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岩下智子 CD「ゴーベールの世界」インタビュー
優美さに魅了されて……ゴーベールの軌跡を追って全曲収録!
4月26日にCDアルバム「ゴーベールの世界」をリリースした岩下智子さん。日本人では初となった、ゴーベールのフルートとピアノの全曲録音。2015年11月から3回にわたるリサイタルで全曲を演奏、並行して行なってきた録音が完成した。リリース直後の岩下さんを訪ね、お話を伺ってきた。
印象派のグラデーションを感じさせる音楽
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- ゴーベールの作品だけを集めたCDをリリースしようと思ったきっかけは?
- 岩下
- ゴーベールは、20世紀はじめに、作曲家、指揮者、フルート奏者、教育者として活躍したフランス音楽界の重鎮ですが、特にフルートをやっている人にとっては馴染みの作曲家ですね。私にとってはフルートを始めた時から大好きな作曲家で、高校・大学の頃はフランス音楽に夢中になり、フランスものばかりやっていた時期もありました。 もっとも芸大時代はドイツ音楽を中心に、吉田雅夫先生、金昌国先生、客員教授でいらしたハンス・ペーター・シュミッツ先生のもとで学び、その後ドイツに留学もしました。そんな環境の中でも、フランス音楽はずっと好きで、殊にゴーベール作品への情熱はずっと持ち続けていましたね。
その後、あらためてゴーベールのフルートとピアノのための作品は何曲あるのだろう、と思って調べたら16曲だとわかり、ぜひいつか全曲をやってみたいと思い続けていました。
それら16曲は、初期の作品から晩年の作品まで、実にぶれることなく優美で、洗練され、色彩豊かな作品ばかりでしたし、フランスならではのエスプリから、ドイツやロシアの影響も感じられ、いろいろなスタイルを取り入れていて、……ますますその素晴らしさに魅了され、ゴーベールの軌跡を追ってみたい、という思いを強くしました。
そして、今回のように全曲収録したのは、これまでにあらゆる音楽を演奏し、経験をしてきて、「今しかない!」と自分自身で悟ったからです。天からの声が聞こえたと申しましょうか…。(笑)
実際16曲を収録するためには1回の録音では無理なので、3回に分けました。1回毎に、コンサートをやっては録音、ということを3回繰り返し、それが今年1月にやっと終わったのです。
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- コンサートとレコーディングを交互に行なったのは、どんな意図だったのですか?
- 岩下
- やはり人さまに聴いていただいて、それから録音するというのが、演奏家として筋かな、と思いました。ゴーベールの場合は、よく知られている曲もあれば、コンサートでほとんど演奏されない曲もあり、私自身もライブでは聴いたことのない曲が何曲もありました。ですから、一度は演奏会ライブでお客様に聴いていただこう、という気持ちでしたね。3日間に渡って、全曲を聴いていただいたお客様も何人かいらして、感謝しています。
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- レコーディングのときに、苦労された点などはありますか?
- 岩下
- 今回のレパートリーは初期の作品から晩年の作品まであり、ゴーベールが学生のフルートの試験のために書いた曲もあれば、モイーズやエネバン、バレールなど、そんな素晴らしいフルーティストたちのために書いた曲が次々と出てきて……そのときそのときの時代背景や曲のキャラクターをどう出そうか、ということをすごく考えました。
若い頃は美しい曲をきれいに、そして、テクニックを派手に見せることばかりを考えながら演奏していましたが、いまこの年齢になって感じるのは、それだけでなく、その作品の分析、作曲された時代背景を考えながら、作曲家の意図を汲んで演奏するようになりました。
たとえば、ゴーベールが晩年に作曲した『ソナチネ』という曲は、“シューマンに捧げる”というサブタイトルがついています。「何を思って作曲したのだろう」と思いを馳せ、ゴーベール作品を深く調べていく中で、いろいろ考えさせられるところがありました。
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- 苦労でもあり、新たな発見が楽しくもあり……という感じでしょうか。
- 岩下
- 本当にそうです。
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- 自身もフルートの名手だったゴーベールですが、彼の曲はいわゆる難曲というイメージではないように思います。「さすがはヴィルトゥオーゾが作った曲!」と思わされるような部分はありましたか?
- 岩下
- それが、どの曲もすべて、本当に深~いのです!
