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THE FLUTE vol.196 Close Up
古典音律をめぐって〜オールバッハレコーディングを通して〜
CD「J.S.バッハからの贈りもの〜紫園香オールバッハ作品集〜」をリリースした紫園香氏と、チェンバロで共演した藤井一興氏の対談が実現。チェンバロのこと、音律のことなど興味深いインタビューとなった。
何を次世代に伝えるか〜藝大での古典音律のウェーブ
紫園
このたびは、私の人生の目標であるJ.S.バッハ作品集の録音に、チェンバリストとして名演をしてくださり、本当にありがとうございました。
藤井
素晴らしい録音になりましたね。紫園さんは難しいJ.S.バッハの作品を、すべての曲において微に入り細に入り、音程、様式、リズムすべて、最高の解釈で演奏なさいました。本当におめでとうございます。特に『ソナタ ロ短調 BWV1030』全曲を、長3度・短3度・増4度、完全5度、導音から主音、etc.の吹き分けがあれほど見事にできるのはすごいことです。
紫園
ありがとうございます。藤井さんのチェンバロは、生き物のように自在で、作品全体の構成が深く、色彩豊かで素晴らしかったです。
今回はバロッティ6分の1という古典調律で録音を行ないましたが、藤井さんと私の40年に渡る演奏の歴史の中では、ヴェルクマイスターやキルンベルガー……いろいろなチャレンジがありましたね。
今回はバロッティ6分の1という古典調律で録音を行ないましたが、藤井さんと私の40年に渡る演奏の歴史の中では、ヴェルクマイスターやキルンベルガー……いろいろなチャレンジがありましたね。
藤井
そう。現在、古典調律の王道がバロッティ6分の1だという考えに至るまでには、私個人としてもいろいろな思い出があります。
紫園
是非お聞かせください。
藤井
私は藝大で31〜67歳まで教鞭をとりましたが、1985年バッハの生誕300年祭のウェーブが大変印象に残っています。急激にバッハウェーブが来て、 1年365日あらゆる場所でバッハが演奏されるという、ある意味マニアックな時代が来ました。バッハは転調が多いので、全部純正律とはいきません。そういう意味で現在は、主調・属調・平行調などが美しく響くように、純正律と平均律のいいところを取ったバロッティ6分の1が最善と言われているわけです。増4度の音程が一番美しく響いて、長3度と短3度の響きの差が鮮やかな調律法なんです。
紫園
そのバロッティ6分の1でも、本当に意味ある音程で吹くのはとても大変です。そのたくさんある古典調律の違いを学生たちはどのように学んだのですか。
藤井
当時は学生に、音律についてどう教えるか、教えるほうも勉強しなくてはと、教授会を開き、ハーモニーディレクターという機械も購入して永冨正之、細野孝興、各先生方と様々な音律の違いを勉強しました。もちろん機械ですから、雅な音色は望めませんが、各音律の違いはわかりました。そして完全8度、完全5度、完全4度、がよく響く調律を探しました。今回あなたとの録音で使ったバロッティ6分の1を、本来は学生たちにももっと教えなくてはならなかったと思っています。
紫園
そう、いつも平均律に慣れている耳には、ある意味古典音律ショックですよね。
藤井
まさにその通りです。あるときヴァンフェルトというヴァイオリニストと6つのヴァイオリンソナタを演奏することなりました。
リハーサルで驚いたことはA=435で調律しなくてはならなかったことです。弦の張力をわざと緩めて、柔らかい音色を求める、というやり方ですが、あたかも半音近く下がって聞こえるので、最初は耳がついていかず大変でした。例えるならハ長調がロ長調に聞こえるようなわけです。おまけに不思議なことに弾いているうちにいつもの調律の高さまで、逆に上がってきたりするので、最初は頭が混乱しました。だってチェンバロは下がるもの、という認識が一般的ですから。でも次第に慣れて雅な世界を知ることができましたが……。
