PRAY FOR KYOANI 「けいおん!」を偲んで
海外の映画祭で、ひとり取材に出かけていると、だいたい日本人だと思って声をかけてくれるのは、アニメ評論家の人が多かった。
日本のアニメをリスペクトしてくれ、うれしいのだが、私はそれが専門ではないので尋ねられると焦る。共感を求められても、そこまで見ていないのが恥ずかしい。
欧米映画中心に見てきて、現地ジャーナリストと話すとき、現代の日本の文化=アニメに対して不勉強なことを恥じる。
しかし、アニメ作品のなかで、宮崎アニメ以外でも、音楽映画は洋画畑の私でも楽しめる。
音楽に対する姿勢や専門性、音楽シーンの高度な作り方、心理描写、それにストーリーの構成など、洋画的な感覚がある。漫画チックなキャラ作りに俳優がすっかり溶け込んだ日本のテレビドラマの稚拙な演出より、よほど成熟した人間描写があるのだ。
さて、京アニで作った作品では、軽音楽をテーマにした『けいおん!』が代表作。このときCDで、初のオリコンチャート1位になった。しかも楽器まで、売り上げを伸ばすという経済効果もあった。劇場版では、興行収入19億円を突破した。
今年は、TVアニメ2期の続編で、劇場版「響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ」が、公開を終えたばかり。続編が期待されるところだったが、かの放火魔により、その期待も失われた。彼は、事件の前に、本作品の聖地となる場所を何か所も訪れた形跡があるというのに驚いた。ファンのこれほどの暴走に、同情の余地はかけらもなく、ここまで絶望を感じさせる事件は、今後をおいても、なかなかないだろう。
放火魔の心の中に、音楽はなかったのか?
彼は、音楽をどうゆがめてしまったのか?
どんなひどい環境にあっても、音楽を拠り所にすることで人生を豊かにする話は、実際にも多く、映画でも描かれてきた。
自分の持つ環境がひどければひどいほど、そこから抜けたいというハングリーさで才能を磨き、クリエイトするパワーが大きくなる。
特に、私が好きな民族音楽では、その土地に生まれていなければ成り立たないサウンド。伝統を継ぎ、餓えと危機感のもとで、鍛えられてきた
土着民族の音は、心に響く。
ブラジルの犯罪多発地帯で、「踊るか、蹴るか?いづれかしか浮かび上がる道はない」と決意されたダンスかサッカーに対する向き合い方は、半端ではない。
ドキュメンタリー構成の映画「モロノブラジル」(ドイツ、フィンランド、ブラジル/2002)では、ラッパーが歌う。「飢えと貧困がこの街を作っている。自分たちも、国も一部で、神の力を借りて、この国を救おう」と。「暮らしが良くても悪くても、考えることが大事」と歌う存在は、さしせまるものがあり、技術的な音楽性を何倍も上回る。
実在のジャンゴ・ラインハルトをドラマ化した映画「永遠のジャンゴ」(フランス/2017)は、ロマ音楽とスイングジャズを融合させたギターの英雄が、第2次大戦中のフランスで、軍人から演奏を強いられ、ナチスに立ち向かう音楽家の鬼気迫る生きざまと演奏シーンが重なる。俳優による演奏でも、ここまでできるか。
音楽家自らが登場するドキュメンタリー映画「ソング・オブ・ラホール」(米/2015)は、イスラーム原理主義の影響から音楽文化が衰退し、仕事を失ったパキスタンの老いた音楽家たちが、ジャズに挑戦する姿を追っていく。ニューヨークリンカーンセンターで、洗練されたトランペット奏者、ウィントン・マルサリスのアドバイスを必死で聞きながら対応しようとするパキスタンミュージシャンの姿勢は、切羽つまるものがあり、タブラやシタールの民族楽器とのコラボレーションが見事に完成するサッチャルジャズを生んだ。彼らの音楽を求めるために、藁をもすがる思いは、類を見ない素晴らしさだ。
満たされない環境による飢えが、エネルギーを人一倍大きくする。
若者には、その方向を間違えないよう、周囲がサポートすることで大きく人生は変わるだろう。そんなテーマを持つ音楽映画がいい。
新作映画「パリに見出されたピアニスト」(仏・2019)は、クラシックピアノを題材にしたドラマ映画。主人公の少年役は、フランスの美形、サミュエル・ベンシェトリの息子で、かのジャン・ルイ・トランティニャンの孫にあたり、音楽畑ではないが、映画ではピアノ演奏を実演する。
