ビュッフェ・クランポン工場見学
マント工場
歴代のクラリネットがずらり
本社エントランスでまず目につくのは同ブランド歴代のクラリネットだ。創始者ドゥニ・ビュッフェ=オージェは1825年、パリ2区に構えたアトリエで13キィのクラリネットを開発しにわかにその名を広め、1836年にそのドゥニの息子、ジャン=ルイが妻ゾエ・クランポンと共にブランドを立ち上げた。ビュッフェ・クランポン社名の由来だ。見学の案内人曰く「だからビュッフェの礎はひとつの愛の物語と言えるのです」。1844年には私達にも馴染み深い現在のロゴを採用。1850年アトリエ兼工場をマント=ラ=ヴィルに移転、この年ブランド初のベーム式クラリネットが誕生。この日何度も「ビュッフェはひとつのファミリーだ」という言葉を耳にしたが、同社史はまさに一つの大きな家族の歴史と言えそうだ。
工場入り口に設けられた試奏室。テスター、楽器購入者たちが試奏に使用するスペースだ。通りがけに若いクラリネッティスト達が何人かで試奏し合う姿がうかがえ、ブラームスのソナタが聞こえてきた。いくつか違う種類がある試奏室のうちの一つは、室内の音響を、例えば大きな教会の響き、など自在に設定しシミュレートできるのだそうだ。
バスクラリネットベルの鍛造
いよいよ工場内へ。扉を開けた途端に大きなモーター音が響く。廊下にはスローガンが掲げられ、ここはまさにビュッフェ社のサヴォワール=フェール(ノウハウ)の粋が集結する場と言えるだろう。キィ製造職人、鋳造職人、はんだ付け、仕上げ、ポストつけ etc. 細分化された専門職のスペシャリスト達が0.1ミリの誤差も許されない世界で見せるトップブランドの矜持は頼もしく、美しい。 まずはじめに通された部屋では、バスクラリネットのベル、ネックやサクソフォーンを鍛造していた。前回、2年前に見学した際はアンボワーズの金管工場で行なわれていたと記憶していた同工程、現在はここで作業をしているようだ。バスクラ金属部の芯は銅素材。ベルはラッパ型に切り出した銅板を、ハンマーで叩きながら立体に形成する。ネックはチューブ状の素材をカットし形成、溶接。これらはすべて手作業である。一時期機械導入を検討したこともあったが、金属が固くなりすぎて音響が明らかに劣るため案は撤廃されたのだそうだ。鍛造後各パーツを溶接。鍛造・溶接作業での微細な傷等をカバーするためこの後この銅の上にさらに銅メッキを施し、最終的に銀メッキで仕上げ。
CAOセクションーープロトタイプを生産ラインへ
次に案内されたのはCAOセクション、責任者はミアレ氏だ。CAOとはつまりCAD(コンピューターによる設計支援)部門。目前でレーザー計測用の白いスプレーを振られたクラリネット上管がハンディースキャンで読み取られ、画面上に3Dバーチャルとして立ち上がりつつある。すべての面をゆっくり、そして満遍なく読み取っていく作業の、その誤差実に0,02mm以内。 「いま読み取っているクラリネットは工業製品なので構造が単純で読み取りやすいですが、例えばプロトタイプ等手作業で作られた複雑な表面を持つ製品も読み取り、トーンホールの位置計測をしたりします。一例として、サクソフォーンのセンゾという機種は手作りのプロトタイプをこの機械でスキャン、デジタル化し、製品化しました。要するに、プロトタイプとして手作業で音響的に完璧な状態まで引き上げたあと、スキャンして構造を把握、型等の道具を作り生産ラインに乗せるわけですね。現在すべてのB♭管モデルは既にデジタル化しました。私は5年前から当社で働いているのですが、それまでは自動車製品の構想責任者をしていました。ビュッフェ社もデジタルの時代がきた、ということで引き抜かれたんですよ(笑)」
キィのプレス抜き、研磨
