フルート記事 マルコ・ズパン×佐々静香  オンライン限定エピソード
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THE FLUTE 139号 Close-Up1

マルコ・ズパン×佐々静香 オンライン限定エピソード

ARTIST

ベートーヴェンの交響曲第1番から第9番までを順番に演奏するコンサート。その名もベートーヴェンチクルス。来日中であったベルリン交響楽団がわずか2日でベートーヴェンチクルスを披露しました。本誌に掲載できなかった宇都宮ツアーでのエピソードや、さまざまなお話しをお届けします。

スロベニアの音楽教育

――
スロべニアにおける子どもの音楽教育活動はどうでしょう?
マルコ
スロべニア国内には子どものための音楽学校がたくさんあります。特に管楽器の水準は高く、どんな小さな町にもブラスバンドがあり、地域ぐるみで活動しています。例えば僕のふるさとにあるブラスバントはアメリカやスペイン、ノルウェー、イタリア、ポーランド、クロアチアやオーストリアなど、海外遠征公演などもよくあり、そのためプロ奏者が顔を出してくれることも多かったのです。管楽器が比較的手頃に手に入る、ということも楽器の普及につながり、結果として水準が高くなったとも考えられます。また合唱のレベルも悪くなく、インターナショナルなコンクールでは、いつもトップレベルの成績を得ています。日本にも公演で訪れたことがあり、素晴らしかったと父が言っていました。
佐々
お父様は歌も歌われるのね!
マルコ
いえ、合唱団の医師として付いていっただけだよ(笑)。
――
フルートの人気はどのくらいですか?
マルコ
ナンバーワンです。特に私のふるさとはフルート教育の中心地と言っても過言ではなく、毎年大きなフルートフェスティバルが開催されています。これまでのゲストは、ジェームズ・ゴールウェイ、エマニュエル・パユ、ケルステン・マッコール、イレーナ・グラフェナウアーなど、世界のトップクラスのフルーティストが名を連ねています。今年で10年目となり、参加者は毎年1万人を超えます。スロべニアの総人口が200万人だから、どれほど大きなフェスティバルか分かると思います。そうそう、僕はザゴリアという町で生まれたのだけど、僕が所属していたブラスバンドに、カルロス・クライバーがシンバルを叩きにきてくれたんだ。
佐々
クライバーが、シンバルを?
マルコ
その時のことは最高の思い出です。彼は晩年を奥様の故郷であるこの町で過ごしました。僕の家のすぐ隣の山に自宅があって、地元にも顔を出してくれていました。
(インタビュー時の7月3日は偶然にもクライバーの誕生日でした)
佐々
子どもの頃のそのような体験は、いつまでも心に残るでしょうね! ところで音楽学校って、どんな仕組みでしたか?
マルコ
まず、どこの学校も志願者が多いので入学試験があって、それにパスした人が勉強できるシステムになっています。どんな小さな町にも音楽学校があり、すべての楽器のクラスに加えて例えば合唱のクラスなども併設されています。この音楽学校に14歳まで通った後は、音楽高校に通ってプロを目指す子ども以外にも、他のジャンルを勉強しながら、町のブラスバンドやアマチュアオーケストラに所属するなどの選択があります。
佐々
英才教育としての子どものための音楽学校などはあるのでしょうか? 例えばマルコはそのような学校に通ったとか?
マルコ
いえいえ、そういった感じの学校はスロべニアにはありません。もちろん音楽学校に行くときは入学試験があり、ある程度基準の能力に達してなければいけません。しかし、入学したからと言って何かをスパルタ的に教えるのではなく、教育プログラムとして合唱やオーケストラについてたくさんのコンサートの機会が与えられています。それを通して音楽の楽しさ、ステージに立つことの喜びを経験することができ、音楽をするということがどういうことなのか、小さいうちから自分なりに理解していくのです。

 

