女王陛下の帝王学と英国王室にみる男女関係
あけまして、おめでとうございます。
今年も、映画や音楽の芸術文化全般がより発展しますよう、それにともない、芸術家たちが、活動の場を広げることができますよう期待しています。
昨年の映画を振り返ると、私の好きなスター歌手の伝記映画ジャンルで、「エルヴィス」、「ザ・ユナイテッド・ステイツ VS ビリー・ホリデイ」や、イスラエルとパレスチナの若者がクラシック楽団として集う「クレッシェンド 音楽の架け橋」など、音楽映画が力強く、面白かった。
またこのコラム、“音のまにまに”でもご紹介した、耳の聞こえない両親を持つ娘が歌手を目指す「コーダ あいのうた」や、オペラ歌手の先生に歌の才能を見出される貧しい少年が主人公の「母へ捧げる僕たちのアリア」など、音楽に未来をゆだねる主人公の物語が秀逸なものばかりだ。今年も、いい映画に出会いたい。
さて、昨今は、英国の皇室に差別されたと騒ぐサセックス公爵ヘンリー王子の妻、メーガン妃のドキュメント作品が話題のようだが、さすがにエピソード2本で、これは暴露話以前の、彼女のプロモーション映像のようで、見るに堪えない作品と思えたので鑑賞終了した。
それよりも、王室全体を描く「ザ・クラウン」シリーズのほうがよほど作品としては見る価値がある。2022年は、エリザベス女王陛下の崩御により、話題が広がり、現在シリーズ5まで完成し、1シリーズ10作(各1時間)のため、50時間に加えて、シリーズ6も準備中だ。
Netflixの長編シリーズものでは、ゼレンスキー(現大統領)主演、製作の「国民の僕」以来、私にとっては2作品目の長編シリーズ鑑賞だ。
女王映画で私のベスト1は、ケイト・ブランシェットのエリザベス1世を演じる「エリザベス」(1998,英・米)で、ストイック&マニッシュなブランシェットのクイーンは、超がつく個性もあり、最もあこがれのヒロインキャラだ。
まあ、女王陛下の立場じゃないと、男性と競わず、毅然とやっていくのは大変だ、というフェミニズム観点からも、うらやましく見てしまう。
さて、「ザ・クラウン」シリーズの始まりは、本来なら王を継ぐべき叔父がダンサーとの愛を貫き、王冠を弟に譲る背景から、その娘、若きエリザベスが、女王になるべく、“帝王学”を身につけていく過程が興味深く描かれる。女王が学ぶのは、憲法と法律だけ。
やがて父親が病気になり、女王への道は近づいていく(この辺で私は、リリベットになりきり状態である!)*リリベットは、エリザベスの愛称。
本作は、ゴールデングローブ賞の作品賞、女優賞などを獲得するなど、1作目から、クオリティの高さが評価された。
英国の大自然の撮影も美しく、若き女王エリザベスが、チャーチル首相(ハリウッドの名優、ジョン・リスゴー)との互いのリスペクト関係で成長していく過程が好きだ。
女王は、若くても、女子でも、決して追従的なかわいこちゃんでなく、性的対象でもなく、見下げられることはないから、男性に媚びる必要はない。
もちろん、女王陛下は跡継ぎと引き換えの多大な責任を背負う姿勢があるからこそだが。
もっとも影響を受けたチャーチル首相以降、歴代のさまざまな首相がエリザベスに謁見するシーンがあり、政治との微妙な関係性が興味深く描かれる。
とりわけサッチャー首相とのからみは、見もののひとつ。サッチャーが首相になったとき、「私の家庭では、夫が仕事の邪魔をすることはありません」と言いのけるスピーチがいい。
エリザベス女王陛下の場合は、フィリップ殿下の女性問題が多く、貴族で男の沽券もあるため、気遣いやコントロールしていくエネルギーが必要だったようで……。
立場が逆転しても、この種の問題は、なくならないのだろうか。
女王が、夫の度重なる浮気やスキャンダルに対応していくさまは、環境違えど、国が違えど、男というものは……の俗物的な現実問題として、つきつけられるようだ。
息子チャールズもしかり、妹の夫もしかりである。
一方、本作品のエリザベス女王は、ストイックで謙虚で、慈悲深く、勉強熱心だが、家族に対し、ルール違反となる結婚相手の場合は、残酷な決断を迫る。皇室のルールにきわめて忠実だからこそ、NOをつきつけるしかないのだが、そこからさまざまな問題が引き起こる。ロミオとジュリエット関係が、あちこちで勃発しても、王室を守るために、感情を切り捨てることから、傷は深まっていく。
