第10回 アーティキュレーションのいろはその3 〜『田園』と『トスカ』を例に〜
ノン・レガート
スタッカートにレガートが付いたもの、あるいは音符に点やスラーが付いていない形をノン・レガートと言います。
アーティキュレーションは演奏の歴史の中でヴァイオリンやピアノの奏法によって考えられてきましたが、このノン・レガート奏法は具体的にはヴァイオリンのボーイング(運弓法)やピアノの打鍵による違いによって弾き分けられていたようです。
レガートの中のスタッカートは曲のテンポやダイナミックス、あるいはdolceやespressivoなどの表情を付け加えることによって、優しさ柔らかさ、などの表現の変化が生まれてきます。譜例①aはよく知られているベートーヴェンの『交響曲第六番「田園」』の有名なクラリネットのソロの部分ですが、「牧人の歌、嵐の後の喜ばしい感謝に満ちた気持ち」という標題がとてもうまく表されていると思います。これをスラーの付いていないものと比べてみてください。視覚的に見てその違いが分かると思います。楽譜を忠実に演奏するだけでは音楽は生まれませんが、経験豊かな感受性のある演奏家は、音楽の記号である楽譜から視覚的なイメージを読みとって、音楽的に演奏していきます。
同じ『田園』の中の第3楽章の「農夫たちの楽しい集まり」で吹くクラリネットのソロは、スケルツォで軽快に登場します。最後から3小節目からの下降形はノン・レガートで演奏しますが、短く軽快なノン・レガートです。2小節目にあるくさび形の記号はスタッカートよりも短く演奏するスタッカティッシモ、これは時代によってさまざまな解釈があります。(譜例①b)
もう一つ、テヌートとそれにレガートが掛かった例を見てみましょう。プッチーニのオペラ『トスカ』の有名なアリア『星は光りぬ』のクラリネットソロの部分です。Dolcissimoでテヌートを付けることによってこれ以上のテヌートが不可能なほど音をたっぷり吹きます。クラリネットのソロのあと、テノールによって悲しくドラマティックなメロディが美しく歌い上げられます(譜例②)
野崎剛史
Takeshi Nozaki
東京芸術大学卒業後、渡仏。パリ市立音楽院にてクラリネットを学ぶ。フランス国立管弦楽団の首席クラリネット奏者ギイ・ダンガン氏に師事。帰国後、東京佼成ウインドオーケストラで演奏活動を続けた。またジャズサックス奏者の坂田明、クラリネット奏者の鈴木良昭、ピアニストのF.R.パネ、谷川賢作らとジャンルを越えた音楽活動も行なった。