クラリネット記事 ハリウッド映画の人権運動と「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」
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木村奈保子の音のまにまに|第61号

ハリウッド映画の人権運動と「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」

アメリカ映画で、ネイティブアメリカンの題材というと、昨今はもう、ありふれた西部劇になることはない。
インディアンのアパッチ族が悪役として登場した西部劇の白人ヒーロー時代は明確に、終わりを告げたのは知られるところ。
しかしそれは、単に流行が過ぎたというような軽いものではなく、マイノリティの人権運動が進んだことによるものだ。

ジョン・ウェインは、ウエスタン・ヒーローとして80本も正統派西部劇に出演し、映画界に貢献。空港にその名が刻まれているほどだが、時代が変わると、彼のヒロイズムは、打ち消された。

確かに、古き良き西部劇のアクションは娯楽として楽しめるが、白人男性社会のなかで、女性は酒場か売春宿で男性をもてなすだけだし、駅馬車を狙うインディアンたちは、悪党のレッテルが貼られている。

演出や俳優の魅力があるために、こうしたエンタテインメントは、なんの疑問も持たれることなく、長く愛されてきた。

しかし、本当の歴史はどうだったのか?
現実の問題として、マイノリティの人権が問われ始めるようになる。

1970年代、マーロン・ブランドが「ゴッドファーザー」でアカデミー賞主演男優賞を受賞した時、本人は授賞式に出席せず。代わりに、ハリウッド映画における民族の不当な描かれ方に異議を唱えるネイティブアメリカンの女優をステージに立たせた。
ブランドは、自分の賞より、映画界全体から、マイノリティの差別的な扱いを訴えたのだ。

私も、「シェーン、カムバック!」という少年のセリフを愛する映画ファンのひとりでもあるが、世代としては、ハリウッドのアンチ・ステレオタイプに挑む作品を追ってきた側だ。

のちに西部劇といっても「クイック&デッド」(1995年,米)は、シャロン・ストーンが女性ガンマンを痛快に演じた。
報復に燃えるタフな女ガンマンが、「明日、死ぬかもしれないから」と神父に愛のアプローチ。
セクシーなイメージのシャロン・ストーンが男側の立場を奪い取った。
B級テイストのサム・ライム監督が、劇画チックな演出で西部劇に新風を吹き込んだといえよう。

また「ブロークバック・マウンテン」(2005年,米)は、カウボーイがゲイという設定で、妻子のいる家に訪れた恋人ガンマンが、妻に隠れたところで愛を確かめ合う男同士のラブシーンが印象的。
下世話な展開ではなく、演出のアン・リーは、本作でアカデミー賞監督賞を受賞し、西部劇の時代を変えた。
往年のウエスタンマニアには受けいれがたい一作となったかもしれないが……。

時代を経て、白人男性中心のハリウッドでは、やすやすと性や民族のマイノリティが損な役回りを引き受ける時代ではなくなったのだ。

さて、ディカプリオ主演が売りの長編大作「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」は、かつて西部劇に悪役で登場した先住民がヒロインとして登場する。
1920年のオクラホマ州、オセージが舞台。
かつて土地を追われた先住民たちが、その土地で思わぬオイルマネーを得たことから、白人よりもリッチな生活をしている状況だ。
しかも、女性に財産の権利が有利に与えられ、男性は彼女らと結婚すると豊かになれる。
だから、白人男性にもモテる、というか、狙われる。

かくしてディカプリオは、ドライバーとして、オセージ族のヒロインを車に乗せたことから、とんとん拍子に結婚へ。
妹二人とも同じく白人男性と結婚している裕福な一家である。
そのような環境下で、謎のオセージ族連続殺人事件が起こり、さまざまな疑惑、人種間闘争が広がり、捜査が進められていく。

石油を当てたオセージ族の、実話に基づいた物語。
白人と先住民の愛は成立するのか?
まさに、そこに、愛は、あるんか?

この事件が、人種問題を含み解決に難航したことから、のちのFBIを誕生させたという意味で、担当の捜査官は重要な役どころだが、ディカプリオはその役よりもオセージ女性と結婚し、愛に葛藤する白人男の役を選んだだめ、脚本を大幅に修正したという。

ただ、本作のディカプリオの存在感はあるものの、頑張りが見えてちょっと暑苦しく彼を指南する叔父役、ロバート・デ・ニーロのさりげにキメる顔芸にはまるっきり適わない。 “デ・ニーロと丁々発止のディカプリオ”とは、オセージにも言えないのだ!?

先住民のオセージ語も流ちょうに話す(というふうにしか見えない)デ・ニーロの洗練された曲者感、魅惑的な芸の力が3時間半という長さを忘れさせる。
そして、新人女優、リリー・グラッドストーンが、自身も先住民の血を引き、居留地育ちで、独特の世界観をかもしだしている、圧倒的な存在感だ。

なにより、音楽映画で定評のあるマーティン・スコセッシ監督が最後に、ちょっと興味深い演出を加えている。
音響効果をクラシック奏者によるアンサンブルで聞かせながら語り部のようなスタイルで、物語を締める。
ネイティブアメリカンの音とは何か、を探りたかった監督の探求心が伝わる作品でもある。

そこに愛はあるんか、の答えをあなたはすぐに出せるだろうか?

 

MOVIE Information

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
10/6(金)、ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町ほか全国公開
[監督]マーティン・スコセッシ
[出演]レオナルド・ディカプリオ/リリー・グラッドストーン/ジェシー・プレモンス/ロバート・デ・ニーロ
[原題]Killers of the Flower Moon/2023年製作/206分/PG12/アメリカ
[配給]東和ピクチャーズ
[公式HP]https://kotfm-movie.jp/

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