2022年、アカデミー賞は、何を語るのか
2022年、アメリカアカデミー賞が決定したばかり。
本誌でも紹介した「コーダ あいのうた」が期待通り、作品賞を受賞して嬉しい。
大物や、ポップなハリウッドアクターではなく、障害を持つ人のみずみずしい演技者が結集したネアカなセラピー映画は、誰をも幸せにする作品といえる。
「コーダ あいのうた」の記事はコチラ↓↓↓
第39号 https://www.alsoj.net/clarinet/magazine/view/786/4794.html
また、長編ドキュメンタリー賞を受賞した「サマー・オブ・ソウル」も、私の最も好きな作品。50年も封印されていた音楽フェス、ハーレム・カルチャラルフェスの映像が残されている驚き、生ライブの熱さを体感できた。
CDとは全然違う、マへリア・ジャクソンの雄たけびがぐいぐいとせまってきた。
ああ、生きていて、良かった、と思える瞬間だ。
作品賞の予想では、「パワー・オブ・ザ・ドッグ」が受賞の可能性を持っていたが、ジェーン・カンピオンの監督賞で落ち着いた。
複雑なテーマを持っているように思えたが、シンプルにいうと、マッチョ幻想にとらわれた男の過ちがテーマだろう。
画面が暗く、サスペンスタッチで、神経を集中させる必要がある。
同じく受賞が予想された「ベルファスト」は、まるでウクライナ戦争を思わせる戦闘地での危機を経験するファミリーの物語。ケネス・ブラナー監督の出身地、アイルランドのベルファストを舞台に、幼いころの自分を主人公に描く。
亡命するファミリーの恐怖を描きながら、これほどおしゃれな演出はない、というほど洗練されたダンスシーン、音楽の使い方にセンスがあふれ、うならせる。
そして、大監督といえばスティーブン・スピルバーグ監督のミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー」が、賞の中心からはずれた。
仕方ない。この作品で良いのは、本作の製作総指揮で1曲だけ歌うリタ・モレノは別格として、ほかは助演女優賞を獲得したアリアナ・デボーズだけだから。
ヒロイン、マリアのお兄さんの恋人という役どころで、アリアナは、プエルトリコ&アフリカ系の血が光るキレキレの踊りを見せてくれたが、かんじんの主人公たちはというと……?
なんと、ヒーロー、ヒロインとも踊れない! 踊らない?
時を経て、新しい物語を期待したが、ポーランド系とプエルトリコ系の対決は同じ設定。暴力シーンはよりリアルだが、それを払しょくする、キャスティングの魅力がちょっと弱すぎる。
主人公たちが一目ぼれするには、「ロミオとジュリエット」の美貌か、惚れさせるダンス芸ありきか、せめてどちらかが必要なはず。
それが、ない。
この種の現代ミュージカルなら、「イン・ザ・ハイツ」(米・2021)は、ヒロインもヒーローも、ダンスバリバリのラティーノカップルで、出演者たちはアフリカ系ダンサーもまじり、あふれんばかりのエネルギーで、ダンスミュージカルとして最高の完成度を見せた。「ラ・ラ・ランド」以上に。
もう数十年前から、ニューヨークのダンスクラブは、ブラックか、ラティーノの二方向だけで、白人はいずれか好きなほうにまぎれこむしかない、というぐらい、ダンスと民族性は重要だ。
そんなところから、主人公が白人であっても、よほどダンス要素を強く身につけなければならないのが時代の流れ。
そういうわけで、ダンス物としては、ちょっと残念だったスピルバーグ大先生。
そういえば、スピルバーグ監督は、「Netflixなんか、アカデミー賞受賞作ノミニーに入れるな」と言っていたものの、彼の次回作は、Netflixが提供する予定だとか。
時の流れか。
もし、黒沢明監督が、Netflixの時代に生きていたら、後年は、もっと楽しく映画が作れていたのかもしれない、とふと想像する。
日本では、製作費を捻出するのが難しすぎるのだ。
いまや、世界マーケットに考えられる作品なら、劇場でなくとも、配信映画として、製作費確保が大いに期待できる時代だろう。
かくして、アカデミーノミネート作品をもっと見ているのだが、結局、報道では、日本映画の受賞についてしか興味がないようだ。
オリンピックで勝利したアスリートと同じような扱いで、勝敗トークを盛り上げているようにみえる。
実際に、よくわからなかったとしても……。
確かに、数分の競技を世界中で同時に見ることができるスポーツとは異なり、共通認識がないまま、会話をするのに無理がある。
映画ジャーナリズムを確立しないと、文化の向上は果たせないだろう。
さて日本映画「ドライブ・マイ・カー」の受賞は、今年、外国映画賞から国際映画賞と名前が変更になった賞。英語圏ではない海外の作品としての受賞だ。
作品賞にも同時にノミネートされていたが、同じアジア人作品として、残念ながら、2020年の「パラサイト」(2020/韓)が、世界の作品と競って“作品賞”=一等賞をアメリカで受賞した状況には至らなかった。
賞の勝ち負けや受賞の優劣よりも、日本映画には、よりインターナショナルな文化として世界に通じる存在になってほしいと願う。
「ドライブ・マイ・カー」は、カンヌ映画祭でもすでに脚本賞を獲得するほど評価も高いのだが、実は私は、この団塊の世代の匂いがする演出に、あまり共感できない。
監督は若いのに、性的なシーンに、昔の男性向けポルノティックなテイストを感じるのだ。
欧米映画の演出では、ほぼ感じられない、ねっとりした匂いである。
また、物語の軸になる、妻の不倫に対して、責めずに黙って見過ごした主人公の反省という筋道が、わからない。
向き合って、問い詰めたら、別れるしかないだろう。
本作が、フェミニズムのアメリカ人に受ける設定として想像できるのは、浮気したのが妻側であり、夫側ではない。
にもかかわらず、夫側が、妻にそうさせた自分を恥じて、反省しているところ。
ずいぶん、マゾヒスティックな夫ではないか?
