逃れられない現実と向き合う覚悟
緊急事態宣言は続くよ、どこまでも――。
時短や休業要請で、生活も、経営も医療も逼迫中。本当に、みんな我慢強い。
いいのか、こんな政府のやり方で。
「そうしたことから、いずれにしましても」のフレーズを盛り込んだ、スカスカのガースー・スピーチを聞かされながら、緊急事態宣言は続くよ、どこまでも。
ワクチンをせっせと打ち、次々に増える変異株と戦う用意をしながら、扉を全開にして、世界から集う重要人物をお・も・て・な・し、しなければならない。
もしこれが、スポーツではなく、世界的な音楽の祭典ならどうしただろう?
アスリートではなく、世界の音楽家なら、あらゆるリスクを考えて自ら辞退するだろうか?
そもそも、コロナ禍を受けて、時の首相が1年の延期でなく2年の延期にするべきところ、自分の任期中にこだわり、何が何でもの1年になった。
結局、その任期もなしくずしになったが、代理の首相に変わっても、元首相の思いは続行中なのか。
まるで、レニ・リューヘンシュタール(女優、監督)に重ねたかのように、オリンピックの映像化を映画監督、川瀬直美氏に依頼していることも含め、ナチス政権化のベルリンオリンピックを思い起こさせるような……。欧米映画を観つづけてくると、ヒットラーの恐怖が、心に焼き付いてしまう。
ここまで強行した先に、何があるのか?
医療が逼迫したコロナ禍で、海外からの招待客を巻き込んでの大惨事を想像すると、コロナワクチン、2回めの副反応を恐れるどころではないかもしれないとつくづく心配になる。
アスリートを名目にした世界の要人たちの社交場で、いったい何が?
感染リスクをものともせず、誰かが意図して求める承認欲求がひしひしと伝わるのだ。
国民の生活とは?
文化の必要性は?
“そうしたこと”は考えずに、ただただ、称賛されるアスリートたちの才能や手柄を共有したい、それによって、美しい国、ニッポン=その国の首相であることを認められたい……という承認欲求ばかりが感じられて、どうも、むなしい。
そんな中、長引く緊急事態宣言の時短や休業要請では、背に腹は変えられないと不公平な要請基準に、映画界も立ち上がった。
劇場は動員を認めるのに、映画館がNGとは?
たぶん、彼らにとって映画とは、「鬼滅の刃」など、大ヒット大作のファミリー映画しか頭に浮かばないのだろう。
昨今のシネコンやミニシアターで上映される、しみじみした大人の作品を知らないのだろう。
いや、そこまでも考えていない、まるで無関心なだけなのかもしれない。
ここまで共感力の薄い政治家たちが、いま目の前にある多くの危機を乗り越えられるとは、まるで思えない。
当たり前の生活が来ることを思い描きながら、日々鍛錬に励むアスリート、アーチスト、音楽家が一人でも、心折れないことを願うばかり。
◇ ◇ ◇
さて、現在公開中の映画「ファーザー」(21年、英・仏)は、2021年のアカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス主演で、認知症を扱う傑作だ。
娘が認知症の父親を愛情持って扱うものの、たががはずれたような父親は、一筋縄ではいかない状態だ。
通常は、娘であるヒロインを主人公に描くが、本作は、父親である認知症患者を主体として、彼の目から見えている世界として描く。
まさに、認知症患者の頭の中に入っていくような展開だ。
認知症だからこそのサスペンス的演出にもなっている。
何より、スクリーンを自在に動くホプキンスの一人芝居。演技の深さは、美の極地。
介護中の友人が少なくない昨今、芸の魅力を堪能しながら、逃れられない現実と向き合う覚悟ができる、セラピー映画の傑作といえよう。
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
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第26回:ウィルスよりも怖いのは……
第27回:私たちを踏みつける、その足をどけて
第28回:実話の映画化による、シネマセラピーの時代へ
第29回:「ノーレスポンス芸」の舞台は、いつ終わるのか?
第30回:“わきまえる女”の時代は過ぎ去った
第31回:すべての女性音楽家に“RESPECT”を込めて…
第32回:修復だけがゴールではない