クラリネット記事 Concert Report ― ウィグモア・ソロイスツ
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コンサート・レポート

Concert Report ― ウィグモア・ソロイスツ

Wigmore Soloists Concert
日時:2023年9月7日 19:00開演
場所:銀座 ヤマハホール
出演:Wigmore Soloists
   マイケル・コリンズ(クラリネット)
   イザベル・ファン・クーレン(バイオリン、ヴィオラ)
   ジャン・チャクムル(ピアノ)

1900年代初頭に建立されて以来、ラフマニノフやプロコフィエフといった名だたる奏者たちがその舞台に立ったイギリス・ロンドンの「ウィグモアホール」。世界最高峰のホールとして200年以上に渡って愛され、敬意を払われたその名を歴史上初めて冠したグループがこの「ウィグモア・ソロイスツ」である。クラリネットのマイケル・コリンズ氏とバイオリン&ヴィオラのイザベル・ファン・クーレン氏という二人の名手が中心となり、若手からベテランまで、確かな実力と実績を持つ凄腕の演奏家たちが集結した、至高の室内楽アンサンブルだ。今回のコンサートではコリンズ氏とクーレン氏、そして若手ながらすでに勇名を轟かせている稀代の俊英ピアニスト ジャン・チャクムル氏が登板。三名のスペシャリストによる格別のアンサンブルに酔いしれる演奏会であった。

まずはクーレン氏とチャクムル氏によるデュオで、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの『バイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調「春」Op.24』が先陣を切る。「楽聖」とも称される偉人・ベートーヴェンの曲において、特に著名な曲の一つであろう。玲瓏極まった美しい音色が運ぶ幸福感はまるで春風のそよぎに感じられ、この曲が「春」と通称される理由をありありと描き出すようであった。
続いて、コリンズ氏も加わったトリオでアラム・イリイチ・ハチャトゥリアン『バイオリン、クラリネットとピアノのための三重奏曲 ト短調』を演奏。ハチャトゥリアンの特徴でもある伝統的な民族色が濃く、遠くに見やる山々や田園の原風景のような懐かしさをどことなくにおわせる曲だ。互いを煽るように、鼓舞するように高揚していくクラリネットとバイオリン、その両パートを支えまとめ、エンジン役とブレーキ役を一手に担うピアノという構図が基本となる。ソリスティックに己を誇示しながら互いへのリスペクトを持ち、呼吸すら同一に思えるほどに寸分違えぬ完璧なアンサンブル。各々が高まりきった技術をぶつけ合う中には、彼らのゆらぎない誇りが光って見えた。

三曲目には、コリンズ氏とチャクムル氏によるフランシス・プーランクの『クラリネット・ソナタ』。世界中で非常に多く演奏される、定番レパートリーだ。幕を切り裂いて落とすような一閃に始まり、友人を亡くしたプーランクの言い尽くせぬないまぜな心象風景を投影した千変万化する曲想が本曲の持ち味であろう。十全にそれを表現するコリンズ氏の演奏は、悲しみに沈む悲痛な面持ち、吹っ切れたような底抜けの明るさなど、躁うつが激しく切り替わる迫真の表情を見せた。

後半になると、クーレン氏はヴィオラに持ち替えて登場。クラリネット、ヴィオラ、ピアノのトリオで演奏したのはマックス・ブルッフの『8つの小品 Op.83』より、第5曲「ルーマニアの旋律」、第6曲「夜の歌」、第7曲、第8曲。クーレン氏のヴィオラは、波間をたゆたうように柔らかく、包み込まれるように深く美しい。幽玄なその音色に誘われるように、会場はほの暗い清閑な空気に満ちていた。前半までとはまるで雰囲気が異なるこの空気はもちろん選曲によるものだけではなく、奏者一人ひとりの息遣い、音色感や演奏時の立ち居振る舞いなど、あらゆる要素から醸成されたものであり、この音楽へのリスペクト精神こそが彼らが一流の奏者たる所以である。

名手らによる夢のような時間も無限には続かず、最後となる曲はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの『ピアノ、クラリネットとビオラのための三重奏曲 変ホ長調「ケーゲルシュタット」K.498』である。モーツァルトが友人宅での私的な音楽会用に作ったたというこの曲は、クラリネットを独立して扱った最初の曲とも言われる重要な曲である。全体として穏やかな曲想をしており、その中にモーツァルトらしい明暗のはっきりしたニュアンスが息づいている。技巧的に派手な部分があるわけではないのだが、その分非常に繊細で緻密なバランスの上に立っており、それを見事なまでに調和させたこの響きは室内楽の極致なのだろう。
「室内楽と呼ばれるあらゆるレパートリーと演奏できる。」インタビューでコリンズ氏はそう語っていたが、その言葉が確固たる実力に裏付けされたものであり、揺るがない自信を持っているがゆえの発言であると、彼らの演奏は語っていた。この「ウィグモア・ソロイスツ」の存在によって、室内楽は今よりさらに一つ上の次元へと進むだろう。


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