アカデミー賞2019年は、マイノリティーの人権運動と音楽パワー
アカデミー賞2019年の受賞作が去る2月25日に決定した。
今年は、なんと司会者が急遽辞退したことで、まずそれが話題になった。
コメディ俳優、ケビン・ハートが過去に反LGBT=「同性愛」嫌悪のツイートをしていたことが周囲から取り沙汰され、自ら辞退したという。
セレモニーの司会交代劇は、あふれる人材のハリウッドなら難なく行なえるはずだが、あえて交代させず、司会なしでの進行となった。辞退となった経緯とその意味が問われる、より際立った方策だと思える。
昨年もMeToo運動に乗じて、大女優たちが話題のセクハラ・プロデューサーらに対して強烈なメッセージを壇上で語りあげた。
まさに映画は、作品としてだけでなく、関わる人々にとって、個人が持つ信条も決して無関係とは言えない。そういう時代になっている。
俳優やタレントが権力に対する異議や政治的なコメントをしないことが暗黙の了解になっている国とは、ずいぶん違うところだろう。
さて、主な受賞作は、以下のとおり。
作品賞/『グリーンブック』
監督賞/アルフォンソ・キュアロン『ROMA/ローマ』
主演女優賞/オリヴィア・コールマン『女王陛下のお気に入り』
主演男優賞/ラミ・マレック『ボヘミアン・ラプソディ』
主題歌賞/「Shallow」from『アリー/ スター誕生』
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複数を受賞した作品は
『ボヘミアン・ラプソディ』4部門 主演男優賞・編集賞・録音賞・音響編集賞
『グリーンブック』3部門 作品賞・脚本賞・助演男優賞
『ブラックパンサー』3部門 音楽賞・美術賞・衣装デザイン賞
『ROMA/ローマ』3部門 監督賞・撮影賞・外国語映画賞
となっている。
日本ではすでに、『ブラックパンサー』『ボヘミアン・ラプソディ』『アリー/ スター誕生』が公開されている。そのうちの2本は歌手の物語で、『ブラックパンサー』も、音楽賞を受賞するほど、音楽的な評価が高い。
その上、作品賞『グリーンブック』もまた、明確な音楽映画である。黒人ジャズピアニストとイタリア系白人運転手がツアーをともにする。1960年代、黒人差別の色濃い南部に向けて、黒人のピアニストが、白人のドライバーを雇う。黒人が白人を雇うのであり、その逆ではない。黒人には認められていない場所が多くある中、「グリーンブック」とは、黒人でも泊まれるホテルの案内書を意味している。
差別と迫害の時代に、黒人音楽家がいかに、上品にエレガントに戦ったのか?
音の力は、人々の心を動かすのか?
荒くれイタリアンの目を通して、語られる実話である。
天才ピアニストを演じたマハーラシャ・アリは、同じく黒人問題を描いた「ムーンライト」に続いて、本作でも助演男優賞を受賞した。彼のショパンの演奏風景は、本当に優雅で美しい。実際の音は、音楽担当者の吹き替えらしいが、そんなことすら想像できない魅力にあふれている。
”ミュージシャンなりきり”といえば、『ボヘミアン・ラプソディ』のフレディ・マーキュリー演じるラミが神がかりであるのは、誰もが感じたことだろう。ラミの歌うシーンでは、フレディの歌声とのミックスも行われ、録音技術もさることながら、ラミ=フレディ・マーキュリー=マレックは、もう本物に”似ている”を超える存在価値を創り出した。伝説のバンド、”クイーン”に興味があろうとなかろうと、映画枠のスターになりえたのだ。
そして、”ミュージシャンなりきり”がもうひとり。
『アリー/ スター誕生』は、本職の歌手、クリス・クリストファーソンが主演した「スター誕生」のリバイバル作品。本作の監督、主演のブラッドリー・クーパーは、自らガガとデュエットした。「Shallow」は、レディ・ガガ、渾身のオリジナル曲で主題歌賞を受賞した。