調性においても複調の醍醐味があり、色彩豊かで、1曲の中で次々と調が変わっていく様子は、やはり同じ時代の印象派の絵のように、音にグラデーションをつけていった結果だと思います。
まるでモネの絵のみたいに、徐々に色が変わっていき、境界線がなくなるような印象を音楽の中で感じさせるのです。いつのまにか調が変わったと思ったらまた回帰する、その手法は洗練され、粋で、同時にそれをどうやって表現していくかというのが難しいと思わされるところでもありました。
今のところゴーベールの曲は、「ファンタジー」や「ノクターンとアレグロ・スケルツァンド」のほかがあまり演奏されないのが残念で、ぜひ皆さんにもっと演奏していただきたいな、と思っています。
このCDを作ったのにはゴーベールの作品を広く知っていただきたい、また資料に使っていただきたいという思いもあったのです。
言葉が音楽をつくる
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- ゴーベールというと、教則本「タファネル・ゴーベール」の印象が強いという側面もあると思います。豊かな表現力が必要とされるフランス音楽を演奏するためには、「タファネル・ゴーベール」を練習することもおすすめでしょうか?
- 岩下
- もちろん豊かな表現力のために必要な練習は「タファネル&ゴーベールの17の日課練習」だけでは充分ではないですが、この教則本は、テクニックだけでなく、音楽的なことも勉強できる素晴らしいエチュードです。ただ単に機械的に指(テクニック)を練習するのではなく、どういうふうに曲のように表現して練習するかということが大切です。
私自身、自分の生徒たちにはタファネル&ゴーベールの教則本を、必ず17全部練習するように指導しています。
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- フランス音楽への造詣が大変深い岩下さんですが、ドイツに留学され、勉強されたのですよね。フランス音楽とドイツ音楽を隔てる壁を感じられたことは?
- 岩下
- 留学当時はドイツ語を話し、ドイツの空気に触れ、ドイツの教会で音楽を聴き……という経験をしてきましたから、当然それは自分の中に深く根を下ろしています。そういう中で、ドイツの伝統と音楽をじっくり理解していきました。
一方でフランス音楽はもともと好きでしたから、フランス音楽も勉強したいな、という思いは強くありました。それで、ドイツにいる時に、フランスまでよく講習会を受けに行っていました。パリ音楽院教授のアラン・マリオン氏や、ミッシェル・デボスト氏の講習会に参加したりしました。デボスト氏の講習会では、まだパリ音楽院に入る前の当時17歳だったパユと知り合いました。
そんな感じで、留学時代はドイツ音楽とフランス音楽を並行して学んでいましたね。“壁”というものは感じませんでしたが、人と文化は全く違うのでチャンネルは切り替えていました。
それから、もっとも大事なのはその国の言葉というものが音楽に深く関わっているということです。フランス語を勉強すると、フランス音楽というものがより深く理解できるようになりましたし、ドイツ語ももちろんそうです。フランス音楽のリエゾンでつながるところは言葉そのままですし、ドイツ音楽は縦の線がキチッとしているところがやはりドイツ語の発音と同じです。そんなふうに、言葉から音楽をつくっていくところは大きいですね。
グローバル時代になって“壁”は低くなったと思いますが、言葉が違う以上、やはりフランス音楽とドイツ音楽に大きな違いがあるというのは、これからも変わらないでしょうね。もちろん、それがそれぞれの良さでもあります。
私は、ドイツ留学の後、イギリスにも数年滞在していましたので、英国の文化、風土、階級社会に接する経験をしました。またドイツ、フランスとは違った芸術がそこにはありました。そのことにつきましては、また機会がありましたら、あらためてお話したいと思います。
撮影協力:武蔵野音楽大学図書館
プロフィール
岩下智子
3歳よりピアノを、12歳よりフルートを始める。東京藝術大学、同大学院修士課程を修了。在学中に東京文化会館主催新人推薦音楽会、及び日本演奏連盟新人演奏会に出演。 1983年西日本新聞社賞受賞。1986年ドイツ学術交流会(DAAD)給費留学生としてドイツ、デトモルト音楽大学マスタークラス修了。ドイツ各地での演奏会に出演。1988年イタリアのトリエステ・デュイーノ国際コンクールにて第2位受賞(第1位はE.パユ)、イタリア国営放送に出演。 ザルツブルグ音楽祭、イギリスノリッジ音楽祭など海外でも活躍。また、NHK-FM「午後のリサイタル」「土曜リサイタル」にたびたび出演。ソリストとしてのみならず、室内楽奏者としても幅広く活躍し、全国で演奏活動をしている。フルートとハープによるCD「フランスの香り」(フォンテック)をリリース。ヘンデルの「11のフルート・ソナタ集」、プロコフィエフの「フルート・ソナタ ニ長調 作品94」、プーランクの「フルート・ソナタ」(いずれも全音楽譜出版社)を編集し出版する。アジア・フルート連盟理事。武蔵野音楽大学講師。
CD「ゴーベールの世界~ゴーベール作品全集~」
【OPFA-10037】opus 55
[価格]¥3,000(税別)
[演奏者]岩下智子(Fl)、金井玲子(Pf)
配信・Mastered for iTunes・ハイレゾ配信も同時発売