思いあふれて……掘り下げて深める音楽愛
自分で何かをクリエイトしていくときに、薄めて広げるか、掘り下げて深めるか、というタイミングがある。いま、どちらを選んで捨てるのか? 私にも、そんなタイミングが何度かあった。そもそも放送局で、言葉を発する仕事として最低限のルールを学んでいるからか、その環境にいるからか、とりあえず題材がどうあれ、クラシック番組でもニュース番組でも準備期間なくこなしていくことができた。内容について把握していなくても、人前に出る、話を聞く、という技術を身に着けているので、ともかくマイクを持つしかない。何を訴えたい、表現したいわけでもないのに、日々出演するための訓練だ。これがアナウンサーだったと思う。
若い時代、自分自身が薄いのに、さらに薄めて広げる仕事をした気がする。退社して、映画番組の依頼を受けてから、作品紹介のアウトライン準備に膨大な時間をかけ始めた。ほかの出演は一切やめ、その代りに、さまざまなテーマを研究することで自分の考えがわき起こる。原稿を書いて掘り下げる時代に入った。人生で、この一番長く有意義な時間を過ごしたことは、友人さえ知らない。
その後の仕事では出演だけでなく、番組ごと作るオファーがあり、構成を始め、予告編を編集し、ナレーション原稿も書く。自分の出演は、カメラマンに指示しながら時間を計り、コメント部分を撮影する。こうしてワンオペで作った映画番組を、自ら局に納品するという異例のやり方にチャレンジした。
日本映画のメイキング番組構成もひとりで考え制作し、次々と局に納品する。新作映画の完成を前に、撮影中の現場でカメラを回して裏話を見せるスタイルの映画番組だが、私の場合は条件がいつも過酷で、予算はひっくりかえるほど少なく、メイキングといっても撮影終了後のネタなし状態で、オンエアーぎりぎりの依頼が多い。
もはや香港映画人気分で、中身は自分の頭の中にだけある状態。自分が出演するときの意味は、構成上のつなぎとして必要を感じたときのみ差し挟む。自分の出演が不要と思うときは、出演させない。カメラの撮影料金が不足してしまったときも、出演させることはできない。だぶん、後にも先にもテレビ業界で、こんなワンオペ出演者はいないだろう。ただチームワークが苦手なだけに、無駄が省けたことで、ストレートに目的に向かうことができた。なんとか、無名番組のポイントは全部クリアーした。制作費を超えない、納品日を守る、映画への興味を持たせる、視聴率を上げる。私が大事にしたのは、俳優を理解することだった。
そういう仕事から、私がいつも似たような気持ちで共感しやすいのは、海外ミュージシャンのドキュメント映画だ。リーダー(バンマス)も同じ立場だし、チームワークは演奏家同士だと無駄がない。アーチスト同士の会話はぶつかるかもしれないが、書類による不毛の企画会議とは違い、どんどん掘り下げていく方向に向かう。ステージでは、観客との対話があるのみだ。さらに、彼らの音楽ドキュメントを手がける監督は、ミュージシャンとセッションできるレベルの知識と思いで一体化するから、伝記映画となる。
巨匠マーティン・スコセッシ監督が、大作映画を撮りながらも、ザ・バンドやビートルズ、ジョージ・ハリソンのドキュメントや、昨今でもボブ・ディラン伝説を自分なりの見解で監督している。作り手の愛やビジョンがなければ、ドキュメントもただの記録映像だが、大監督による演出は興味の範囲を超えるものにする。
「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」のビム・ベンダース監督は、映画監督のレベルで音楽ドキュメントを撮り、キューバの埋もれた老ミュージシャンたちを世界に押し出した。
ビジョンのある映像は、アーチストを世に知らしめる力を持つ。
かくして、音楽は映像として、新しい世代に残されていく。
日本でも、世界に通用する音楽ドキュメントを残してもらいたいものだ。
芸能界が仕立てるビジネスマンの音楽シーンではないところに、それはきっとあるだろう。薄めて広げる世界ではなく、掘り下げて深める音楽シーンがまずありきだ。映像作家により、日本の音楽家が世界に放たれるときは来るのだろうか?
