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THE FLUTE vol.190 Cover Story
楽譜は考えるもの─教師はそのヒントを生徒に与える役目がある
NHK交響楽団の首席奏者として、日本のフルート界を牽引している神田寛明氏。今年は神戸国際フルートコンクールの運営委員長として、第10回のコンクールを見事成功させたほか、アジア・フルート連盟東京常任理事、桐朋学園大学の教授を務めるなど、多方面で活躍している。その神田氏がこの春、ケーラーのエチュード「フルート演奏の上達 Op.33 第1巻」を発刊。エチュードを中心に話を訊いた。
取材協力:桐朋学園大学/写真:森泉匡
楽譜って面白い
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神田さんは今年の春にケーラーのエチュード「フルート演奏の上達 Op.33 第1巻」を監修して発刊されました。誰もが最初のころに学習するものですが、すでに多くの出版社から出ているこのエチュードを監修することになった経緯を教えてください。
神田
音楽之友社さんから、初版と思われる1880年に出版された楽譜を手に入れたから監修しませんか、と言われたのがきっかけです。僕としても初版の楽譜は見たかったですしね。
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ケーラーに限らずですが、楽譜は出版社によって音やアーティキュレーションなど違います。
神田
楽譜は音符以外の強弱記号や表情記号などが完全に書かれていないものがあります。ケーラーも初版ではfやpなどの強弱記号はほとんど書かれていません。これは当時の演奏慣習に則れば書く必要がありませんでした。1905年に出版されたカール・フィッシャー版にもスラーや強弱はそれほど多くは書かれていません。ところが、その前の1887年に出された第三者による補筆版は、強弱記号や表情記号の補筆や変更が多く行なわれています。これは、書いていないと困るだろうと当時の校訂者が加えたものです。でも第三者による補筆がない状態の楽譜に表現を加えることを教えるのは教師の仕事だと思っています。
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学生自身も考えないといけませんよね?
神田
もちろんです。特に音大生は卒業時にはなんとか自立してもらわないといけません。しかし4年間で膨大なレパートリーをすべてレッスンすることは到底無理で、モーツァルトやバッハの作品をレッスンしたら、同じスタイルの作品は自分でやらなければいけませんし、教師はそうできるようにサポートする必要があります。
ケーラーの話に戻しますが、1880年の初版と、1887年の補筆版は違う部分がものすごく多い。でも補筆版のように演奏することは、音楽的にはそれほど間違いではないんですよね。
ケーラーの話に戻しますが、1880年の初版と、1887年の補筆版は違う部分がものすごく多い。でも補筆版のように演奏することは、音楽的にはそれほど間違いではないんですよね。
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あえてすべてを書かなくても良いということですね。
神田
そうです。例えば補筆版の第1曲目の冒頭にはpと書かれていますが、初版本には何も書かれてない。また初版本の速度記号はAllegro Moderatoですが、補筆版はAllegro。校訂者はAllegroのほうがよいと思ったんでしょうね。でもdolceとも書いてあるので、テンポはあまり速くしないように、とケーラーは意図していたかもしれません。
ケーラーは15曲を様々な調性で書き、テンポ、拍子も使い分けている。ということは15曲で一つのストーリーとも考えられるのです。
こういうふうに考えてごらん、とヒントを与えるのは先生です。第1巻は音数もそれほど多くなく技術的には難しくはありませんが、この楽譜を見たときに何が見えるか? どのように考えるか? を教えないといけません。こうやって見ると楽譜って面白い、と学生たちに伝えたいですね。
ケーラーは15曲を様々な調性で書き、テンポ、拍子も使い分けている。ということは15曲で一つのストーリーとも考えられるのです。
こういうふうに考えてごらん、とヒントを与えるのは先生です。第1巻は音数もそれほど多くなく技術的には難しくはありませんが、この楽譜を見たときに何が見えるか? どのように考えるか? を教えないといけません。こうやって見ると楽譜って面白い、と学生たちに伝えたいですね。
次のページの項目
・書かれているものの意味を知る
・エチュードはあまりやらなかった
・エチュードの面白さを知った時期
・コロナ禍の音楽活動
・これからも変わらない音楽活動
Profile
神田寛明
Hiroaki Kanda
Hiroaki Kanda
Profile 1993年東京藝術大学卒業。1995年より1年間ウィーン国立音楽大学に留学。2007年東京藝術大学大学院修了。1991年第5回日本フルートコンベンションコンクールおよび第8回日本管打楽器コンクールにおいて第1位。1992年にはソウルにおいてA.ジョリヴェのフルート協奏曲を韓国初演。安宅賞受賞。赤星恵一、金昌国、細川順三、ヴォルフガング・シュルツ、ハンスゲオルグ・シュマイザーの各氏に師事。NHK交響楽団首席奏者。桐朋学園大学教授。大阪芸術大学客員教授。東京藝術大学講師。THE FLUTE QUARTETのメンバー。また神戸や北京ニコレなどの国際コンクール、日本音楽、日本管打楽器、三田ユネスコなどのコンクールにおいて審査員を務める。アジア・フルート連盟東京常任理事。日本フルート協会特任理事。
Information
ケーラー フルート演奏の上達 Op.33 第1巻
15の初級練習曲
神田寛明 監修/音楽之友社 刊
[価格]¥1,320(税込) [判型・頁数]菊倍判・24頁
[ISBNコード] 9784276606012