クラリネット記事 ブラジル音楽の美しいメロディをクラリネットの音色で奏でたい
  クラリネット記事 ブラジル音楽の美しいメロディをクラリネットの音色で奏でたい
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オリジナルアルバム「seek」発売記念 小林鮎美インタビュー

ブラジル音楽の美しいメロディをクラリネットの音色で奏でたい

ブラジル音楽とオリジナル曲を中心に演奏活動をするクラリネット奏者、小林鮎美さん。クラリネットでブラジル音楽、といってもすぐに結びつかない読者も多いかもしれない。彼女がなぜブラジル音楽に傾倒するようになったのか、全曲オリジナルで構成されたアルバム「seek」が生まれるまでのエピソード、そして彼女が愛用する一風変わったリガチャーのこと。彼女の現在地を語り尽くしてもらった。

 

小林鮎美
自然の風景や想いからインスピレーションを受けて作曲し、ジャンルに拘らず、“クラリネットの音で表現する音楽”を追求し、多方面で演奏活動、国内外のプレイヤーとレコーディングを行う。
また一方で、ブラジル音楽の魅力にとらわれ、ボサノヴァやショーロの他、クラリネットでは珍しいブラジル音楽にも取り組む。現在は東京に活動拠点を置き、主に自身のリーダーバンド“seek TRIO”でライブを行う他、出身地である大阪で年2回のツアーライブを行う。その他、アニメやゲームの劇伴音楽やCM音楽、アーティストのレコーディングへの参加等。

 

ブラジル音楽に出会うまで

The Clarinet に本格的にご登場いただくのは初めてとなります。まずは小林さんの今までの音楽歴についてお聞かせください。
小林鮎美
クラリネットを吹き始めたのは中学生の時に吹奏楽部に入ったことがきっかけです。楽器決めの時はサクソフォンをやりたかったのですがクラリネットに回されてしまい、最初はすぐに辞めてしまおうかと思ったくらい嫌でした(笑)。
しかし、意地で練習しているうちに次第にクラリネットの魅力に目覚め、地元の大阪にある音楽大学に入学しました。しかしある時、のちの師匠となるジャズクラリネットの谷口英治先生が街の路上で演奏されているのを見かけ、今まで知らなかったクラリネットの世界を目の当たりにして衝撃を受けました。もともとガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』といったジャズ的な要素が含まれている音楽に憧れを抱いていたのですが、私が本当に演奏したいのはこういう音楽かもしれないと思い、その勢いで谷口先生に「ジャズは1ミリもわからないけれどやってみたい!」という手紙を送りました。すると先生から返事があり、結果として先生が指導されている洗足音楽大学のジャズコース(現:ジャズ/ジャズ&アメリカンミュージック“JAM”コース)に入学しなおすことになりました。
すごい行動力ですね! 谷口先生のレッスンはどのような雰囲気でしたか。
小林
終始穏やかな雰囲気でした。もともと憧れの先生だったこともあり、最後までいい意味で緊張感のあるレッスンだったと思います。
ただ、洗足ではそのままジャズにのめり込んだわけではありませんでした。授業ではジャズに限らずさまざまなワールドミュージックを学ぶ機会があったのですが、そこでブラジル音楽にハマりました。もともと吹奏楽でそうとは知らずにボサノヴァの曲を演奏したことはあったのですが、授業の際にこの好きだった曲はブラジル音楽なのか、と結びつきました。それからはブラジル音楽メインでバンド活動をしたり、他の大学のブラジル音楽サークルに入ることで経験を積みました。

最初からインスト曲だったかのように奏でられる音楽

ブラジル音楽というとまずボサノヴァが思い浮かびますが、他にどのようなジャンルがあるのでしょうか。
小林
確かにブラジル音楽というと真っ先にボサノヴァが思い浮かぶ方が多いと思います。しかし、ボサノヴァでは多くの場合クラリネットが編成に含まれません。ボサノヴァはブラジル音楽でも比較的新しい音楽なので、モダンジャズにおいてクラリネットの居場所と似ていると思います。
クラリネットが活躍する代表的なジャンルとしては、よりトラディショナルなショーロというものがあります。ポルカやクラシック、ジャズの要素がすべてミックスされたような音楽で、ひとつのテーブルを囲むセッションスタイルで演奏されます。多くの場合はギターやパンデイロという打楽器、そしてクラリネットなどのインストが技巧的なパッセージを奏でます。あとは、リオのカーニバルで有名なサンバでもクラリネットがよく歌の伴奏として入ります。
ただ、私の場合は新しい、特に歌もののブラジル音楽に興味があるので、ボサノヴァやMPB(ブラジルのポップス音楽)などをあえてクラリネットで演奏することが多いです。 
小林さんが考えるブラジル音楽の魅力を教えてください。
小林
歌もののブラジル音楽は特にですが、メロディが本当に美しいです。歌詞は愛のことから自然のこと、そして政治的な内容までさまざまですが、どの歌もブラジルならではの和声感、音程感で美しく歌いあげられます。クラリネットで歌ものを演奏すると、少しカラオケ感が出てしまうことがよくありますが、ブラジル音楽の場合はそれがもともとインスト曲だったかのように違和感なく歌い上げられることにとても魅力を感じています。

禍を転じて福となす?

