クラリネット記事 今こそ、Go to シアター!
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木村奈保子の音のまにまに|第26号

今こそ、Go to シアター!

コロナ禍の映画界は、欧米大作の公開延期続きが続き、007シリーズもやっと公開日が決定したばかりだが、日本では話題のアニメ「鬼滅の刃」が大ヒット。
こうした時期に、並んで映画館に足を運ぶ人々の姿を見ると、じーんとする。

だいたい、人々が集まっても映像に集中するため、会話をしない映画館ほど、コロナ期に適した場所はないというものだろう。
政府はもっと、Go to トラベルやGo to イート以上に、Go to シネマ、Go to シアター、コンサートなど、文化度の高いものに力を入れてほしいものだ。

さて、今回は、男女の複雑な恋愛を軸に、音楽業界で展開する物語から。
映画「ソング・トゥ・ソング」は、アメリカ、テキサス州のオースティンを舞台に、何者かになりたいフリーターのヒロイン(ルーニー・マーラ)が、大物プロデューサー(マイケル・ファスベンダー)に導かれて男女関係に踏みいれながら、もう一人の男性(ライアン・ゴズリング)とも惹かれあい、はたまた別の女性(ナタリー・ポートマン)も加わる四角関係へ。
ちなみに、ヒロインのマーラは、あのホアキン「ジョーカー」フェニックスのパートナーで、昨今子供を産み、リバー・フェニックスと名付けたばかり。

本作は、こうしたスターたちが演じる4人の恋愛模様、男女関係を静かなテンポで、ちんたら(ごめんなさい)描きながら、ほかにもケイト・ブランシェット、ホリー・ハンター、パティ・スミス……とフェミニズム系の大女優、歌手が次々と登場。それも、これみよがしではない感じでさらりと出演する。ロックバンドのシーンには、よーくみないとわからない自然さで、ヴァル・キルマーが演奏している、、まったく油断ならないキャスティングだ。
大スターらが、一見誰だかわからない見せ方は、黒澤的な演出手法のよう。
いわゆるアメリカ映画として明快に進んでいく演出ではない。テレンス・マリック監督は、「ツリー・オブ・ライフ」でカンヌ、パルムドール受賞など、欧州的な格調高さをもって、曖昧模糊な人間の感情を扱う。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズなど、リアルな音楽シーンもはさみながら、だらしないような、つかみどころのないようなヒロインたちの愛の行方が、ゆったりと時間と音楽のリズムでバランスをとりながら、語られる。意外と、モラル感のある方向に向かうところは、倫理を重んじる監督のビジョンか。音楽業界の方々も必見の作品だ。

ツリー・オブ・ラブ
ツリー・オブ・ラブ

一方、映画「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい」は、フランス映画ながら、アメリカンタッチのコメディセンスあふれる陽気な作品だ。
そもそも私は、シラノにもコスチュームものにも恋愛ものにも興味が薄く、出演者、監督も日本では知られていないため、ちょっと期待薄ではあったのだが、なんと意外にもかなり面白い。

本作は、シラノ・ド・ベルジュラックの戯曲を29歳で書いたエドモン・ロスタンの物語。監督は、エドモンの背景を調べて、このヒット作の裏側を創作した。にっちもさっちもいかないところまで落ちていたエドモンは、たった3週間で、戯曲を任されるが、そのネタもあてもない。現実には、仕事仲間でハンサムな俳優と衣装係の美女の恋愛関係に協力するはめに。直情的な俳優は、詩的な言葉を欲する美女にプローチするためには、戯曲家、エドモンの創意的な美しい言葉が必要なのだ。
かくして、いやいやながら引き受けた友人の恋愛関係に対応するうち、エドモンは、美女との言葉のやり取りに刺激を受け、それを自分の脚本に流用していく。
エドモン=シラノ・ド・ベルジュラックなのだ。

もはやエドモンは、綿密に考慮して、何かを創っていくという余裕はない。こうした思い付きとにわかキャスティングで次々にクリエイトしていくさまが、実にリアルで面白い。それが、舞台の準備中であれ、本番中であれ、ハプニングとアクシデントの連続の中で、どこまでも対応していく、アドリブワールドだ。
私も、かつて番組制作をしていたときは、こんなアドリブばかりだった。
「1週間後に30分番組、作ってね」「3週間で 1時間もの、作ってね」と、映画の特番演出を、いつもぎりぎりで頼まれたが、映画の撮影も終了し、インタビュー素材もない状態で、何をしろと?
しかしそういうときこそ、次から次へと考えがあふれてきて、雑ながらも、はちゃめちゃなことができる。それがクリエイトする、ということだったのか、と振り返る。まさに自分がしてきたことは、コメディだったのだ。
企画書を練って、予算をしっかり詰めて、打ち合わせとリハを重ねて、大勢が納得して……という方向で作るよりも、初期のこうしたアタフタ時代こそが、自由でクリエイティブだ、とつくづく思う。

本作は、文化的なフランス映画のていを見せながら、アメリカチックなドタバタでユーモアのセンスもあふれ、シラノをベースにした現代劇として観たい。
また、既婚者エドモンが、友人の恋の相手と、激しい愛の言葉をやりとりする関係について、妻はどう見るのか?
男にとって、恋の刺激は、芸の肥やしというべきなのか?
そうした男女関係を現代風に倫理的に解決していくかのような展開、結末も、女性心理を見据えた新しさを感じる。

まさに、Go to シアター!の気持ちになるお芝居、映画の魅力がいっぱいだ。

シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい

 

ソング・トゥ・ソング,flyer

『ソング・トゥ・ソング』
監督・脚本:テレンス・マリック 
出演:ルーニー・マーラ、ライアン・ゴズリング、マイケル・ファスベンダー、ナタリー・ポートマン、ケイト・ブランシェット、ホリー・ハンター、ベレニス・マルロー、ヴァル・キルマー、リッキ・リー、イギー・ポップ、パティ・スミス、ジョン・ライドン、フローレンス・ウェルチ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
2017年/アメリカ/128分/シネマスコープ/カラー/5.1ch/PG12/
配給:AMGエンタテインメント 提供:キングレコード、AMGエンタテイメント 
© 2017 Buckeye Pictures, LLC
https://songtosong.jp/
*12/25(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開*

シラノ・ド・ベルジュラック,flyer

『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』
監督・原案・脚本:アレクシス・ミシャリク 
出演:トマ・ソリヴェレス、オリヴィエ・グルメ、マティルド・セニエ、トム・レーブ、リュシー・ブジュナー
2018年/フランス/112min/カラー/スコープ/5.1ch/原題:Edmond
配給:キノフィルムズ/東京テアトル 提供:木下グループ  
© LEGENDE FILMS – EZRA – GAUMONT - FRANCE 2 CINEMA – EZRA - NEXUS FACTORY - UMEDIA, ROSEMONDE FILMS - C2M PRODUCTIONS
https://cyranoniaitai.com/
*11月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー*

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

N A H O K  Information

木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

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