クラリネット記事 LGBTQの時代
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木村奈保子の音のまにまに|第71号

LGBTQの時代

2024年、パリオリンピック閉会式は、トム・クルーズ色が強く、以外にすんなりと終了した感。
やはり、LGBTQ色が強烈だった開会式のほうがフランスらしく、強烈な印象を残した。
映画ファンなら、コアなLGBTQワールドが全面に押し出されても、何も驚かないが、まだまだ時代の変化に多くの人々は、追いついていないのだろうか。
アメリカでも、西部劇のガンマンが“女性”(「クイック・アンド・デッド」1995・米)になったり、“ゲイ”(「ブロークバック・マウンテン」2005・米)として描かれたりしてから、はや20~30年にもなる。「マトリックス」(1999・米)の兄弟監督が、いつのまにか性転換し、ウォシャウスキー“姉妹”になり、LGBTQキャラ全開のドラマシリーズ「センス8」(2015,米)を現在もネトフリで展開させている。
映画のたとえを書くときりがないほど、ゲイ映画にはさまざまに面白いものがある。
パリオリンピックの場合は、ドラァグクイーンのパフォーマンスが主体となり、その演出がグロテスクで、ホラー的なテイストになるのはそれほど驚くべきポイントではなかった。
これまで大通りの端っこをこそこそ歩いていたマイノリティが、センターを堂々とあるいている姿が世界を驚かせた。

さて、私は映画を見るとき、次はどんなマイノリティが主人公なのかをむしろ楽しみにしている。
ケイト・ブランシェットが女性指揮者を演じたことで数々の賞に輝いた「TAR/ター」(2022,米)は、どんな指揮をするのかと期待したら、音楽よりも、なんと、レズビアンで、権力を持ったことから女性演奏者にセクハラをしてしまうマイノリティヒロインの悔いを描く作品だった。
そして、偉大な作曲家を描く「チャイコフスキーの妻」(2024,ロシア、仏、スイス)が近年、製作されたばかり。

そもそも、映画「チャイコフスキー」(1970,ソ連)は、映画音楽の巨匠、ディミトリ―・ティオムキンがアカデミー賞にノミネーションされた傑作。
ピアノ協奏曲の成り立ちから、『悲愴』の最終楽章まで、レニングラード管弦楽団、ボリショイ劇場管弦楽団、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーら、ソビエト音楽界のメンバーが演奏、出演もしているだけあって、チャイコフスキーの伝記映画にふさわしいクオリティの音楽映画である。

一方、新作のテーマは、タイトルにある通り、チャイコフスキーの“妻”をフォーカスしている。
悪妻と語り継がれる妻の物語として、音楽家の人生をどう見るのか?
ロシアでは今でもLGBTQについては、理解を示していない国だと思うが、チャイコフスキーの時代は、ゲイという存在が全く開かれたものではなく、男色はシークレットどころか、厳罰の対象だ。
本作では、チャイコフスキーに盲目的にあこがれる生徒の一人が、結婚を持ちかけるところから始まる。
チャイコフスキーは、彼女の持参金を期待したこともあり、承諾する。
それが甘かった。
愛情に飢えた妻は、夜ごと、精神的にも性的にも強力なアプローチを仕掛けてくる。
考えたら、結婚生活には普通のことかもしれないが、チャイコフスキーはそれを受け入れることができない。

観る者はすでに事情をわかっている。
チャイコフスキーはゲイなのだから、しょうがない、妻はしつこい、と彼に同情する。
これが、妻を“悪女”と言わしめた理由だろうか。
妻は妻で、夫の真実を知らないのだから、しょうがない。可哀そう、と妻に同情する見方もあるだろう。
LGBTQがまったく周知されていない時代。
お互いに精神に異常をきたしていく様子が、これでもかと描かれる。
妻がもし“悪女”というなら、もっとしたたかで、得るものを得たうえで、相手を貶めても、自分は崩壊しないだろう。
いわゆる悪女論は、チャイコフスキーの側から見た、ということになるのだろう。

実は、音楽家ではないが、数年前、ゲイの友人が、女性と結婚した。
もしかして、女性との関係を築けるかも、と淡い期待をしたのか、家族という形が欲しかったのか、世間体を保ちたいのか、理由は明確にわからない。
わかったのは、妻のほうが何も知らずに悩んでいるということだけで、それ以降の顛末は耳にしていない。
今の時代なら、告知しないゲイの夫のほうが罪深いと感じる。

本作の監督は、その演出の癖が強く、ちょっと戸惑うシーンがある。
男性の裸体が複数、同時に登場し、妻がそれを触る幻想シーンがあり、いかにもゲイ監督を思わせる性的な描写が独特だ。
ウォシャウスキー姉妹のネトフリドラマ「センス8」でも、ゲイ監督全開のアプローチで、なかなか容赦ないラブシーンをわんさと見せられる。

私は昔、シークレットな状況で、秘めた愛にふれるというゲイストーリーが好きだったがこれから、LGBTQのあり方は、どんどん開かれ、時代とともに変わっていくのだろうと思う。

音楽重視なら、旧作の正統派音楽映画「チャイコフスキー」をDVDで、新しい観点から、チャイコフスキーの私生活を考えるなら、ゲイの監督による「チャイコフスキーの妻」を劇場で。

映画は個別作品が面白いかどうかだけでなく、時代を見る鏡である。

 

MOVIE Information

『チャイコフスキーの妻』
9/6(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督・脚本:キリル・セレブレンニコフ 出演:アリョーナ・ミハイロワ、オーディン・ランド・ビロン、フィリップ・アヴデエフ、ユリア・アウグ
2022年/ロシア、フランス、スイス/ロシア語、フランス語/143分/カラー/2.39:1/5.1ch
原題:Tchaikovsky's Wife
字幕:加藤富美
配給:ミモザフィルムズ
©HYPE FILM - KINOPRIME - LOGICAL PICTURES – CHARADES PRODUCTIONS – BORD CADRE FILMS – ARTE FRANCE CINEMA
【公式サイト】https://mimosafilms.com/tchaikovsky/

 
木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

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