マイノリティーのドラマを追い続ける映画界の今後
今年のカンヌ映画祭では、日本の話題として、ヴィム・ベンダース監督作「PERFECT DAYS」で役所広司が主演男優賞、是枝裕和監督作「怪物」の脚本家、坂元裕二が脚本賞を受賞した。
現代の日本映画では、役所広司と是枝監督といえば、海外に通用する才能という意味で、信頼の逸材だ。
とりわけ、是枝監督作品は、社会の底辺にいる貧困家庭や恵まれない子供たちを題材に、問題意識を常に持ち、アートに走り過ぎない演出で期待を外さない。
さらに、今回はオリジナル脚本で、テレビドラマのヒットメーカーと組んでいる。
今回出品した映画「怪物」が、“クイアー・パルム賞”を受賞しているのがまず興味深い。 クイアー、とついているように、LGBTQなど性的マイノリティーの意味がある。
いわゆるモンスター映画ではなく、いまだに怪物のように扱われることがあるクイアーを題材にしている。
アメリカ映画では、メジャー大作でも西部劇ヒーロー像をひっくり返したゲイ・ウエスタン「ブロークバックマウンテン」(2006,米)、ブラックゲイの純愛で、アカデミー賞の歴史を変えた「ムーンライト」(2016,米)など、もはや出尽くした感のあるゲイ・ジャンルだが、日本映画としてのアプローチは新鮮で、今回特に、脚本が注目されたのだろうと思う。
子供視点で進行するストーリーは、ピュアで美しい愛の始まりだが、大人たちにとっては、ゲイの存在が怪物のように見えるのか?
性的マイノリティーへの偏見の目を持つ者こそ、怪物ではないのか?
いったい怪物は誰なのか、を問う社会派作品。
いじめや虐待など、子供の命が守られない現代社会で、何が起きているのか?
少年が、信頼できる校長先生とトロンボーンを吹くシーンも意味深い。
言葉を使わず、音で吐き出す関係で、伝わるものは?
昨今話題の、大人による少年への性搾取という問題が広まる中、ゲイであることと性搾取やセクハラは、当然ながら別物である。
さて最近のゲイ映画では、「インスペクション ここで生きる」(2022,米)が新しい。
ゲイであることから16歳で親に捨てられ、10年間のホームレスを経て、それでも自分を奮い立たせ、海兵隊に入隊する主人公の物語。
居場所を見つけるため、まっとうな人間に更生して、母親に認められたいと行動するも、愛は得られるのか?
黒人であり、ゲイであるアイデンディティーを守りたい主人公が、社会で、家庭で、いかに迫害され、受け入れられないのか?
自分自身であることをあきらめない男の物語が、切ない。
「お母さん、なんであかんの? ゲイやったら、なんであかんの?」
母親は、自分の視点で息子を怪物とみなし、拒否するしかないのか?
海兵隊の所作を得て、きりりと美しいジェレミー・ポップは、ファッション界でも注目されるスタイリッシュな俳優だが、汗だくの男社会で自分を貫く複雑な心理を生々しく見せる。
新人監督の実体験を基にしたゲイ・ストーリーだからか、映像はひたむきに訴えたいエネルギーと躍動感にあふれている。リズミカルな編集は秀逸だ。
考えると、これはゲイにあてはめているだけで、親によっては、音楽に向かう子供を受け入れない、とか、こうしないと認めないというような毒親は、少なくないだろう。
子どもからすると、受け入れられないのは、大人たちの性的搾取。
受け入れられないのは、大人たちによる押しつけと支配だ。
それでも、本作の主人公は、自分をあきらめない。愛をあきらめない。
前向きなパワーみなぎる作品だ。
もうひとつ、前向きなエネルギーにあふれる作品といえば「裸足になって」(2022,仏・アルジェリア)が素晴らしい。
アルジェリアでバレリーナを目指すヒロインが、或る日、階段から突き落とされ大けがを負い、話すことも、踊ることもできなくなってしまうところから物語は展開する。
絶望の中、リハビリ施設で、ろう者たちにダンスを教えるきっかけから、何が始まるのか?
目をみはるべきは、主人公を演じるリナ・クードリのダンスだ。
自然の中で、風や水の音を感じながら独自の動きを見せるコンテンポラリーダンスは、まさに、技術を超えた心の叫びのよう。
型にはまらず、実にスリリングでわくわくする。
わざとらしい振付や構成にしばられない自由さに、観るものまで解放される。
クードリは、もはやダンサーにしかみえないが、映画「オートクチュール」(2021,仏)で印象的なお針子少女を演じた女優である。
クードリのアルジェリア出身の血と才能は、マイノリティーのドラマを追い続ける映画界で、ますます重宝される存在となりそうだ。
映画は、娯楽だけではない、社会を追うメディア。
賞レースだけでなく、さまざまな視点で、社会がバージョンアップされていくことにも目を向けてほしい。
MOVIE Information
「怪物」6月2日(金)全国公開
[監督]是枝裕和
[脚本]坂元裕二
[音楽]坂本龍一
[出演]安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、角田晃広、中村獅童、田中裕子
[配給]ギャガ
[公式HP]https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
「インスペクション ここで生きる」8月4日(金)TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開
[監督・脚本]エレガンス・ブラットン
[出演]ジェレミー・ポープ、ガブリエル・ユニオン、ラウル・カスティーヨ、マコール・ロンバルディ、アーロン・ドミンゲス
[配給]ハピネットファントム・スタジオ
[原題]THE INSPECTION/2022年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/5.1ch/95分/R15+/日本語字幕:松浦美奈
[公式HP]https://happinet-phantom.com/inspection/
「裸足になって」7月21日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
[製作総指揮]トロイ・コッツァー 『コーダ あいのうた』
[監督]ムニア・メドゥール
[出演]リナ・クードリ、ラシダ・ブラクニ、ナディア・カシ
[配給]ギャガ
[原題]HOURIA/99分/フランス・アルジェリア/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:丸山 垂穂
[公式HP]https://gaga.ne.jp/hadashi0721
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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