サポートするのは、知的な英国女優の代表、クリスティン・スコット・トーマス、フランスのハンサムな名優、ランベール・ウィルソンで、品格を上げた。(彼は、フランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」の歌詞が古いと異議を唱える歌手でもある。)
©Récifilms – TF1 Droits Audiovisuels – Everest Films – France 2 Cinema – Nexus Factory – Umedia 2018
物語はある少年が、駅でショパンを弾いているところを格調高いパリ音楽院の教授が目を付けるところから始まる。少年は、犯罪に加担した疑惑で追われている状況だ。そこで、彼にクラシックの音楽環境がないと想像した教授は、彼に本格的なピアノを習わせようと思いつき、その場で連絡を促す。
少年は、生活に追われる家庭で生まれ、幼い頃にピアノを弾く老人の家に出入りする過去があったのだが、いまは犯罪ぎりぎりの人生しかない。
そんな屈折した少年とどこか影のあるエリート教授の間で信頼関係を構築する過程が、興味深い。
なんといってもこの物語が、日本の音楽アニメに似ていることに、気付く。
教養のない環境で生まれ、森のなかで壊れたピアノを弾く荒くれ少年が、音楽の先生に見込まれて、ピアノコンクール出場に至るまで、練習を共にするアニメ「森のピアノ」である。
いづれも、ほかのクラシックを演奏するようなエリート家庭とは環境が違うし、教える側はかなりの覚悟が必要になる。
それでも、彼らの異質な才能の一片に惹かれて、先生は少年に命を懸ける。
そこから、どんなサウンドが生まれるのか?
ネガティブな環境、はたまた虐げられたDNAこそが放つ異質な魅力が人々の想像を超える世界を作り出すのだろうか。
私が最も好きなのは、エリート畑でない主人公が、さまざまな枠を超えた音を出すとき、クラシックのガチガチのファンから、超エリートの審査委員まで、承認せざるを得ない気持ちで、熱く受け入れるところだ。
こうした発想は、欧米的で洋画にはありがちな設定と展開である、人種差別やマイノリティーの文化を描いてきた映画文化で音楽は、その答えを音でしっかりと示すことができる。
かくして、エリート先生が、環境に恵まれない少年の才能を育むように、またライ・クーダーが、滅びゆくキューバの老サルサ・バンドにコラボ依頼をするように、ウィントン・マルサリスが、パキスタンの老伝統楽器音楽家にジャズを指南するように、音楽を極めていこうとする。
そんな過程をドキュメント撮影したり、物語を映像化することで音楽も、新たにクリエイトされていく。
こうした音楽作りは見る側であっても、有意義で楽しい。
ミュージシャン・ファーストの音楽環境は、日本でも十分にあるのだろうか?
看板にこだわり、採算だけを考えて、面白くもない主催者の企画ありきで、ミュージシャンの音楽があとまわしになっていないだろうか?
そういえば、昨今聞いた「~ファースト」は、吉本問題の「芸人ファースト」だった。いま、日本でお笑い芸人のコンテンツが強いのは、もともとの生い立ち、環境のハングリーさにおいて、彼らが抜きんでているからだろうと私は思う。
すべるか、笑わせるか、で天国か地獄かの道が決まる。
それ以外に、自分の環境、人生を変える道がないのは、ブラジルやキューバ、パキスタンのミュージシャンに通じるものがある。
MOVIE Information
『パリに見出されたピアニスト』
出演:ランベール・ウィルソン クリスティン・スコット・トーマス、ジュール・ベンシェトリ
監督:ルドヴィク・バーナード
原題:au bout des doigts
2018 年/仏・白/106 分/シネマスコープ/カラー/デジタル/
http://joao-movie.com/
9月27日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、 新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA ほか
全国ロードショー
N A H O K Information
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