現在はブラジル音楽を中心に活動されているのですか。
小林
現在のバンド活動ではブラジル音楽とともに、オリジナル曲も半分ずつ演奏するスタイルをとっています。このアルバムの名前を取って立ち上げた「seek TRIO」はアコースティックギターとピアノ、そしてクラリネットのトリオとなっています。もともとそれぞれ1,2年ほどデュオでやっていたのですが、この機会に3人で演奏活動することになりました。seek TRIOになった、今回のアルバムのメインメンバーでもあるおふたり。ピアノの鳴海碧さんは、いつも物語のようにわたしの想像多い曲たちを鮮明にカラフルに魅せてくれます。 鍵盤の音の余韻は、魔法をかけられた時によく見るあの、"キラキラ〜"ってしたアニメーションのような星がほんとにかけ巡ってるようにみえるんです。 
そして、ギターの紺田凌平さんは夜空にそっと浮かぶ細いお月さまのようで。碧さんとは対照的で。弦を弾き、鳴らし終えた後の余韻の響きは繊細で、ガラスに水滴が落ちるようで、音に埋め尽くされたわたしに、いつも空白の美しさを教えてくれます。
このふたりがいるから、今バンドとして自分のオリジナル音楽やブラジル音楽を思いのまま演奏できています。
作曲に本格的に向き合うようになったのはコロナ禍の頃です。クラリネット奏者として自分のカラーをどのように出していけばいいのかということを考える時間が増え、その一つの結論として、自分の作った音楽を通じて発信していこうと決めました。とはいえ、大学時代にジャズ理論の勉強を多少してはいたものの、作曲することには苦手意識がありました。以前は曲を作るときに「サンバっぽい曲を作らなければ!」とか、「おしゃれな曲にしよう」といった邪念が入って、アイデアを捻り出さなければいけないと考えていたからだと思います。
コロナウイルスに感染したあと、体力は回復してきたものの家から出られない期間がありました。その時にふと、少し前に見た夏の夜の景色が思い出されたので、その時の印象をそのまま音にしようと自分なりに音にしてみたら、自然体で気楽に作ることができました。気張ったり気取らなくても曲が作れるということがわかり、自分の中でスッキリとしましたね。そこからオリジナル曲を集めてアルバムを作りたいと思うようになりました。
だから今回のアルバムは全曲オリジナルなのですね。
小林
そうです。外でお茶会をした時にみた紅葉の美しい木々だったり、海外旅行でタイに行った時の風景など、自分のなかに焼きついた景色を、ピアノで音を探しながら響きの感覚で作曲してきました。そんな自然の風景やそれを見て感じた想いからインスピレーションを受け、見たその景色をそのまま音に出来たらいいなと思っています。それらには今まで演ってきた、聴いてきたすべての音楽も影響されているんじゃないかと思います。とはいえ、やっぱり今のわたしはブラジル音楽が好きなので、そのエッセンスを多く受けつつ、"クラリネットの音で表現する音楽"を追求したいと思っています。
できた曲をリズム隊の方に確認したら、「何だかよくわからないけれど成り立っている」とのことです(笑)。個性がしっかり出ているから、そのまま理論に頼らないスタイルで作曲していっていいのではという話をいただいたので自信になり、次第に自分のスタイルができてきて、やっと曲が少し作りやすくなってきたところです。
なるほど、だから「メコン」や「チェンマイ」といったタイに関連するワードがタイトルに含まれているのですね。
小林
はい、タイが大好きなんです。山岳民族の刺繍に惚れて彼らと話してみたいという思いで、タイ語の読み書き、言葉を勉強しました。観光程度しか読み書きも話しもできませんが(笑)。
チェンマイの曲はこのアルバムに収録していない曲も含めて既に5曲作っています。今後もシリーズ化していきたいと思っています。
実はこのアルバムのジャケットはタイ旅行中にたまたま立ち寄った個展で一目惚れしたタイの画家の方が描いたものです。個展を観た後に仲介会社を通して連絡を取ると、「音楽からインスピレーションを受けて絵画を描くのは私の考えにすごくあっているし、あなたの音楽のなかに自然の風景を感じ取ることもできるのでぜひ描きたい」と返事をいただきました。14曲目の『Almejando Nuvens』から受けたインスピレーションをもとに描いてくださったそうです。
 