リハーサルで驚いたことはA=435で調律しなくてはならなかったことです。弦の張力をわざと緩めて、柔らかい音色を求める、というやり方ですが、あたかも半音近く下がって聞こえるので、最初は耳がついていかず大変でした。例えるならハ長調がロ長調に聞こえるようなわけです。おまけに不思議なことに弾いているうちにいつもの調律の高さまで、逆に上がってきたりするので、最初は頭が混乱しました。だってチェンバロは下がるもの、という認識が一般的ですから。でも次第に慣れて雅な世界を知ることができましたが……。
紫園
つまりこの1985年バッハ生誕300周年祭を機に、みなさんが「昔、バッハの時代はどのような感じだったのだろう?」と考え込み始めたのですね。
藤井
はい。それは、音程の多様性に関しても考えさせられる、とても良いチャンスだったと思います。
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Profile
紫園香
東京藝術大学附属高校を経て東京藝術大学音楽学部器楽科管楽器部門首席卒業。同大学院修了、C.P.E.バッハ の研究論文により藝術学修士。天皇に招かれ皇居桃華楽堂にて御前演奏。フルートを一木瑛美・川崎優・吉田雅夫・金昌国・三上明子・三浦由美・大友太郎・A.マリオン・H.P.シュミッツに師事。1977〜78年、スイスにてフルートの巨匠M.モイーズに師事、マスターコース修了。NHK洋楽オーディション入選、以来NHKFM・TV、スイス放送をはじめ世界中のTV、ラジオ出演多数。第7回「万里の長城杯」国際コンクール入賞。外務省招聘「文化交流使節団」等により世界24ヶ国でリサイタル開催。ジュネーヴ国際芸術祭、ブラジル移民110周年記念リサイタルをはじめ国際音楽祭招聘多数。国内主要ホールでの数多くの演奏は 「音楽の友」誌で年間コンサートベスト1位に選出、日本時事通信特選CDにも選出される等、常に高い評価を得ている。長年国際的に活躍を続け、後進の育成、フルートアンサンブルの分野開拓にも力を注ぐ。曲集、著書「フルートX骨ストレッチ〜人生最高の音色のために〜」(アルソ出版)他、CD16枚を発売中。現在、日本クラシックコンクール審査員、ムラマツフルートレッスンセンター、ユーオーディア・アカデミー各講師。ケニア・コイノニア教育センター特別講師。NGOハンガーゼロ親善大使。日本クリスチャン音楽大学・同大学院客員教授。
Profile
藤井一興(チェンバリスト、ピアニスト、作曲家)
東京藝術大学3年に在学中、フランス政府給費留学生として渡仏し、パリ国立高等音楽院を作曲科、ピアノ伴奏科共に1等賞で卒業。また、パリ・エコール・ノルマルでピアノ科を高等演奏家資格第1位で卒業。その間、作曲をオリヴィエ・メシアン、ピアノをイヴォンヌ・ロリオ、マリア・クルチオに、また、ピアノ伴奏をアンリエット・ピュイグ=ロジェの各氏に師事。1976年以来入賞したコンクー、は、メシアン国際コンクール第2位、クロードカーン国際コンクール第1位大賞、モンツァ国際コンクール第1位、マリア・カナルス国際コンクール第2位をはじめ十以上にも及ぶ。ヨーロッパ各地や日本国内でのソロ・リサイタルや室内楽、オーケストラとの協奏曲のほか、フランス国営放送局をはじめとするヨーロッパ各地の放送局や日本のNHKでの多くの録音・録画など幅広い活動を行っている。東邦音楽大学大学院特任教授、東邦音楽総合芸術研究所特任教授、桐朋学園大学特任教授。
■CD
「J.S.バッハからの贈りもの〜紫園香オールバッハ作品集〜」
【WWCC-7989】ナミ・レコード ¥2,750
[演奏]紫園香(Fl)、藤井一興(Cemb)、北本秀樹(Vc)、沼田園子(Vn)
[収録曲]J.S.バッハ:フルートソナタロ短調BWV1030/ソナタホ短調BWV526(W. & G.キルヒナー編)/フルートソナタホ長調BWV1035/トリオソナタト長調BWV1038/フルートソナタホ短調BWV1034
「J.S.バッハからの贈りもの〜紫園香オールバッハ作品集〜」
【WWCC-7989】ナミ・レコード ¥2,750
[演奏]紫園香(Fl)、藤井一興(Cemb)、北本秀樹(Vc)、沼田園子(Vn)
[収録曲]J.S.バッハ:フルートソナタロ短調BWV1030/ソナタホ短調BWV526(W. & G.キルヒナー編)/フルートソナタホ長調BWV1035/トリオソナタト長調BWV1038/フルートソナタホ短調BWV1034