クラリネットの歴史編 その2 18世紀後期〜19世紀初頭のクラリネット
序文
現在のクラリネットはすでに楽器として完成の域に達していると言っても過言ではない。そして、それはビュッフェ・クランポン(1839年)の登場によるところが大きいとも言われるが、それ以前の100年間は試行錯誤を繰り返し、多くのクラリネットが誕生している。
この連載では、古典クラリネット奏者であり、オランダで古楽器について学んだ経験も持つ三戸久史氏に、クラリネットの歴史をひも解いてもらうことにしよう。
Clarinet年表
1700年頃 | J.C.デンナーによりドイツ、ニュルンベルクでクラリネットが発明される |
1750年頃 | 5キィクラリネットの誕生 |
1760年頃 | バセットホルンの誕生 |
1791年 | ルフェーブルにより6キィクラリネットの完成 |
1812年 | ミューラー式クラリネット(13キィ)の発明 |
1839年 | ベーム式クラリネットの発明(ビュッフェ・クランポン) |
1860年頃 | 19世紀クラリネットの完成(C.ベールマン&オッテンシュタイナーによる) |
1890年頃 | O.エーラーにより、現代ドイツ式クラリネット(エーラー式)の基礎が出来る |
三戸久史(みとひさし)
Hisashi Mito
大阪音楽大学卒。92年オランダに留学。デン・ハーグ王立音楽院にて古典クラリネットをE.ホープリッヒ氏に師事し古典クラリネットのディプロマを得る。その後、アムステルダム・スウェーリンク音楽院にて現代クラリネットをピート・ホーニング氏に師事。ディプロマを得て卒業。パリ・シャンゼリゼ管楽合奏団、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ等、多くの古楽器演奏プロジェクトに参加。国際クラリネット・フェスト TAMA東京に出演。一般社団法人 日本クラリネット協会理事。
シュタードラーが使ったバセットクラリネット
W.A.モーツァルトは幼少時からステージパパの父レーオポルトに連れられ、馬車でヨーロッパ中を旅行し、多くの作曲家や演奏家との交流の中から楽器の特性や作曲技法を身につけた。
15歳の時にイタリア・ミラノで書いた『ディヴェルティメント 変ホ長調 KV.113』で初めてクラリネットを使用し、21歳の時にはドイツのマンハイム宮廷で、クラリネットが編成に入ったオーケストラを聴いた時の感激を手紙に書き、ザルツブルクに居る父へ送っている。
青年モーツァルトにとってクラリネットの音色はすでに印象深いものになっていたが、のちにウィーンで名手アントン・シュタードラー(Anton Stadler 1753-1812)に出会い、『クラリネット五重奏曲 イ長調 KV.581』、『クラリネット協奏曲 イ長調 KV.622』など、クラリネット音楽史上、最高峰の名作が生まれることになる。これらの曲はシュタードラーに捧げられ、バセットクラリネット(photo1)で演奏されたということがわかっている。
だが、シュタードラーの死後この楽器が行方不明になっていたこともあり、どんな楽器だったのか少なくても100年以上わからない状況だったが、研究が進み1960年代に現代によみがえったのである。バセットクラリネット(当時はバス・クラリネット/Baßklarinetteと呼ばれた)は、楽器製作者T.ロッツとシュタードラーの共同製作により生まれた楽器だった。