音楽院(オランダ)の教授を務めています。そして間もなく、オーケストラと共演するため、初めて日本に行きます。マーティン・ブラビンズ指揮、東京都交響楽団との演奏会です。
W
そうです。きっと日本を大好きになると思うので、本当に楽しみにしています。
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ヴァウヴェさんはどのようにして音楽を学んできたのですか?
W
学生時代は、ザビーネ・マイヤー、アレッサンドロ・カルボナーレ、パスカル・モラゲス、イェフダ・ジラッドの各氏などに師事しました。それぞれの先生から、よりたくさんのことを学ぼうと努めました。
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世界的な奏者の方々に師事されたのですね。教わった中で印象的だったことは?
W
それぞれの先生に、それぞれ違った魅力があります。例えば、ザビーネ・マイヤー氏にとっては、楽譜に忠実であることが一番大切です。それが音楽家としての彼女の哲学です。作曲家が要求している通りに演奏する大切さを彼女から学びました。
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それは、楽譜をしっかりと読み込むということでしょうか?
W
そうです、楽譜の細かいところまで、すべて。ドビュッシーの『第一狂詩曲』のレッスンでも、一音一音にそれぞれ意味があると考えることが大切だと教えてもらいましたね。2012年には、一緒に欧州演奏ツアーをし、移動しながらも毎回の演奏会でソリストとして安定した演奏をすることなど、多くのことを学びました。
イェフダ・ジラッド氏からは、常に自分の「声」を見つけることが大事だと教わりました。心の中で自分の「声」で歌いながらクラリネットを演奏すると。先生を真似するだけではなく、自分がクラリネットで歌いたいことを表現するのです。
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ザビーネ・マイヤー氏は日本でも知名度の高い演奏家です。引退されると聞いていますが……。
W
私もそう聞いています。でも、彼女は心からクラリネットが好きですから、きっぱり辞めるなんて私には想像できません。
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ご自身はハーグ王立音楽院の教授をされていますが、学生たちに教えるとき、大切にしていることはなんですか。
W
私にとって大切なのは、限りなくポジティブでいることです。どうすれば生徒が抱えている問題を解決できるか、必ず伝えます。絶対に「それは良くないね」とは言いません。すべてが駄目なんてことはない、と思っているので。また大切なことは、生徒自身が自分の「声」を見つけることです。生徒たちは、私が見せた手本からインスピレーションを得て、最終的には自分のやりたいことを見つけるのです。
YouTubeでウォーミングアップを公開
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オーケストラや室内楽など、さまざまな演奏活動をされていますね。美しい音色を作るための日々のウォーミングアップを教えてください。
W
まず、30分ほどフローヨガ(呼吸と共に流れるように身体を動かしていくヨガ)をし、筋肉や呼吸を目覚めさせます。また、クラリネットのウォーミングアップとして「WAUW! WARM UP」という方法を考えました。これはYouTubeにも公開していますよ。
W
「WAUW」は、私の苗字をもじっているのです(笑)。さまざまな練習法から成っていて、その中にはアレッサンドロ・カルボナーレ氏など、今まで習った先生方からの教えにヒントを得たものもあります。楽器を吹きながら同時に歌う練習法や、フラッター奏法を用いた練習法があります。息の支え、レガート、音色など、さまざまな目的に合ったウォーミングアップになっています。
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フラッター奏法を毎日の練習に取り入れているのですね。
W
そうです。フラッターで曲の練習をすることもあります。
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ヴァウヴェさんのフラッター奏法は、巻き舌とは違うのでしょうか。
W
私も舌を使っていますが、喉から震わせています。巻き舌でルルル……と言うより、もっと低い場所を使う感じです。口に少量の水を含み、喉を開いてうがいをするのようなものだと考えればイメージしやすいと思います。その感じがつかめたら、水を使わずに喉を震わせるのです。
ヨガをモチーフにした曲を世界初録音
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ヨガをウォーミングアップとして日々の練習に取り入れていると聞きました。
W
まずヨガが大好きですし、演奏にも良い影響をもたらしていると思います。時間が取れるときは、1週間に2、3回、1時間から1時間半ほどヨガをしています。第一にヨガが大好きですし、演奏にも良い影響をもたらしていると思っています。ヨガのお陰で多くのことが変わりました。
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ヨガを始める前と今とで、どんな変化がありましたか。
W
呼吸が意識的にできるようになり、コントロールしやすくなりました。ストレスがあるときも、ヨガの呼吸法で落ち着きを保てます。これは音楽家にとって大切なことだと思っています。不安になることは避けられませんが、それを軽減できます。そして、呼吸と体の繋がりをより深めることができます。他にも集中力が増しました。健康にもとても良いですし、ヨガが大好きです。
