クラリネットバレルのすべて
バレルの役割
音程の調整(チューニング)がメインです。クラリネットは全体の長さを変えることでピッチを調整することができます。そのためにバレルを少し上げたりして調整しています。
もし、バレルが上管と一体になっていたら音程を調整するためにマウスピースを抜かないといけなくなってしまいます。そうするとマウスピースは少し浮いた状態になり、グラグラしてしまって吹き心地が悪くなります。だから、バレルでチューニングできるようにしていて、上管と下管が分かれるのも同じ理由です。昔は一体型のワンピースのクラリネットがありました。バランスが崩れることがないのでよかったのですが、内部はストレートにしかできません。
しかし、現在のように分かれていることによって、内径を変えられるようになりました。テーパーをつけたりすることができますし、上管を太くしたり、バレル側を太くしたり逆に細くしたり、といろいろなことができます。このように内径を変えることで音色や倍音の幅、吹き心地なども変化します。
前述したようにバレルはチューニングのために抜くのが一般的ですが、基本的にはバレルに近い音のほうがたくさん影響が出るんです。特に上管の上のほうの音はその影響が大きく、すべてのキィを押さえたチューニングのときの「ド」や「シ」の音は離れすぎていてあまり影響を受けません。
例えば、楽器全体の長さが50cmあり、バレルを1mm抜くとします。一番上(近く)のトーンホールまで10cmあるとしたら、そのトーンホールの音は1%音程が変わります。(実際は複雑な計算が必要です)
1mmはこのくらい
バレルを1mm抜くとして、10cm下のトーンホールの音は1%音程が変わる
実際の計算は難しいので簡単に説明しますが、1%の音程が変わるということは440Hzが436Hzになるということです。でも、バレルから50cmも離れたトーンホールだと0.2%しか変わりません。440Hzがほとんど変わらない状態です。その代わり、上管の「ラ」や「ソ」などの音程が下がってしまいます。
だから、真ん中、つまり上管と下管のジョイント部もバランスよく抜かないといけないんです。ただ、バレルを抜く人が多いので上管の「ソ」「ラ」「シ」あたりはピッチが少し高めに設計されています。少し抜いても下がりすぎないようにしているのですが、もちろん抜きすぎれば大きく下がってしまいます。
一方、ベルを抜くとすべてのキィを押さえた「ミ」や「シ」の音にしか影響がないんです。でも、「ミ」や「シ」だけが高くなる人はほとんどいないので、ベルを抜く必要はないと思います。
何が変わる?
これは設計にもよりますし、材質、形状、内径など、その組み合わせによって変化しますので一概には言えませんが、ピッチや音色のバランスが変わります。極端に細くしたり太くしたりすれば傾向などがわかると思いますが、市販されているオプション設定のバレルは音色というよりも音程感の変化を狙ったものだと思います。
吹き心地に関しては個人差も大きいので、どう変わるのか判断できません。太いほうが息がたくさん入る、細いほうが音がまとまる、というイメージがあるかもしれませんが、実際はそうでもないんです。内径の細いバレルを使うと「以前より息が入るようになった」と感じられる方もいます。息が通りやすいのと、内径が細いのはイコールではありません。
内径の大きさによってピッチや音色のバランスが変化する
バレルを選ぶ基準
内径については、太くなるにつれて下の倍音が上がって、上の倍音が下がります。また、長さだけのことを言えば、理論上、音程は変わらないのですが、倍音の幅が変わってきます。簡単に言いますと、内径が違えば音程のバランスが変わりますし、長さが変われば全体のピッチが変わります。
これを参考に選ぶのがいいとは思いますが、オリジナルのバレルとサイズ、形状が同じものに替えたとしても材質、要は木のどの部分を使っているかなど、同じサイズや形状であってもバレルは1本1本違います。そのため同じものを選んだとしても響きや音色も変化します。
バレルは、オリジナルと同じものを選び直すこともできますし、まったく違うものを選ぶこともできます。また、楽器自体が古くなってくると鳴り方も変化するので、バレルやベルなど交換できる部分を新しくすることで最初のころの鳴り方に近づけることができます。だから、気になるバレルがあれば吹いて試したほうがいいでしょう。
マウスピースと同じエボナイトで作られたゴッツ・クラリネット用バレル
リングが付いたヤマハ・アーティストモデルSEのバレル