自ら浮気をするタイプの悪女は、逆のタイプを夫に選ぶのがうまいだけではないのか?だまって我慢する気弱な男性のことである。
世界的にも、もちろん日本でも多くは、浮気については、その逆パターンを見てきたし、いまもそのパターンは変わらないはずだが……。
ほかの点からも楽しむ角度がいろいろあるとおもうが、男女関係論としてのみの切り口で考えると、きにかかる。
このほかのアカデミー賞ノミネート作品では、ほかに、デカプリオが天文学者を演じるコメディ「ドント・ルック・アップ」や、ケイト・ブランシェットが渋いギレルモ・デル・トロ監督の「ナイトメア・アリー」、ルーシー・ショーの内幕を描いた「愛すべき夫婦の秘密」、ジョエル・コーエン監督、デンゼル・ワシントン主演の「マクベス」など面白い作品がいろいろあるので、別の機会に紹介したい。
昨今は、Netflix、Amazon Prime、AppleTVなど、配信でも新作を見ることができる作品もあり、劇場とのかねあいで、より身近に映画を生活に取り入れやすくなった。
世界の賞のなかでも、アカデミー賞関連の作品を見るのは、すでに公開、配信されたか、今後公開が決まっているなど、ほかの国のどの賞よりも具体的だから、話題を機に、時代を映す鏡として積極的に鑑賞してはどうか。
なにより、アメリカを舞台にしたイベントだから、作品にポピュラリティーがある。
一方、カンヌやそのほかの欧州映画祭のほうは、授賞式だけではなく、上映する場所、期間があるので、映画人たちは共にその場で映画を鑑賞する。
ここが大いに違うところ。
今後、公開されるかどうかもわからない、難解な作品も多いので、受賞作品といっても、面白いかどうかは、わかりにくい。
いずれにしても、賞の勝ち負けだけではなく、日本の文化が国際的な視点で認められる方向に向かってほしい。
MOVIE Information
「コーダ あいのうた」
(2021年,米)
監督・脚本:シアン・ヘダー
出演:エミリア・ジョーンズ「ロック&キー」、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリン
公式HP:gaga.ne.jp/coda
「サマー・オブ・ソウル」
(2021年,米)
監督:アミール・“クエストラブ”・トンプソン
出演:スティーヴィー・ワンダー、B.B.キング、ザ・フィフス・ディメンション、ステイプル・シンガーズ、マヘリア・ジャクソン、ハービー・マン、デヴィッド・ラフィン、グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス 他
公式HP:https://searchlightpictures.jp/movie/summerofsoul.html
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」
(2021年,米)
監督:ジェーン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、キルステン・ダンスト、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー、トーマシン・マッケンジー、ジュヌビエーブ・レモン、キース・キャラダイン、フランセス・コンロイ
公式HP:https://www.netflix.com/jp/title/81127997
「ベルファスト」
(2022年,英)
監督:ケネス・ブラナー
出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、ジュード・ヒル
公式HP:https://belfast-movie.com/
「ウエスト・サイド・ストーリー」
(2021年,米)
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボース、デビッド・アルバレス、ジョシュ・アンドレス、コリー・ストール、リタ・モレノ、マイク・ファイスト
公式HP:https://www.20thcenturystudios.jp/movies/westsidestory
「イン・ザ・ハイツ」
(2020年,米)
監督:ジョン・M・チュウ
出演:アンソニー・ラモス、コーリー・ホーキンズ、レスリー・グレイス、メリッサ・バレラ、オルガ・メレディス、ジミー・スミッツ
公式HP:https://warnerbros.co.jp/movies/detail.php?title_id=56811
「ドライブ・マイ・カー」
(2021,日本)
監督:濱口竜介
出演:西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか
公式HP:https://dmc.bitters.co.jp/
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
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第36回:家事とジェンダーギャップ
第37回:ストイックな女のロマン
第38回:スピーチという名のエンタテイメント
第39回:逃げずに、向き合う“リスペクト関係”とは?
第40回:社会を反映するエンタテイメント
第41回:コロナ禍のカオス
第42回:平和に向けた映画音楽のアプローチをしよう!