逃げずに、向き合う“リスペクト関係”とは?
今年は、映画で、あらためてアレサ・フランクリンの魂にふれる機会が二度もあったのは感慨深い。
「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」で、幻のコンサートドキュメントが、ついに日本で公開されたのは5月。
アレサの歌には、最初の一音から、涙があふれ出てしまう。
そこから、物語がひもとかれていくように、深く心に突き刺さっていく。
神に向かう歌を祈るように、聞くだけだ。
そして、11月から公開されている映画「リスペクト」は、ジェニファー・ハドソンが、アレサ・フランクリン物語の主人公を演じる。
伝説のソウルクイーンになりきるジェニファーは、アレサを歌うとか、演じるとか、そんなレベルではないところまでいききってしまう。
取り憑かれたように叫ぶのだ。
アレサ・フランクリンが、ブラックジンガーたちの長時間のショーで観客席に座り、ジェニファーの歌を認めている顔も映像に残され、ジェニファーに自分の歴史を歌わせることを承認したようだ。
タイトルの“リスペクト”は、てっきり、ジェニファーが世紀の歌手、アレサ・フランクリンに対するリスペクトをテーマにしているのかとおもいきや、それどころではなかった(もちろん、音楽的にリスペクトするのは、あまりに当然のことであるが)。
本作で、映画にしたテーマは、もっと多くの女性たちに共感を呼ぶものだ。
“男性が女性に対するリスペクトをもっと持つべきである”という切なる願いが、アレサの体験から歌詞になっていることを強調し、ジェニファーが歌い継ぐのである。
「ティナ」(1993年、米)は女性歌手、ティナ・ターナーの背景もそうだったように、これまで、見事な黒人歌手の歌を聞きながら、我々は、どれほど私生活で、父親や夫となる男性たちが、大なり小なり、束縛や暴力によって、女性を痛めつけてしまうのかというシーンをこれでもかと見せられてきた。
愛する男性たちに対して、「もっと、女性を丁寧に扱って欲しい、リスペクトして欲しい」
そんな思いが、どの歌からも強く伝わり、男性に求める歌詞を散りばめている。
本作では、アレサの過去に秘められたレイプ事件にもふれている。
さすが女性監督である。
ちなみに、ジェニファー・ハドソンは、アメリカン・アイドル出身の明るく若々しい歌手だったが、ちょうど人気を得た時期に、忌まわしい事件にでくわすはめになった。
姉の元夫が起こした家族の惨殺事件だ。
彼は、その男としての屈折した感情により、ジェニファーの母親、姪をも射殺した犯人となってしまったのだ。
黒人社会の背景の問題もあるが、そこには、男として、支配的で未熟な性質から、それゆえに悩まされる女性たちの共有する気持ちが、人種を問わず、重ねられている。
こうした女性のテーマも共有することで、現代的な価値ある作品になっている。
ジェニファーが、アレサの歌をどのくらい再現するのか、というテクニカルな見方だけでは、あまりにもったいないので、心して観てほしい。
次に、新作「CODA コーダ あいのうた」は、音楽の才能を秘めるヒロインと家族の関係を描くドラマ。
主人公は、歌が大好きな女子高生だが、漁師で生きる聾唖の父親と兄がいて、しかも母親も聾唖者という環境で育つ。
決して恵まれた背景とは言えないが、家族は、小気味よく正直で、あからさまで、愛とユーモアにあふれていることが最大の魅力に見える。
本作は、フランス映画「エール!」(仏・2014年)の英語リメイク版。
なんと言っても、素晴らしいのがキャスティングだ。
主人公を除く家族3人共が、プロの役者だが、聾唖なのである。
特に、母親役のマーリー・マトリンは、「愛は静けさの中に」(1986、米)で、アカデミー賞女優賞を獲得した。女優賞として、史上最年少の21歳だった。
あの、手話を交えたひたむきで、エネルギッシュな演技は忘れられない。
撮影後も、ウィリアム・ハートと交際に至ったことを覚えている人もいるだろう。
マーリーは、本作で、ネアカなお母さんを演じている。
物語は、障害を持つ人々の悲哀を描く方向とはまるで逆。
家族はともかくエロくて、正直で、明るく強い。
常に生活を支え合い、問題を共有する姿勢がいい。
そんななかで、ヒロインは、ボーイフレンドや先生を通じて、音楽の世界に憧れを抱くが、音のない世界でしか生きたことのない家族が、いかに、ヒロインを理解することができるのか?
いざとなったら、家族の通訳をしなければならないヒロインは、自分の夢を追い求めるのは、わがままなのか? 彼女が自分の方向に進むと、家族はどうあるのか?
ここには、“ヤングケアラー”の立場からも、考えるポイントがある。
ヒロインが、家族との関わり、生活のための問題を抱えながら、いかに夢に向かうのか?
どこまでも、“逃げずに、向き合う”ストレートな感情でぶつかりあうアメリカンファミリーの、正しいあり方を本作は、楽しく、豊かに伝えてくれる。
セラピー映画の傑作だ。
さて、ヒロインの歌は、なかなかのブルーステイスト。
音楽の先生の存在も強力で、大きな救いとなる。
本作は、サンダンス映画祭(私は、日本人で最初に出席したジャーナリスト!)で圧倒的な人気を呼んだ。
多様性を誇るアメリカ映画のジャンルとして、ふさわしいテーマとキャスティングのパワーで、勇気が湧くに違いない。
MOVIE Information
「アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」(2021年5月公開)
監督:シドニー・ポラック
出演:アレサ・フランクリン、ジェームズ・クリーブランド、アレキサンダー・ハミルトン、コーネル・デュプリー
2018年製作/90分/G/アメリカ
原題:Amazing Grace
配給:ギャガ
公式HP:https://gaga.ne.jp/amazing-grace/
「リスペクト」(2021米)日本で11月~公開中
監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン、フォレスト・ウィテカー、マーロン・ウェイアンズ、メアリー・J.ブライジジェームズ・クリーブランド
上映時間:146分
第64回グラミー賞 部門ノミネーション:最優秀サウンドトラック・アルバム賞(映画、テレビ、その他映像部門) 最優秀楽曲賞(映画、テレビ、その他映像部門)「Here I Am(Singing My Way Home)」
公式HP:https://gaga.ne.jp/respect/
「コーダ あいのうた」
監督・脚本:シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ「ロック&キー」、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ『シング・ストリート』、マーリー・マトリン『愛は静けさの中に』
原題:CODA|2021年|アメリカ|カラー|ビスタ|5.1chデジタル|112分|字幕翻訳:古田由紀子|PG12
配給:ギャガ GAGA★
公式HP:gaga.ne.jp/coda
2022年1月下旬TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
PRODUCTS
Wケース2コンパート・リュック 「Carlito/wf」
Wケース2コンパート・リュック 「Carlito/wf」(フルート, オーボエ, クラリネット対応)は、Wケース+マチ幅4cmのコンパートメントを追加し、革ハンドルをつけないスタイル。フルート、オーボエ、クラリネットに対応するブリーフケース型で、リュック専用のケースバッグです。
サイズはWケースと全く同じで、カバン、小物側の別コンパートメントを追加しました。
>>BACK NUMBER
第32回:修復だけがゴールではない
第33回:逃れられない現実と向き合う覚悟
第34回:時代と闘い、ストリートから世界へ
第35回:コロナ禍の2020東京オリンピック、チャップリンとレニ・リューフェンシュタールと
第36回:家事とジェンダーギャップ
第37回:ストイックな女のロマン
第38回:スピーチという名のエンタテイメント