バレルの長さ
おおむね62〜67mmくらいのバレルが用意されていますが、もちろんバレルは抜かないほうがいいんです。抜くということは上管とバレルの間に空間ができてしまいます。そうすると中の容積が変わる、つまり内径が太くなったことと同じなので、音程のバランスが変化してしまうのです。だから、元々の(設計上の楽器の)倍音のバランスを維持するなら抜かないのが一番いいわけです。もし毎回1mm抜いているのであれば、1mm長いバレルに替えたほうが音程はより安定します。ただし、音色も変化する可能性があるので注意してください。オプションのバレルでは極端に長いものの設定がありません。これは抜けば調整できるという考えだと思います。どちらかというとピッチが上がらないから短いバレルが欲しい、という人のほうが多いと思います。そのため短いバレルは各メーカーで様々なタイプをそろえています。
口を緩めて吹く人やジャズプレイヤーは、例えば、B♭クラリネットの元々のバレルが66mmだとしたら、それではまったくピッチが取れないので64mmを使ったり、極端な人は62mmを使ったりしています。だから短いバレルのほうがたくさん用意されています。
また、長さを調節できるバレルも市販されています。前述のとおり、バレルを抜くと内部の容積が変わるのですが、長さを調節できるバレルは、内側に薄い金属のパイプが入っていて長くしても容積の変化がほとんどないように設計されています。
バレルの長さは1mm単位で数種類用意されている
メリット、デメリット
バレルだけを独立させることによって内径や材質などを自分好みのものに変えられるのはメリットの一つです。また、長さが変われば自分に合った音程のものが見つかるでしょう。
個人的な意見としては、バレルを変えると鳴り方が制限されているように感じます。人それぞれ吹き心地の良し悪しは異なりますが、私は思ったとおりにストレスなく息が入って、ちゃんと鳴ってくれる楽器が好きなんです。だから、どこかに制約を受けるのはあまり良くないことだと考えています。ただ、息がスムーズに入らないほうがいいという人もいますし、それが好きな方もいます。バレルを変えると、鳴り方にしても、音程のバランスにしても、オリジナルとは異なりますが、それが好みの人もいますので、一概にデメリットとは言えません。
自分好みのバレルを替えることができる
リングについて
もちろん金属を加えることによって響き方が変わってきますが、これも好みだと思います。元々のリングの役割は割れないようにするためのもので、接合時はコルクという素材の弾力性によって外側に向かう力が働き、リングがないと割れやすくなります。このように割れを防止するために付いているのですが、メーカーによってはリングのほか、カーボンファイバーや、設計上分厚くするなど、最近はいろいろなタイプを用意しています。
接合部にはコルクが付く
バレル側の接合部。かなり薄くなっている
バックーンのMoBaバレルは分厚くしている
ビュッフェ・クランポンのICONは細いタイプのリングを採用
セルマー・プロローグのバレルは下部のみリングタイプ
接合部にはコルクが付いている
バレル側の接合部。かなり薄くなっている
バックーンのMoBaバレルは接合部付近を分厚くしている
ビュッフェ・クランポンのICONは細いタイプのリングを採用
セルマー・プロローグの純正バレルは下部のみリングタイプ
お手入れ方法
日頃のお手入れとしては、もちろんスワブを通します。そして、スワブを通しただけでは拭き取れないバレルの接合部の中に溜まっている水分を、ケースにしまう前にガーゼやティッシュペーパーなどでしっかりと拭いてから乾燥させることが大事です。水分が溜まったまま、ケースにしまっている人が多いです。そうすると楽器の割れの原因にもなりますし、バレル自体が割れることもあります。なお、接合部はスワブでは拭き取らないでください。なぜかというと、接合部のグリスがスワブに付いてしまい、それを楽器にスワブを通したときグリスがトーンホールに溜まってしまったり、スワブ自体が水分を吸わなくなったりします。
また、バレルに限らず、冬場など空気が乾燥するとリングが緩んできたりします。緩んだ状態で接合するとコルクの膨張が抑えられず楽器が割れることもあるので注意してください。リングが外れてしまうような状態のときは必ず修理に出しましょう。
接合部のグリスはガーゼやティッシュペーパーで拭き取る
今回はここまで!
次回は現在販売されている主なバレルを紹介します。8月に公開予定。