修復だけがゴールではない
コロナ禍のGWは、緊急事態宣言で、なんとも大変な状況になった。
生活に余裕があれば、こんな時期こそ、一般人なら家に引きこもり、楽器の練習や読書や映画配信、DVDなどの鑑賞ができるというもの。
しかし、現実の社会は経済も、病床も逼迫している。
どの業種の人々も、多くは生活や人生に辛さや不安を感じながら、日々を送っているのは確かだろう。
こんな時期に、生活感のない、あるいは能力のない、はたまた共感力にも欠ける与党政治家たちに、はがゆさを超えて、怒りを感じるのは、私だけではないだろう。
そんな中、2021年のアメリカ、アカデミー賞授賞式は、例年より1ヶ月ほど遅れて開催された。
受賞作は、現実を見据えた作品ばかり。
作品賞、監督賞、主演女優賞などを獲得した「ノマドランド」は、私が最も敬愛する女優、フランシス・マクドーマンドが、自ら選んだ本を映画化したもの。未曾有の経済危機により、家を無くした高齢者世代が、車上生活をしながら、自由を感じていく物語。
“ホームレス”ではなく“ハウスレス”だと主張するヒロインは、ともかく常に何か、仕事がしたい、と願う。他人から恵んでもらうのではなく、働きたいのだ。
路上でのヒューマンな出会いに、ロマンが広がる。
出演者の多くは、本物の路上生活者=ノマドだから、映像はリアルで切実だ。マクドーマンドは、原作のヒロインに、昔から憧れていたという。
また本作は、アジア人ヘイトや、女性差別に立ち向かう時代背景の中でアジア系女性監督の初受賞として、話題になった。
昨今の映画は、ジャーナリズム性を持つ社会作品が多い。
原作であれ、監督であれ、出演者であれ、作り手たちの視点が大いに反映される。
すぐにも観たい作品だろうが、本作は上映中ながら、日本では、緊急事態宣言のため、GW期間中の上映を休止せざるを得ない状態に追い込まれた。
ど~ん、と人々が押し寄せる「鬼滅の刃」や「ゴジラ」のような娯楽ファミリー大作ではないジャンルだから、人流を増やすとは思えないのだが……作品分けまでできないのだろう。
政治家は日頃から映画を見ていないから、きめこまやかな対応ができない。
黙食なら良くて、黙観ならいけないのか?
人命も、文化も軽んじて、オリンピックだけは、強行する日本。
さらには、それがスポーツマンシップの美学のためではなく、一部の政治家たちにとっての、別の思惑が渦巻いているから、より危うい。
オリンピックを機に、ジェンダー意識でも最下位状態にあると改めて気付かされた日本は、現代女性に対する感覚が最も古い。
何がどう遅れているのか、映画で世界はわかるのか?
こうした社会的な視点を持って、いまどきの映画を、見る価値はある。
アネット・ベニング主演の新作「幸せの答え合わせ」(2018・英)は、29年連れ添った夫婦の離婚をテーマに、家族の関係をひもといていく物語。
この夫婦の男女関係を分析するには、若干のジェンダー意識が必要だ。
世界各国のヒロイン像比較では、映画で描かれている限り、欧州の女性が米国よりもタフだ。
アメリカ型の自立ヒロインは、男女関係の問題を直球で投げかけるも、傷つきやすいが、欧州型は、自立するのは当然だが、より間接的な表現で母性の強さも加わる。
そうした土壌のない日本人の感覚で本作を観ると、ヒロインのアメリカ人女性は、性格の悪いキャラでしかないかもしれない。
しかし、それは男女が逆だと、普通に“あるある”の関係なのだ。
ぜひ、“夫源病”を口走る上沼恵美子さんに観てもらいたいぐらいだ。
物語は、口うるさく、個性の強い自信家で、女性上位が身についているアメリカの女が主人公。夫は、そんな女性を敬愛する、口数も少ない上品な英国紳士である。
「お~い、お茶!」と日本の男性が妻に対して言うのが当たり前だった頃のように、このアメリカン・ヒロインは、イングリッシュ・マンに、自分へのお茶を促す。
「まだ、あるんじゃないのか?」とカップを覗き込む気弱な夫。
「もう、冷たくなっているから、温かいものを入れてよ」と当たり前のようにたたみかける妻。
男女関係は逆だが、こうしたことが積み重なって、日本では熟年離婚へと突入するらしい。
かくして、おとなしい英国人夫が、支配的な妻に対して疎ましく思う“夫源病”ならぬ、“妻源病”になるという展開。
シビアで重いテーマながら救いがあるのは、英国の美しい海辺を背景にした開放感、息子の知的でクールな立ち位置感、役者の芸の細やかさ、飽きさせない演出の巧さ……など、秀逸な社会派作品なのだ。
男女間が入れ替わっているような関係で、離婚を求めるのは、これまで支配され、我慢してきた側だ。
まさか、従順な夫から離婚を告げられるとは……。
アグレッシブな妻は、自分の置かれた立場をなかなか受け入れられない。
夫は、自分に愛を捧げていたわけではなかったのか?
いったい、これまでなぜ、黙ってきたのか?
こんな夫婦の間に挟まれた大学生の息子が、両側の立場を理解し、客観視して、夫婦関係を分析していく語り口が興味深い。
壊れた関係やトラブルは、元通り、修復することだけがゴールではない。
現実を冷静にとらえ、いかに自分を「納得させること」に導くか?
心の修復に至る過程をたどるセラピー映画として、完成度の高い作品だ。
MOVIE Information
『幸せの答え合わせ』
監督・脚本:ウィリアム・ニコルソン
出演:アネット・ベニング、ビル・ナイ、ジョシュ・オコナー、ほか
2018年イギリス/原題:Hope Gap/字幕翻訳:川喜多綾子
提供:木下グループ
配給:キノシネマ
https://movie.kinocinema.jp/works/hopegap/
6月4日(金)キノシネマみなとみらい・立川・天神 ほか全国順次公開
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
PRODUCTS
2コンパート・リュック
「Banderas 2/wf」は、厚みがトップからボトムまで13cmのブリーフケースです。厚みのあるハードケースで、クラリネットはWケースからTOSCAケースまで収納可能。譜面はB4ファイルもOKです。
>>BACK NUMBER
第25回:まっとうなヒロイン像の“継承”
第26回:今こそ、Go to シアター!
第27回:私たちを踏みつける、その足をどけて
第28回:実話の映画化による、シネマセラピーの時代へ
第29回:「ノーレスポンス芸」の舞台は、いつ終わるのか?
第30回:“わきまえる女”の時代は過ぎ去った
第31回:すべての女性音楽家に“RESPECT”を込めて…