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ヨガのレッスンでは、常に意識的に呼吸をするそうですね。
W
そうです。息を吸って、吐いて。日常生活の中でも、それを考えないでいるほうが難しくなってきました。練習でもコンサートでも、クラリネットを吹くときは意識的に呼吸することを考えています。特に、息を吸うことを意識しています。
10年前は、今ほどたくさんの息を吸えていませんでした。でも今は、技術的にフレージングを長くすることができます。そして、ヨガによって呼吸と体の繋がりが深まっているので、感情や表現がより自由になってきています。管楽器を吹く人たちは、楽器に吹き込む息のことばかり考えていて、より多くの息を吸おうと考えている人は、あまりいません。ですから、ヨガで意識的に呼吸をすることは、私の演奏に大いに役立っています。
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最新のアルバム「FLOW」では、ヨガの経典をモチーフにした協奏曲『Sutra』を世界初録音していますね。
W
『Sutra』はバセット・クラリネットとオーケストラ、エレクトロニクスのために書かれた曲です。パタンジャリ(インド古代に生まれ、ヨガの重要な教えを体系化した人物)の経典の中から4つを選び、音楽で表現しました。
第一楽章では、呼吸が目覚めます。オーケストラ奏者がブレスの音で表現する箇所があり、私も歌う箇所があります。第二楽章は瞑想です。第三楽章は精神の集中です。速いテンポで音楽が進み、リズムも目まぐるしく変わっていきます。作曲者ウィル・ヘンデリックス氏は打楽器奏者なので、おもしろく書かれています。最終楽章はサマディです。これは、ヨガの行者が想像し得る最高の精神です。
Vintageは私の魂の楽器です
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愛用されている楽器と、セッティングを教えていただけますか。
W
楽器は14歳からずっと吹き続けている、ビュッフェ・クランポンのVintageです。今もとても良い状態ですよ。バレルは、長さの調整ができるZoomです。細かいレベルまで音程を調整でき、とても気に入っています。マウスピースはバンドーレンのBD5とJames Kanterです。リガチャーは、バンドーレンとボナードの金属製のものを使っています。リードは、バンドーレンのV12の4です。
W
10代の頃に初めて吹いたとき、自分の声のようだと思いました。まさに私が探していた楽器でした。倍音が豊かで温かい音色が出せますし、音程も正確です。柔軟性もあります。すべてを備えた楽器だと思います。私にとってビュッフェ・クランポンの一番の魅力は音色です。
クラリネットとは私にとって魂のようなものなので、Vintageの生産が終了した今、どうしたら良いか迷っています。現在生産中の楽器の中では、Toscaには良い感触があると思っています。
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ヴァウヴェさんが楽器を選ぶときの条件はなんですか。
W
まずは音色です。楽器の音色を試すには、私なら最初に息を吹き込む数秒で十分です。次に、息に対するレスポンスの早い楽器が良いですね。息を入れると即座に鳴ってくれる楽器です。レスポンスを待たなくてはならない、鳴らすのにかなりのエネルギーを要する、そういう楽器はあまり好みではありません。もちろん、音程の正確さも大切です。また、技術的なことがやりやすいことも重要です。
自分のやりたいことがはっきり分かっているので、最初の1分で、自分の音楽を一緒に作っていける楽器かどうかを感じ取ります。「あっ、この楽器だ」と感じるか、「きっと他の人に合う楽器ね」と思うかです。
音楽は限界がない。だから大好きです
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音楽活動の中で、ヴァウヴェさんが特に大切にしていることはなんですか。
W
心に留めているのは、私が音楽に対して抱いている愛を、他の人に伝えることです。聴いてくれる人たちのためだけに演奏するというわけではなく、作曲家の意図することを意識しながら演奏します。音楽家として、楽曲に敬意を払いながらベストを尽くして演奏することで、作曲家が思い描いていた音の世界を、聴衆や共演者、すべての人に聴かせることができます。これがとても大切なことだと考えます。
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ヴァウヴェさんにとって「ベストを尽くす」とは?
W
音楽家として完璧を目指すことです。もちろん、完璧にできる人など誰もいません。私たちは毎日、練習しながら、果てしない道を歩み続けています。限界がないから私は音楽が大好きなのです。常に自分を向上させることができますし、どんなことからでも学ぶことがあります。
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ありがとうございます。最後に、日本でクラリネットを演奏している愛好家たちへメッセージをお願いします。
W
日本のクラリネット愛好家の皆さんとお会いすることがとても楽しみです。10月24日のサントリーホールに、たくさんのクラリネット愛好家の皆さんが聴きに来てくださると嬉しいです。当日演奏するフィンジの『クラリネット協奏曲』はとても美しい曲です。 そして、私たちは世界で一番すばらしい楽器を選んで演奏している仲間です。
また、コンサートの翌日、10月25日に東京藝術大学でマスタークラスを行ないますので、そこでも多くのクラリネット専攻の学生さんたちと出会えることを楽しみにしています。