フルート記事 新しいものさしを得て、楽しく歌おう│斎藤和志
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THE FLUTE vol.183 Close Up

新しいものさしを得て、楽しく歌おう│斎藤和志

ARTIST

2021年9月、東京オペラシティのリサイタルホールで公演を行なう。個人での本格的なリサイタルは実に20年ぶりだという斎藤さんに、そんな20年の歩みや、ここ最近出会った“ライフワーク”のこと、そしてもちろんリサイタルへの思いなど、たっぷりと伺った。

遠い世界の天才たちに感じる、人間臭さ

やはりスポーツ選手などと同様に、身体のことは長年の蓄積の中で意識せざるを得なくなってくるのでしょうね。最近では「4スタンス理論」をずいぶん研究され、折に触れて広めていらっしゃるのをお見かけします。
斎藤
それも元はといえば、フォーカルジストニアがきっかけだったんです。これは実は途方もない大発見で、“ちょっと楽器がうまくなる”程度のテクニックとはわけが違うのですが、とはいえ壮大な話でインタビューの枠には収まりませんから、詳細は改めたいと思います(笑)……自分の身体の不調をなんとかしたいということと、生徒に奏法を教えるベストな方法を模索する中で出会ったのが最初でした。
奏法に関しては、指導者によっていろんな教え方があり、それぞれに違うことを言うどころか正反対のことを教える人がいたりもするわけです。それこそ千差万別で、何が正解なのかわからない。実はこれが僕の場合はジストニアにつながる原因にもなっていたのですが――人にはそれぞれ持って生まれた身体とその使い方があります。人によって日常から全く違う関節の使い方をしたりしているのです。そこに逆らわず、その人に合った自然な身体の動きをしようというのが「4スタンス理論」です。これは“無意識な”身体の動きなので長い間それに気づかずにきて、かくいう僕自身も最近まで知らなかった。不調の原因を自分なりに探っていく中でたどり着いた答えであり、長年の問題が解決するに至ったもので、そしてそれが音楽の根源的なところの理解にも繋がるのがまた面白いところです。自分自身、さらに掘り下げていこうとしている最中でもあります。
楽器も、ご自身の身体に合わせた仕様になっていると伺いました。
斎藤
そうなんです。三響フルートの18金で10年以上使っているのですが、最近になってキィの配置などを一部カスタマイズして特別に作り替えていただきました。自分の身体にぴったり合った唯一無二の楽器なので、今や演奏活動をする上で代えのきかない相棒です。
今回のリサイタルの演奏曲も、実はすべて斎藤さんと身体のタイプが同じ作曲家による作品をプログラムされたそうですね。
斎藤
はい、そこが大きなポイントでもあります。ただ、誤解のないように付け加えておくと、同じタイプの作曲家や演奏家だけを集めれば良い音楽になるということでは決してありません。
たとえば、僕が参加していた「ザ・フルートカルテット」*は、メンバー4人が4人とも、すべて違うタイプだった。意見がぶつかることも多かったけれど、それぞれが妥協せずに音楽を作り上げていった結果、とても豊かで面白い演奏が出来上がったし、お客さんにも喜んでいただきました。海外のオーケストラなんかを聴いていても、実はそこまで神経質に合わせたり揃えたりはしていなくて、むしろだからこそ音楽に味わいが生まれているように感じますね。 人間社会と一緒で、いろんな人がいろんな音を出すから面白いんです。そこは、声を大にして言っておきたいところです。
*斎藤さんのほか、相澤政宏、神田寛明、柴田勲の各氏が参加していた。2019年より活動休止中
古(いにしえ)の作曲家たちのタイプもわかるなんて、興味深いですね。
斎藤
はるか遠くの世界の天才たちが、自分と同じタイプの身体の動きをしていたのかな、と思うと、ぐっと人間臭さや親近感を感じますよね。たとえばドビュッシーを演奏するのでも、以前とはまったく違ったアプローチで、自然と作曲家や作品に寄り添った表現ができるんじゃないかと思います。それがとても楽しみですし、皆さんにも楽しんでいただきたいです。
 
斎藤和志
 
また今回のプログラムには、斎藤さん自作のフルート・ソナタが入っています。どんなコンセプトの曲ですか?
斎藤
「今の時代の音楽」を意識した作品にしたいと思いました。多様性の時代と言われて久しいけれど、音楽のクロスオーバーは本当の意味ではまだまだ実現していない部分が多い。たとえばジャズの世界の面白い音楽ともっと融合できれば、さらに面白いものになっていくし、音楽の楽しさは、「他の人より上手に見事に演奏すること」にとどまらないはずで、そんな意味も込めて、即興を取り入れた作品にしたいな、という構想があります。
音楽のあり方、発信のしかたもここへ来てとても多様化しています。これからの時代を生きる演奏家は、選択肢とともに迷いも多くなるかもしれません。最後になりましたが、そんな今、フルートを勉強している若い人たちにメッセージを伝えるとしたら?
斎藤
コロナ禍をきっかけに、過去の経験則に従ったものさしは機能しなくなりつつあります。何のために演奏するのか、演奏しているあなた自身が楽しく歌っているのか――考えてみれば当たり前のことですが、その当たり前を忘れてしまったら音楽をする意味はありません。思考停止の漫然とした音楽! こうはなるまいという悪い見本を見つけて……いや(笑)、やりたいこと、まだやっていないことにどんどん挑戦していく精神をぜひ持ってください、とお伝えしたいと思います。それを実現する方法を一緒に考えていきましょう!

 

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