メコン川下りからの景
ジャケットデザインを依頼するきっかけになったバンコクの個展の様子
 

今までのすべてを詰め込んだアルバム

アルバムの最後、15曲目の『Cor Amber』はボーカルが入っていますね。
小林
この曲はもともと4曲目に収録されている『琥珀になるまで』と同じ曲で、そのボーカル入りバージョンになっています。歌ってくれているのはホベルタ・カンポスというシンガーソングライターです。コロナ禍の際に、毎日インスタグラムにブラジル音楽を1分間演奏してアップするというのを1年間欠かさず続けたことがありました。もともとは日本で外に出られず不安な時に音楽を聴いてほしいという考えで始めたのですが、結果として私のフォロワーのほとんどがブラジル人になってしまうくらい地球の裏側で反響がありました(笑)。その期間にブラジルのミュージシャンからもリモートで演奏しないかとたくさんオファーがきて、実際にかなりの数セッションしました。ホベルタさんも私のインスタグラムをみてくれていて、セッションしたミュージシャンの一人です。セッションした後に知ったのですが、ホベルタさんはブラジルのミュージシャンでは知らない人がいないくらいの有名なシンガーです。「ダイエットに成功したのでテレビに出た」という話をしていて、それはどういうことだろうとは思っていたのですが(笑)、それだけ有名な方だったということがわかり後から納得しました。全然反響などは見込めないけれど、あなたの歌声が大好きなのでぜひ歌ってほしいとお願いしたら快く引き受けてくれました。『琥珀になるまで』は初めて故郷の大阪でライブした時の気持ちを乗せた曲だと説明したら、彼女も今活動しているサンパウロから故郷に帰るときに同じような気分になると共感してくれて、ポルトガル語の歌詞まで書いてくださいました。
14曲目の『Almejando Nuvens』でもフレットレスベースにマルセロ・マイアという、これもSNS経由で知り合ったブラジル人ミュージシャンに入ってもらいました。音源のやり取りがデータになったり、ブラジルとの時差でやり取りが大変だったり、大変なことも多々ありましたが、せっかくの自主制作盤なので、私の好きなもの、そして私が曲を作りはじめてから今までのすべての出会いを詰め込んだようなアルバムになっています。
 
 
曲を作るきっかけとなった様々な風景

試作を繰り返して完成した花のリガチャー

今お使いの楽器と、セッティングを教えていただけますか。
小林
クラリネット本体はヤマハのYCL-950、Ideal(イデアル)を使用しています。大阪の音大を受験する前に買った楽器で、今は廃盤になっています。今ヤマハアトリエでリペアしていただいている宮地勲さんがこの楽器の開発に携われたそうで、その方と一緒に今でも音色作りをしています。
マウスピースはバックーンのCGというクリスタルのモデルで、これも現在は販売していないモデルだそうです。リードはダダリオのオーガニックレゼルヴレボリューションの2 1/2とSteuer(シュトイヤー)EXCLUSIVE 2 1/2 を使用しています。
そしてリガチャーが非常に特徴的ですね。
小林

はい。ハミングバードという個人工房で製作している「コリブリアメリオ」というシリーズのリガチャーです。 ゴムの編み方や細さなどを徹底的に研究され、試作品を持ってきてくださって、私が吹いてみてフィードバックするということを1年以上繰り返しました。 このシリーズのお花は、このリガチャーならではのチャームポイントですし、音色もこれがあるのとないのとでは変わってきます。ゴムの染色もご自身でこだわってされているそうです。手編みで製作されるので、個体差は若干あります。私はこの花がついているシリーズが音色的にも好みなので、こればかりを複数持っています。金属製のリガチャーとクリスタルのマウスピースは滑って止まらなくなるといった相性の問題もあるのですが、これなら問題なく使用できています。音色はとてもいい意味でニュートラルです。吹いている時に存在を意識しないで済むような、まるでリガチャーをつけずに手でリードを抑えているような、そんな自然な吹奏感で吹ける最高のリガチャーです。

セッティングとは話が離れますが、その指輪はグラナディラ製のものですか。
小林
そうなんです、クラリネットを製造する際の廃材で製作している指輪です。「ヒャクノエム」というブランドの「MPINGO〈ムピンゴ〉」というシリーズです。楽器と同じ材なので演奏中につけていても楽器を傷つける心配が少ないですし、つけ心地もとてもよいのでクラリネット奏者の皆さまにぜひおすすめしたいです。
 