フィリップ殿下、チャールズ皇太子(当時)たちの恋愛体質(不倫体質?)が、これでもかと描かれる詳細は誇張や想像を差しひいても、一定の真実性を感じさせる。
このシリーズは、王室内のスキャンダル描写に賛否があり、あの英国女優、ジュディ・ディンチが、本作は「フィクション」と記述せよ、とクレームをつけるほど、リスキーな内容ではある。制作側は、シリーズ5の予告編でついに、これは「フィクション」です、とうたった。ちなみに、残念なのは、そういうジュディ・ディンチ本人が出演しているわけではないことだ。
このシリーズは、歴史を追うため、世代が変わり、配役が変わるため、エリザベス女王役だけで、5シリーズ中3人。 主役はまだしも、ほかのキャストもすべて変わるために、誰だったのか、わかりにくくなってくるのがやや難点。ハリウッドの名優、ヘレナ・ボナム・カーターが、一番派手なマーガレット王妃役で楽しませてくれるが、全体的なキャストは、ちょっと地味めといえる。
この王室物語は、ジャーナリストや伝記作家、歴史学者らが記録した内容をドラマ化しているが、スキャンダルだけをおもしろおかしく描くのではなく、むしろ当時の歴史や政治もからめているところは、評価できる。
しかし、全体的にはソープオペラ風で大衆映画のテイストは濃い。
さて、世間が一番興味を持つのはやはり、ダイアナ王妃のエピソードだろう。
シリーズ4から、いよいよダイアナが登場する。
カミラとの三角関係も詳細が描かれ、ダイアナ妃のそっくりさん女優(2人)が起用されている。出会いから、関係悪化の時期まで、実に赤裸々な描写である。
世界中から愛された悲劇の王妃、ダイアナについては、私の友人知人である英国人の女性キャリアウーマンたちによると、意外に人気がなく、その理由として、本作では、メディアで暴かれた王室内スキャンダルに対するダイアナの関与問題の疑惑、あるいは莫大な慰謝料を求めすぎたことなどについて、疑問を投げかけている。
ナオミ・ワッツの「ダイアナ」(2013,英)で描かれた、チャールズとの離婚後、ダイアナ妃は、パキスタン人の外科医やエジプト人との恋から事故死に至るまでの話が、このあといかに語られるのだろうか?
シリーズ6を楽しみに待っているところだ。
それにしても、ダイアナ妃は、夫チャールズ皇太子(当時)や王室に対し、我慢に我慢を重ねた結果の恨みがあり、爆発したが、そんな母親に強く共感、同情していたハリー王子の気持ちが、メーガン妃に重ねられたのだろうか?
女王の妹、マーガレット妃は男性経験の苦しみから、ダイアナ妃を理解し、良好な関係だったが、ダイアナ妃がBBCインタビューで王室批判をしたことから、信頼の仲は決裂したようだ。
何があろうとも、王室を守ることにすべてをささげ、犠牲にしてきた家族の思いは、複雑だろう。
ファスト映画志向の若者は、こんなロングシリーズには興味を示さないかもしれないが、王室に限らず、男女関係の面倒な問題は、どこにでもあり、普遍的なテーマであることが、よくわかる。
きれいごとだけではないスキャンダルを描くことに意味があるのは、そこだろう。
シリーズは、あの大ヒット作「ボヘミアン・ラプソディ」(2018,米英)の原案、エリザベス映画「クイーン」(2006,英)では、脚本を書いたピーター・モーガンが、脚本、製作を担当している。
MOVIE Information
「ザ・クラウン」(2016,米・英)
[出演]イメルダ・スタウントン、ジョナサン・プライス、レスリー・マンヴィル
[原作・制作]ピーター・モーガン
※Netflixで配信中
「エリザベス」(1998,米・英)
[監督]シェカール・カプール
[出演]ケイト・ブランシェット、ジョセフ・ファインズ、ジェフリー・ラッシュ
[原題]Elizabeth
「ダイアナ」(2013,英)
[監督]オリヴァー・ヒルシュビーゲル
[出演]ナオミ・ワッツ、ナヴィーン・アンドリュース
[原題]Diana
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
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