実話の映画化による、シネマセラピーの時代へ
あけましておめでとうございます。
今年こそ、コロナの災いが早々に治まりますよう、音楽活動を安心して行なえるよう、心から願っています。
私のコラムは昨年も、音楽雑誌らしからぬテーマが多く(?)、女性編集長と読者の皆様のご理解のもと、今年も突っ走るしかありません。
音楽と何の関係が?フルートやクラリネットと何の関係が?と思われるかもしれませんが、私なりの映画を通じた人生論、本年も、よろしくお願いします。
さまざまなジャンルの映画を観てきたが、昔のファンタジックなエンタテイメント志向中心の時代と異なり、身近な問題として考えるためのリアルな実話が時代とともに増えてきた。
私はそもそも、ジェームス・ブラウンのようなダンス好きの‘舞踏派’であり、ブルース・リー好きの“武闘派”でもある。
しかし彼らは同時に、政治的な存在でもあった。
並外れたエンタテイメントの才能で、人権運動や社会活動を果たしてきたことも大きな魅力だ。
黒人やアジア系エンタテイナーが、世界を変えたパワーは計り知れない。
彼らは尊敬されてきた大物だから、影響力は当然あるのだが、世界を変えるのはいまや、こうした大物エンタテイナーに限らない。
理不尽な怒りや疑問を白日の下にさらす“告発もの”のジャンルが現代的だ。
弱者が決して口にすることのできない真実を自ら話すことで、多くの弱者が救われるきっかけになる。
小説ではなく、実体験として語られるところが生々しく、意味がある。
映画「ある少年の告白」(2018・米)は、ラッセル・クロウとニコール・キッドマンというハリウッドばりばりの華やかなスター俳優ながら、宗教に熱心な中流階級の田舎の夫婦という地味な役どころ。
この夫婦が実際に存在するとはいえ、大スター二人がここまで一般の夫婦に似せようとした役作りには、驚かされる。
実話であることを強調したかったのだろう。
さて、この家族は一見、何の不自由もないような息子との3人家族。
しかし、夫婦は息子が“同性愛”と知り、宗教ルートから「同性愛を矯正する施設」に入れてしまう。
この施設の内容が、カルトチックな恐怖感を漂わせる。
軍隊的な手法で、大声を張り上げるカウンセラーが、少年たちを管理するやり方が、実に不気味だ。
そういえば、カルト宗教団体を描くホアキン・フェニックスとシーモア・ホフマンの「ザ・マスター」に比べると、役者の在り方が違うので、かなわないのは致し方ない。
余談だがせめて、ラッセル・クロウが演じるには、子供を理解しないお父さんではなく、おかしな方向に導く施設のカウンセラーのほうが面白みがあったのでは……?
いやキャスティングより、重要なのはこの映画が持つテーマだ。
「子供を理解しないお父さん」の存在に対する“罪と悪”は、映画の中でもさんざん描かれてきた。
実在の天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴッドを描いた映画「シャイン」(96,豪)でも、父親は、自分の教えた音楽以上の、あるいはそれ以外のところに飛び込む息子を最後の最後まで理解しない、受け入れない、愛せないのである。
大成功に至るところまで才能があっても、自分の価値観を押し付けるしか能のない父親が世界中にあふれていて、それゆえに子供の魂は一生救われない。
なぜかミュージシャンに、親子関係が破綻する物語は少なくない。
音楽をやろうとする子供に対して、正しい理解を持てない親は日本でも、少なくないだろう。
ラッセル・クロウ演じるのは、宗教的な良き父親であるはずのお父さんだが、自分の息子の性的嗜好を決して受け入れない。
異性愛こそがまっとうな理性を持つ男であると信じて、あやしげな施設に息子を預けることで、真実から目をそらせようとするのだが……
本作は、世の中の力にあらがわず、押し黙るしかない少年たちの中で戦うことをあきらめない主人公の正しい目線が、後半から力強く描かれる。
そして、実話のその後の話として伝えられるエンディングのテロップに、驚かされる。
世間と異なる生き方を選ぶことは、それほど怖いことなのか?
こうした性的矯正施設が、アメリカに存在するのも驚きだ。
この世界に斬りこんだ映画は、珍しく、自分と家族の関係を掘り下げるセラピー映画の1本と言えるだろう。
一方、映画「ジョーパターノ 落ちた名将」(2018、米)は、わがリスペクトアクター、アル・パチーノがフットサルの監督、ジョーパターノを演じる実話のドラマ化。
老いるまでフットサルに生涯を掛けた監督が、おぼろげな意識のなかで、罪にかかわる記憶を遡るさまが描かれる。
パチーノのなりきり演技が見事すぎて、よろけたり、ぼけたりしながら、ひとりサスペンスを盛り上げている感。映画的な力のポイントだ。
さて物語は、この監督のアシスタントコーチが、長期に渡って犯した罪を巡り、周囲が知っていたかどうか、隠蔽の可能性について探っていく。
監督助手のコーチは、小児性愛者で、しかも男色。何より、それを実行に移したレイプ魔、“チャイルドマレスター”である。
この事実を訴えた少年の告白から、物語は始まる。
ちなみに、“チャイルドマレスター”が、複数の犯罪行為をしている状況をセックス・リングという。一般的に知られる“ロリコン”や“ペドフィリア”(ペドファイル)は、未成年に性的幻想を抱く性的嗜好で、必ずしも実践的ではなく、“チャイルドマレスター”は、実行に移す人。つまり、犯罪者だ。
問われるのは、監督のジョーパターノが何十年と、そうした事実を知っていたのか? はたまた、学校の運動部長や校長などの責任者も、それを知っていたのか?
長年知っていたのに放置していたのか、が問題となる。
パターノ監督は、フットサルのことしか考えたことのない「おやじ頭」で人徳のある人物だが、事件の監督責任を問われたときに、はじめて過去を振り返る。それは、フットサルの試合以外の、自分にとって興味のない世界でしかない。
そういえば、当の助手コーチは、不遇な少年たちの慈善活動をしていた、
いくつかの不審な行動もあるにはあった、
ときには、忙しい自分の息子を彼に預けた時間も……
子供や男性を対象にした性的嗜好など理解できないおやじ頭を180度ひっくり返すように、記憶の断片を探ろうとするのだが……。
この実話も、被害を体験した男性が自ら告白したことで、長い年月に渡る犯罪行為にたどりつく。
権力のある人々による隠された性的犯罪は、男女を問わず、人種を問わず、告白するのにどれほど勇気を必要とするものか、想像を絶する。
性という秘められた行為だけに、証明するのは容易ではない。
本作の構成は、犯罪者と被害者の話にせず、その状況をめぐる関係者、周囲で見て見ぬふりをしてきたかもしれない大人たちの‘罪の意識’にフォーカスしたところが興味深い。
カトリック教会の神父による小児虐待を暴いた作品は、「スポットライト 世紀のスクープ」(2015/米)や「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」(2019・仏)など、昨今は隠されたスキャンダルとして報じられ、映画化された。
現実でも、教会側が、事実を認め、被害者たちへの謝罪を受け入れたのが救いだろう。
これらの罪深き神父たちにカウンセリングによる再起のチャンスを与えるべきとする意見もあるようだが、そうした救済は有効なのだろうか?
またフットサルの監督たちのように、仲間の悪事を知っていて見逃したとされる場合、その責任は一切ないと判断するべきなのだろうか?
詐欺や泥棒と違い、性犯罪は見える化が難しい。
肉体的な傷より、心の傷として、深く刻まれることを理解したい。
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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