ハミングバードのリガチャーは、クラリネットに彩りを与えてくれる。画像の右側に写っている色違いのリガチャーも使用
オリジナリティあふれるアイテムを使用している小林さん。目を惹いたのは、ヒャクノエム(https://100nom.official.ec/)で作られた、グラナディラの廃材で作られた指輪。女性だけでなく男性にも合うシックなジュエリーです。ヒャクノエムさんとのコラボアイテムとして小林さんがデザインし、象嵌細工で本物の銀を入れてつくるクラリネット模様のイヤーカフの製作が決定! ラインナップされる日が楽しみです
 

クラリネットの音色で音楽を届ける

クラリネットでブラジル音楽や歌ものの演奏をする際に、どのようなイメージで練習をしていけばよいでしょうか。
小林
テクニックとしてはクラシックとあまり変わらず、ヴィブラートやポルタメント、しゃくりといった要素はジャズとほぼ同じだと思います。そしてセッティングはあまり苦しくなく吹けるようにしたほうがいいと思います。息をがんばって吹き込むことで初めていい音が出るというセッティングには絶対にしません。楽なセッティングにすると軽い音色になってしまうというのがクラリネット奏者としては最大の悩みになるかと思いますが、軽いセッティングの中で自分の出したい音色にいかにコントロールしていくかというのが大事になると思います。自分の出したい音のイメージを作るために、まずは好きなジャンルの演奏をたくさん聴きましょう。私の場合だったらボサノヴァでどのような歌い回しをしているかというのはとても研究しました。バンドの中で少し浮いたような音程感で歌っている、といった気づきが出てくると思います。そして次に自分の演奏を録音してみるのがおすすめです。最初は予想以上に下手でびっくりするかもしれませんが、私は365日毎日インスタで配信して少しずつ自分の演奏にフィードバックしたことで、以前気になっていた弱点も自然に改善されていったように思います。
最後に今後の演奏活動の目標を教えてください。
小林
ブラジル音楽とオリジナル曲が今の活動の中心となっていますが、私の活動の根本はクラリネットの音色を通じてさまざまな音楽を発信していくというところにあります。オリジナル曲にはその時々で興味を持った音楽が反映され、変化していくと思いますが、私の大好きなクラリネットの音色を多くの人に届けたいという軸はぶれることなく今後も活動していきたいと思っています。
どうもありがとうございました。
 

 

「seek」小林鮎美
[価格]¥3,300
[演奏]小林鮎美(Cl、作曲)、鳴海 碧(Pf)、紺田凌平(アコースティックギター)、山田“やーそ”裕(七弦ギター)、Marcelo Maia(フレットレスベース)、スペシャルゲスト:Roberta Campos(作詞、ボーカル)、Patrick Blancos(クラシックギター)
[収録曲]夢みる孔雀、春は思いのまま、青葉の果、琥珀になるまで、タルト・ゼネラル・レクラーク、Mekong16、The flowers of ChiangMai “early morning”、The flowers of ChiangMai“twilight”、SUNDAY TULIPS、おそとお茶会のテーマ、wander、うつろう、月に誘われて、Almejando Nuvens、Cor Amber
※購入はhttps://payid.jp/item/90370682

LIVE INFORMATION
◯東京
12/15(日/昼)神楽坂uma-kagurazaka https://www.u-makagurazaka.com/
12/21(土/昼)吉祥寺strings https://www.jazz-strings.com/
[出演]seek TRIO(Cl,Guit,Pf)
[内容]Brasil/original/Xmas
12/24(火)、25(水)三鷹bistro amorph. https://www.bistro-amorph.com/
[内容]Clarinet solo(dinner BGM(Xmas..)
2025.3/2(日)南青山ZIMAGINE https://zimagine.genonsha.co.jp/
レコ発ライブ
[出演]seek TRIO(Cl,Guit,Pf)
[内容]アルバム全original

◯大阪ツアー
11/16(土/夜)肥後橋CHOVE CHUVA https://www.chovechuva.com/
[出演]CL、7strGuit
[内容]original/bossanova
11/17(日/昼)吹田イズミチョウカフェ
[出演]Cl、Pf
[内容]original/Brasil/etc
11/18(月/夜)Garth MusicLive&bar https://garth-bar.com/
[出演]Cl、Mandolin、7strGuit
[内容]original/brasil/etc
11/19(火/夜)堺筋本町聴音-Satone- http://musicspot-satone.com/
[出演]Fl、Cl、7strGuit、Perc
[内容]original/Brasil/POPS
11/21(木/夜)肥後橋CHOVE CHUVA https://www.chovechuva.com/
[出演]Vo(Perc)、Cl、7strGuit
[内容]Brasil/original
11/23(土/夜)南森町 楽園食堂パラカフェ https://www.facebook.com/paracafeosaka/?locale=ja_JP
[出演]Cl、7strGuit
[内容]original


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