すべては、ゼレンスキーのテレビシリーズ「国民の僕」から始まった?
いっこうに解決できないまま、ロシアからのウクライナ侵攻は止まらない。
そんななか、配信権利で争奪戦があったと言われる、ゼレンスキーの大統領就任前のテレビドラマシリーズ「国民の下僕」が、配信されている。
シリーズ3までの間に51話。1話30分だから、ざっと1530分=25時間半。
2~3日あれば、鑑賞を終えられる。
その割には、Netflixで、イカゲームほどの人気が高まっていないような……?
日々のニュースで切羽詰まったゼレンスキーの顔を見る割には、このドラマに対する注目度が低いのは、なぜか?
かつてイーストウッドやシュワルツェネッガーが政界に進出しても、誰もが知っている彼らの映画を振り返るまでもないし、ドナルド・レーガンが大統領になってもあえて、彼の西部劇を見直す必要はなかっただろう。
しかし、コメディ俳優出身のゼレンスキーは、まったく違うスタンスだ。
彼は、「国民の僕(しもべ)」なるタイトルで、自社制作のドラマシリーズを企画主演した。
内容も、コメディタッチではあるが、政治風刺満載というより、ド直球の政治改革もの。
脚本と監督は、オルガルヒ役で俳優としても出演している人の名前になっているが、ユニークな役者たちのキャスティングを合わせてみても、出演、スタッフは、ほぼゼレンスキーのお仲間ではないかと想像する。「ブルース・ブラザース」的なコメディテイスト強めながら、役者たちの演技セッションも楽しく、後半は、どんどん政権を追い込んでいくシリアスさ。
プーチンいじりも何度かあるし、オルガルヒの存在が、大きなポイントになっている。
国民の側にのみ寄り添った内容に、オンエアー中は、さぞ共感を呼んだであろう。
ウクライナやロシアの政界の裏の裏まで突き進む脚本も面白く、笑いでは済まされない危惧さえ感じさせる。
また、アメリカの政治風刺コメディのヒットシリーズ、ケビン・スペイシー主演の『ハウス・オブ・カード 野望の階段』も意識しているようで、スペイシーの名前が飛ぶ出す瞬間もある。かなり、アメリカ通の映画仲間たちだと感じる。
ただ「ハウス・オブ・カード」は、登場人物がすべて“悪人”のみ。悪人を正したい国民の視点はあえてなく、悪人オンパレードで展開する。
次々と悪だくみの連続で、日本の元首相がハマっている、という噂を聞いたときは、さもありなん、と思ったもの。
私は、そのシニカールなストーリーテリングと役者のうまさにハマってしまったが、一方ゼレンスキーの「国民の僕」は、“オール悪人”の政界の中に、落ちこぼれのオトボケ“善人”たちが、入り込むという設定。
汚職の国を建て直すために戦うという話だから、視聴者に大受けだ。
発想も、かなりアメリカン。
結局、悪人キャラ、スペイシーの場合、「ハウス・オブ・カード」シリーズ終了後、男性俳優たちからの複数のセクハラ事件に追われて、映画人生命の危機に瀕した。
一方、クリーンなヒーローキャラのゼレンスキーは、「国民の僕」シリーズ終了後、リアルな現実社会でも大統領の役を、と多くの国民に求められる結果を得たのだから、まさに現実は、ドラマを超えた。
ゼレンスキーは、ドラマの中の役に投影され、多くの視聴者に夢を見せたのだ。
映像が持つ力は、大きい。
役者としてよりも、国を変えたいと挑む制作者としての力が、発揮されたといえる。人々の夢が、ゼレンスキー思想に託された意味がわかる作品である。
だからこそ、この現政権を覆しかねない政治的思想を広めた彼を、面白くないと考える人物は、権力者の間に、強く存在しただろう。
ウクライナ界隈では、だれもが見たであろうテレビドラマの主人公が、その内容とヒーロー思想のおかげで、リアル大統領に就任し、その後、ロシアより侵攻を受け、戦争に巻き込まれた。
いまの紛争や、そもそものゼレンスキーを知るうえで、このドラマは、単なる役者としての魅力などでは語れない重さがある。何より、この国の政治背景を知るには、歴史学者より、わかりやすい切り口がある。
キーワードは、ウクライナの“オルガルヒ”だ。
いまは、51話も休まず見続けた私も、ゼレンスキー・ロスになっている。
シリーズ放送終了直後のウクライナ人状態で、彼を大統領にするしかない、と国中が盛り上がったことは頷ける。
自分をどう見せるかの演技的ナルシシズムを持つ(と思える)プーチンにとって、スター資質のある頭のいいユダヤ人、アメリカびいきのゼレンスキーに対して、大いなる警戒心を抱いた背景も感じさせる。
映画やドラマは、作り手が“誇張”するメディア。
社会背景の描き方が、誇張されすぎることもあるが、そこからスタートする研究題材として、見る価値があり、現実と切り離せない。
Information
「国民の下僕」
(2015年,ウクライナ)
出演:ウォロディミル・ゼレンスキー、ナターリヤ・スムスカヤ、ヴィクトル・サライキン、スタニスラウ・ボクラン、エカテリーナ・キステン、アンナ・コシュマル、エレーナ・クラヴェツ、アレクサンドル・ピカロフ、ユージン・コシェボイ、ユーリ・クラポフ、ドミトリー・スルジコフ
●Netflix(日本語字幕あり)
https://www.netflix.com/jp/title/80119382
●YouTubeにて全話無料公開中(英語等の字幕表示あり)
https://youtu.be/GZ-3YwVQV0M
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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