ブラジルの法王、ジョアン・ジルベルトのライブ映像が、2006年に来日したとき撮影された。これは監督の視点により浮かび上がるドキュメントとは異なるが、貴重な演奏の映像として残された。彼は、ブラジルのサンバを歌とギターだけで表現する、まさに神のワンオペを手がけた「ボサノバ」の創造主である。ジョアンは、アントニオ・カルロス・ジョビンと出会うまでは、姉の家のバスルームに閉じこもって、ひとりで創作活動をしていたことは、よく知られている。
今年公開の新作映画「ジョアン・ジルベルトを探して」は、このブラジルの法王がいまどこかで生きているのか、そもそも、どのようなところでボサノバを生み出したのか……知りたい監督があふれる思いを打ち出しながら、カメラを回した。ジョアン・ジルベルトのたどった足跡を追う方式で挑戦しているので、撮影者自身も撮りながら結末はわからない。
©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018
ジョルジュ・ガショ監督は、これまでも音楽家のドキュメント(日本未公開)を作り続けている監督。本作は、限りない音楽愛を感じる1本だが、最後にジョアンは登場するのか、しないのか?ちょっとしたサスペンス仕立てにもなっており、必ず見たあとに観客も、その深い思いが感染して、彼の音楽を探りたくなるだろう。そして自分の音楽に向かいはじめるのかもしれない。本作は、期待した音は少なめのため、ライブ映像「ジョアン・ジルベルト・イン・トーキョー」とセットで見ることをお薦めする。どちらを先に見ても、いい。
また新作「カーマイン・ストリート・ギターズ」の主役は、ミュージシャンではなく、ギターを作る職人だ。ジム・ジャームッシュ監督が実際に通った店のギター職人、リック・ケリー氏で、彼は、この職人に、自宅の屋根裏の木材で、ギターを作ってもらったという。
ジャームッシュ監督は、アート志向で、「バスキア」や「SUKITA 刻まれたアーチストたちの一瞬」にも出演しているが、本作も、出演だけで、ドキュメンタリー監督、ロン・マンに監督の機会を譲っている。
©MMXVⅢ Sphinx Productions.
グリニッジ・ビレッジは、かつてNYボヘミアンがあふれた地域。近代化が進む中、ギター職人の店舗だけが、古い出で立ちのまま残っている。職人のリックじいさんは、過去の文化を懐かしむように、街の古い場所から建材を拾ってきては、手創りでギターを作っている。歴史的建造物の教会や老舗のバーのカウンターなど、取り壊される前にそれとわかる部分を切り取って、物語のある楽器を作り出すのだ。なんという情緒的な、美しい作業を慈しむように行なう人なのか。
映画は、このお店の中に入ってきては、リックじいさんの話を聞いたり音を出したりしながら、ギター愛好家やミュージシャンが次々と登場する。音楽との関わり方は本当にいろいろあるのだなあ、と感慨深い。ギター好きには、たまらない作品だろう。
エレノア・フリードバーガー
カーク・ダグラス
チャーリー・セクストン
ビル・フリゼール
ギター含め、ミュージシャンとして挫折組の私としては、本来のジャーナリストの立場からこうした音楽や映画を紹介することのほか、もうひとつ挑戦したものがある。ミュージシャンとの関わりから、楽器ケース作りを研究し、クリエーターとしてソフトからハードにも関わりを広げた。美しいサウンドが保たれますように……。
ジョアン・ジルベルトのボサノバを聴きながら、リックの話を聞きながら、私もまた古き良き時代に思いを馳せる。
MOVIE Information
『ジョアン・ジルベルトを探して』
監督・脚本:ジョルジュ・ガショ
出演:ミウシャ、ジョアン・ドナート、ホベルト・メネスカル、マルコス・ヴァーリ
2018年/スイス=ドイツ=フランス/ドイツ語・ポルトガル語・フランス語・英語/111分/カラー/ビスタ/5.1ch
原題:Where Are You, João Gilberto?
字幕翻訳:大西公子 字幕監修:中原仁
後援:在日スイス大使館、在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、ブラジル大使館
協力:ユニフランス 配給:ミモザフィルムズ 宣伝協力:プレイタイム
©Gachot Films/Idéale Audience/Neos Film 2018
http://joao-movie.com/
8月24日(土)より新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
『カーマイン・ストリート・ギター』
第75回ヴェネツィア国際映画祭 正式出品
第43回トロント国際映画祭 正式出品
第56回ニューヨーク映画祭 正式出品
監督・製作:ロン・マン(『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』)
扇動者:ジム・ジャームッシュ
編集:ロバート・ケネディ
出演:リック・ケリー、ジム・ジャームッシュ(スクワール)、ネルス・クライン(ウィルコ)、カーク・ダグラス(ザ・ルーツ)、ビル・フリゼール、マーク・リーボウ、チャーリー・セクストン(ボブ・ディラン・バンド)他
音楽:セイディース
原題:Carmine Street Guitars
2018 年/カナダ/80 分
配給:ビターズ・エンド
©MMXVⅢ Sphinx Productions.
http://www.bitters.co.jp/carminestreetguitars/
8月10日(土)、新宿シネマカリテ、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー!
N A H O K Information
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第2回:MeTooの土壌、日本では?
第3回:エリック・クラプトン~サウンドとからむ生きざまの物語~
第4回:津軽のカマリ、名匠高橋竹山の物語
第5回:ヒロイックな女たち
第6回:アカデミー賞2019年は、マイノリティーの人権運動と音楽パワー
第7回: 知るべきすべては音楽の中に――楽器を通して自分を表現する
第8回:看板ではなく感性で聴くことから文化が高まる