師匠グラフェナウアーからの言葉

マルコ
グラフェナウアーは私と同じスロベニア人なので、ザルツブルグでのグラフェナウアーのレッスンは他の弟子の前でもスロベニア語で行なわれました。私はこれまでに5人の先生に師事しましたが、彼女は唯一の女流フルーティストで、女性であるが故の雰囲気は、私にとって大いに新鮮で、たくさんのことを学ばせてもらいました。一番覚えている言葉は、『コンサートがうまくいったら打ち上げをしなければならない。そして、コンサートがうまくいかなかった時は、打ち上げは2回しなければならない』
佐々
粋な先生ですね。
マルコ
それによって落ち込む気持ちはその日で終わりして、すぐにまたスタートが切れるということは、結構大切なことだと教えてくれました。つまり解消する瞬間を持ちなさいということなのだと思います。……僕たちはたくさんのコンサートをこなしていかなければならない、その上で最も大切なのは、メンタル面だと仰っているように感じました。
アーティキュレーションについては多くの助言をもらいました。実に細かく教わり、アーティキュレーションの付け方一つで変わる表現の面白さを学びました。アーティキュレーションというのはお話の滑舌と同じであり、音色をどう変化できるのか、具体的にどういった技法があるのか、他にも技術的に教わったことは数多く、今の僕の基礎を作った一番大切な師匠と言えます。人としても音楽家としても心から尊敬しています。
――
現在はどんな日課練習をしていますか?
マルコ
モイーズの教則本を使っての練習がほとんどです。ソノリテ、日課練習、またはライヒェルトなどを使っています。ただそれらを1冊吹ききるのではなく、先程も話したようにリアルに検証しながら、それを通して今日の自分を知る、技術面と音楽表現の両サイドから見つめていく練習をしています。
――
教えているスピリト音楽院ではどんな日々を送っていますか?
マルコ
ある人の勧めで、フルート4本用にアレンジしたオーケストラスタディーの教則本を出版しました。この本によって、オーディションで吹かなければいけないフルートパートの背景がどのようになっているのか分かるので、よりリアルに勉強することができるのです。嬉しいことに、他の国でもこの本を採用してレッスンに使っていただいており、ニーズに合ったものであると感じています。先生同士のチームワークが円滑にいくところも素晴らしいと思っています。そこで学校主宰のフルートフェスティバルをスタートさせ、今年で2回目を迎えます。私たちのネットワークを利用し、フランスやイタリア、オーストリアなどで活躍するプレイヤーをお呼びし、合宿形式のマスタークラスフェスティバルを企画して、最後にはコンクールもあります。これをチャンスとして学生たちには大いに学んでもらいたいと願っています。

 

――
CDについてのお話を聴かせてください。
マルコ
私の最初のCDは、フルートとサクソフォン(Luka Loštrek)、ピアノ(Minka Popović)のトリオのCDです。共演者の2人は良き友だちであり素晴らしい音楽家です。収録曲はオリジナル曲のほかに、アレンジものを入れて、珍しい編成のトリオを興味深く紹介できるものに仕上がったと満足しています。中でもクーラウ、ウェーバーのフルートトリオのチェロパートはサクソフォンに十分任せることができ、違和感なく仕上がりました。来年このトリオで2枚目のアルバムを出すことが決まっており、スロべニアで活躍する5名の作曲家がそれぞれ私たちに曲を書いてくれることになっています。
佐々
そういえば、自分で音楽祭を主宰することになったと言っていたけれど、凄いパワーだなと、あなたのことを尊敬しましたよ。
マルコ
私の両親が所有する山に農場があるのですが、そこに使っていない大きな納屋があったので、ミュージアムと室内楽用の小さなホールに改装しました。離れには宿泊用のセミナー棟も作り、マスタークラスなどの合宿にも利用できるように整備しました。元は納屋ですから、木造の建物です。独特の雰囲気があって、音響も良いものに仕上がりました。この場所を大いに利用しようと、ミュージックフェスティバルを主宰し、スロべニア内外のアーティストを招聘してコンサートを行なう他、もう一つの柱としてコンテンポラリー音楽をテーマに、新曲の紹介や、画家とのコラボレーションなどを予定しています。
佐々
音楽祭というと今やどこも盛大になりすぎて、敷居が高くなったように感じますが、とても斬新で暖かいフェスティバルになりそうですね。大自然に囲まれて、純粋に音楽のみを楽しめるバックグラウンドも一緒になって盛り上げてくれそうですね。
マルコ
そう、世界中にはたくさんの音楽祭が溢れています。私が主宰するこのフェスティバルは、とてもオリジナルで、皆さんが心待ちにしてくださるようなものに育てていきたいと志しています。
――
ありがとうございました。
Marko Zupan│ マルコ・ズパン
スロベニア出身。リュブリャナ音楽学校卒業。オーレル・ニコレをはじめとする複数のマスタークラスに参加。パリでピエール=イヴ・アルトー、ザルツブルグでイレーナ・グラフェナウアーに師事。スロベニア国内外問わず、ヨーロッパ各地のコンクールで賞を受賞。現在はドイツのベルリンにてベルリン交響楽団首席奏者としての活動に加え、定期的にフランスのエビアンフェスティバルオーケストラ等に首席奏者として招かれている。これまでに数多くのソロリサイタル、室内楽の演奏会を行なうほか、クロアチアのスピリト音楽アカデミーにおいて助教授として教鞭を取っている。また、スヴィツァー出版よりフルート四重奏に編曲したオーケストラスタディの教則本を執筆。東欧のクラシック界には欠かせない存在として頭角を表し、今後、西欧と東欧の架け橋となる音楽家として大きな注目を集めている一人である。
Shizuka Sasa│ 佐々 静香
長崎県出身。くらしき作陽大学で特待生として在籍、卒業後、ドイツ国立ベルリン・ハンスアイスラー音楽大学にてジャック・ゾーン氏に師事。ディプロム取得後にドイツ国立フランツリスト音楽大学ソリスト研究科においてウルフ=ディーター・シャーフ氏に師事。在学中にゲッティンゲン交響楽団の研究生となった後、同楽団の副首席奏者として2年間在籍。
その後はベルリン放送交響楽団、イエナーフィルハーモニーなどで契約団員を務め、結婚を機にフリーランスに転向。現在はヨーロッパを中心にオーケストラの首席客演や室内楽の分野で活動を続けている。パリ在住。

 

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