ただ、本作はそれ以外の新しさ、社会性など特筆すべきは、特にない。つまり、男女のいづれか、あるいはいづれもが、例えば黒人やヒスパニック系の歌手に変更するとか、はたまた、男女の立ち位置を逆転させるとか、といった新規の構成がもうひとつあれば、進歩傾向のハリウッド映画に新鮮さを与えたのではないだろうか。
そして、意外と素晴らしかったのが『ブラックパンサー』の世界観。
音楽賞・美術賞・衣装デザイン賞が物語るように、黒人俳優たちの華麗なファッションによる美の競演。洗練された音楽の数々に圧倒される。
『ジェームスブラウン 最高の魂を持つ男』のチャドウィック・ボーズマンによる”なりきりJB”には舌を巻いたが、ここではマーベル映画の黒人版ヒーローを演じる。荒ぶれた黒人社会とはうってかわって、壮大な宇宙イメージのなかで、パリコレやブラックミュージックを盛り込んで、これまで見たこともない世界が広がる。ここまできたか、の洗練された黒人映画の大作といえる。何より、音楽の力に負うところが大きい。
つづいて、助演女優賞も黒人だ。『ビール・ストリートの恋人たち』のレジーナ・キングが受賞した。映画『私はあなたのニグロではない』の原作者で、アメリカの黒人文学を代表する作家、ジェームズ・ボールドウィンの小説『ビール・ストリートに口あらば』の映画化作品で、やはり登場人物はほぼ、黒人のみ。
妊娠中の黒人女性が、身に覚えのない罪で逮捕された婚約者の無実を晴らすべく、闘争する姿を描く。黒人しか登場しない映画が、実に当たり前になってきた。
そして脚本賞を受賞した、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』は、黒人の新米主人公が、白人社会でうまく泳ぐため、KKK(白人至上主義団体)に潜入捜査を提案して実行する、という大胆な着想。タブーのなかにどんどん入りこみ、それが受け入れられているようだ。
このように見ていっても、相対的に、黒人映画のパワーが強い。
差別問題がより直接的で、それでいて、エンタテインメントの要素も大きく、ディズニーさえも巻き込んでいる。まさにアメリカ映画界の懐の深さが感じられる。
一方、美しいカメラワークが絶賛された『ROMA/ローマ』は、マイノリティー人種の作品であることは間違いない。メキシコ人家庭で家政婦をしていた若い女性の物語。
アルフォンソ・キュアロン監督が、自らの家庭を舞台に脚本を書き、家政婦さんに捧げる作品として、監督賞に輝いた。
メキシコ人監督の本作が、外国映画賞も受賞したため、日本の是枝裕和監督作『万引き家族』が、受賞から漏れたのではないだろうか。
『万引き家族』もまた、血の繋がりのない疑似家族の物語で、アメリカ映画の流れに沿うテーマを持つ。危ういマイノリティーたちの存在を社会的な問題として見ることができる。この監督の視点は、常に、問題意識が明確で欧米的だと私は感じている。
それにしても、授賞式オープニングの『ボヘミアン・ラプソディ』は、華やかなショーアップの最適な題材となった。となれば、ゲイ・シンガーでも知られたフレディのオマージュとして盛り上げるのに、司会役が、アンチ・ゲイ発言をしたタレントでは、やはり違和感が拭えなかったのだろう。
肌の色が異なるだけで、差別を受けてきたことから開放される黒人社会が広がる一方で、彼らが別のマイノリティーに対して、差別的な感情を持つのは、おかしい。
性のマイノリティーである女性たちが屈辱に耐えるばかりの時代を終わらせたい。
こうしたアメリカ社会に反映する映画界のあり方は、まさに人権運動による
意識改革そのものである。
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第6回:アカデミー賞2019年は、マイノリティーの人権運動と音楽パワー