次は洋銀板からキィのプレス抜き加工。マニャンヴィルでの作業同様、大型マシーンで20トンの圧力をかけパーツをくり抜く。すぐ隣にはあらゆるキィの抜き型が整頓された棚。洋銀は作業に最適なしなやかさと頑強さの理想的なバランスを持つ素材で、これがビュッフェ製品のキィ調整を容易にしている。くり抜いたキィの材料は先ほど同様、小さな砥石と共に巨大ミキサー内でぐるぐる研磨する。少し離れた所では特殊な形状のパーツを別の機械で抜いている。金色の細い糸が水を湛えた下方に絶えず降りてゆくその大型機械は、見えない水面下で金属板を縁日の型抜きよろしく切り抜いているらしい。こうしてできたパーツはその後溶接される。例えばすぐ近くではE♭クラの小さなキィをはんだ付けで一つずつ組み立てていた。全て目測の非常に繊細な手作業だ。作る数が少ないキィは完全に手作業だ。C管、D管等も然り。響く低いモーター音と研磨機、冷却水の音はさながら歯医者のようで、各々がテーブルに向かい黙々と作業している。ここでE♭クラのキィを担当するローランさんは勤続35年、後進の指導も担当する。難易度の高い作業を任されるまではそれほど長い時間を要するのだ。
内径の削り出しとオイルがけ
一度木材加工に戻ろう。次は音響に直接関わる最も重要な過程、内径の削り出しとサンドペーパーによる磨き、オイルがけだ。手作業で一本ずつ熟練した職人たちが削ってゆく。ボアの中には何のオイルをつけているの?と質問してみると、「ピーナッツ油だよ、サラサラしてるんだ」と言いながら馴染み深い大型スーパーのロゴ入りボトルをみせてくれた。綺麗な削りかすをすこし記念にもらう。 そして木材加工最後はロゴの刻印。金箔を4回ほどプレスすると、おなじみのマークが誇らしげに現れる。
キィのメッキ加工
そのあと2階へ上がり、大きな水槽がいくつも並んだメッキ加工のコーナーへ。はんだのはみ出しを除き、磨かれ、干し柿のように一本の銅線に並んで吊るされたキィたちは、まず洗浄用の水槽をくぐる。油脂などの汚れが完全になくなったら、電解溶液槽その他多くの水槽を何度もくぐり抜け仕上げに。加工後のキィが並ぶ様子は真新しくぴかぴかで、まるで宝石のようだ。
最終組み立て
いよいよ最終的な組み立て。板ネジ、チューブ、ポストとキィを取り付ける。少しの誤差も音響やキィ可動の妨げとなる。神経を使う細やかな作業が続く。
完成品はすべて点検、試奏される。毎日80本のクラリネットが生産されているそうだ。ここで合格したものが磨かれ、箱詰めされる。一本のクラリネットはここで、これだけの時間と人の手を経て世界に旅立っていくのだ。
2つのプロトタイプ
最後に。 この日ショールームでは、2種のクラリネット新商品プロトタイプが紹介されていた。ちなみに前日にはオーボエ新製品「プロディージュ」が発表されたばかりだそうだ。
一つめはBC20をもとに米国クラリネット奏者5人の協力で開発された「トラディション」。より甘く優しい音になりました、というテスターのエリックさんによる試奏を聴いた印象は、R-13をより洗練させ、まろやかに、そしてモダンに進化させたような響き。
もう一つはバスクラリネット。完全受注で現行の全Low Cモデルを一音分カットし、エクステンションが製作出来るようになる。つまりエクステンション無しだと最低音がレ(in B♭)で現行のLow E♭モデルより半音だけ音域が下に広がり、装着時にはLow Cに戻るというわけだ。少しだけ触ったのだが、結合部があることで最低音周辺のキィワークが現行のLow Cモデルより若干軽い気がする。メリットは、管体が短くなるためレスポンスが良くなりより軽くパワフルに響き、そして当然軽くなるので立奏も容易になることだそうだ。乞うご期待。