サイトウ・キネン・オーケストラの奏者が語る「小澤さんとサイトウ・キネン・オーケストラ」
今年2月、世界最高峰の音楽賞であるグラミー賞に輝いた小澤征爾氏。サイトウ・キネン・オーケストラでの公演を収録したCDがオペラ録音部門で受賞となった。それを記念して、サイトウ・キネンのフルート奏者である岩佐和弘氏に、小澤氏と楽団の素顔について寄稿していただいた。
今年2月、世界最高峰の音楽賞であるグラミー賞を受賞した小澤征爾氏。オペラ録音部門にノミネートされていた、ラヴェル作曲の歌劇『こどもと魔法』を収録したCDアルバムでの受賞となりました。それを記念して、THE FLUTE本誌151号では、小澤氏率いるサイトウ・キネン・オーケストラのフルート奏者・岩佐和弘氏にご寄稿いただきました。世界の名手たちが集う楽団の舞台裏、小澤氏の音楽への向き合い方――などなど、本誌では知られざるストーリーが語られています。
ここでは、本誌に収まりきらなかったもうひとつのストーリーを紹介します。特にフルートセクションのメンバーたちと、その才能溢れるエピソードは、そこで活動する奏者しか知り得ない貴重なもの。どうぞたっぷりお楽しみください。
私が初めてサイトウ・キネン・オーケストラのツアーに参加した1991年の翌年、既に世界の頂点にいた小澤征爾さんですが、「世界に向けて、欧米にも負けない一流のクラッシック音楽を日本から発信していきたい」との強い思いから、サイトウ・キネン・フェスティバル松本を立ち上げて、昨年で24回目を迎えました。
毎夏、定番のレパートリーに加え、バッハの宗教曲や数々のオペラを経験してきました。それにより、オーケストラは新たな奏法や表現を身につけ、柔軟性を持ち、ソリスティックな面だけでなくより内面的表現へと幅を広げ円熟してきているように感じます。
ここ数年、一番フルートは欧米の名だたるオーケストラで吹いてきたジャック・ズーン氏が、オーケストラ・コンサートを吹いています。オペラは昨年のミュンヘン・コンクールの覇者で、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席に就任したセバスチャン・ジャコー氏が担当しています。
写真 左から、ジャック・ズーン氏/セバスチャン・ジャコー氏/リンジー・エリス氏
私がジャック・ズーン氏と初めて一緒に吹いたのは、スメタナの『わが祖国』。私はセカンドフルートでした。有名な『モルダウ』では、セカンドフルートから始まるパッセージを、「とにかく小さく」とズーン氏から要求されました。「最後には大河となる水の流れの始めは、木の葉から落ちる水滴だから」とイメージを語ってくれました。ズーン氏は信じがたいピアニシモからオーケストラのフルサウンドでもよく聞こえる音を持ち、大きな身体全体が音楽でできているのではないかと思うほど、豊な音楽性の持ち主です。いつも本番直前まで自作の木管頭部管の歌口を削っているので、削り過ぎたらどうするのかと聞いてみると、樹脂で埋めてまた削るのだそうです(笑)。
そんなズーン氏の愛弟子でもあるジャコー氏が初めてサイトウ・キネンに来たのは、彼が19歳の時でした。難しいヤナーチェクのオペラをいとも簡単に吹いていて、初めて聴いた時から、その後の活躍が分かってしまうほどの腕の持ち主でした。レパートリーによって木製と金製を使い分けていて、全く無駄のない奏法で、柔らかな音色と自然なフレージングが持ち味です。
受賞作CDに収録された公演は2013年に行なわれたものですが、公演初日には天皇・皇后両陛下もご臨席されていました。幕が上がると、小澤さんの気迫溢れる指揮ぶりに、歌手もオーケストラも熱演で応えていました。ラヴェルの音楽、幻想的な舞台、そして小澤さんの復活で会場は感動に包まれました。フルートはセバスチャン・ジャコー氏と私、ピッコロはリンジー・エリス氏が吹いています。
ラヴェルの色彩感豊かなオーケストレーションと、フランス語の発声が大変魅力的なこの作品。公演がライブ収録されたCDで、臨場感を味わっていただくのもいいかもしれません。
岩佐和弘
東京音楽大学、パリ・ベルリオーズ音楽院、パリ・エコール・ノルマル音楽院を卒業。植村泰一、レイモン・ギオー、工藤重典の諸氏に師事。パリUFAM国際コンクール入賞。これまでにサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団、パイヤール室内管弦楽団などの公演に出演。カスタム・ウインズ木管五重奏者団メンバー。テオバルト、マエストローラ音楽院各講師。