心が傷つき、抑圧されたヒューマン・モンスターは若者たちに共感を生むのか?
夏は、ホラーの季節と言われるが、楽しいのは、若いうちだけなのだろうか?
ホラーキャラクターのセンスも時代とともに変わり、昨今は、よりえぐいレベルにエスカレートしている気がする。
よりモンスター寄りの心理描写に力が入っているのは、傷ついた人が、よりモンスター化してきていることに影響しているのだろうか?
笑えるアイディア炸裂の低予算ホラー時代の昔から、昨今は笑えない恐怖で、より残酷なサイコキラーが次々登場し、若者受けしているようだ。
若い映画人の登竜門「A24」スタジオの勢いが増している今日この頃、ヒット作「ミッドサマー」(2019年、米)は、監督の力量はあるものの、作り手の視点については、疑問が残る。
つまり、どんなにおどろおどろしい恐怖の世界を扱っても、正義の視点で描く姿勢がはっきりしていれば問題ないのだが、そこが弱く、えぐい演出が強調されてしまう。
カルト教団の信者らしい老人が崖から飛び降りるも、死に損なったため、周囲の若者たちが、追い打ちをかけるように老人の頭を石で打ちまくるシーンが、特に、重い。
この老人役が、若いころは世界一美しいヴィスコンティ俳優、ビヨン・アンドレセンだけに、なんとも、作り手のサディスティックな悪趣味を見せつけられた思いがした。
過去のスターを役柄とはいえ、存在を壊すほどズタズタにしてしまうやり方で、ホラーの遊び心は感じられず、嫌な思いしか残らない。
心ある映画人なら、決してできないであろう発想だ。
ただ、これほどのエグい表現をしたのは、映画に描かれた恐るべきカルト宗教の団体のえぐさを伝えたかったのか?
そうだとしたら、賞賛すべき部分もあるのだが、作り手の正義の視点があいまいなため、残酷趣味に見えてしまったのは残念だ。
一方、映画「ジョーカー」(2019年、米)は、その点、底辺の環境に生きる人間が、汚れた社会の中で狂っていく姿が、共感性をもって描かれ、視点も明確な社会派ホラーといえる。
ちなみに、わが敬愛する狂気のベストアクター、ホアキン・フェニックスが、「ミッドサマー」の監督、アリ・アスターの次回作に主演するという。
ホアキンは、アスター監督の残酷趣味さえ吹き飛ばす強烈な芸の力と存在感を示すに違いない。だから、嫌いな作品もあなどれない。
低予算ホラーは、常に若者の間で受け入れられてきたジャンルだが、“お金を使わずに、面白いことを考えついて、世の中に認知させる”というビジネスマーケットとしても重要な位置にある。
さて、A24製作の新作ホラー「パール」(2023,7月公開)は、スターになりたい田舎の少女が凶暴に変貌していくヒロイン物語。
オープニングでは、彼女がしれっと動物を殺すシーンもあり、ぞくっとする。
母親に支配され、父親の介護をさせられて、自分を酷使するだけの人生の中で抑圧されたヒロインは、いかに変貌を遂げていくのか?
シリアルキラー役の女優、ミア・ゴスがなんとも不気味で、マニアックなキャラクターだ。
存在がリアルで、怖すぎて、笑えない。
歌って踊るシーンは、下手すぎて、見せ場にならない。
ただ、自分はスターになれると思い込んでいる病的なヒロインだから、芸がある必要はないのだろう。
ドヘタな歌でも笑えず、恐怖を感じさせるから。
毒親やヤングケアラーの社会背景を抱えて、誕生したヒロインが、頭のネジを狂わせて、なりふりかまわず行動していく姿が、どこまでも恐ろしく不気味に描かれていく。
大人たちのエゴにより、傷つけられ、抑圧されたヒューマン・モンスターはいまどきの若者たちに共感を生むのだろうか?
映画は、“誇張”だが、社会を写す鏡である。
ただ、過剰表現になると、社会派から遠ざかり、低俗なエンタメとなることがある。
境界線は、いつも微妙だ。
40年前の「エクソシスト」(1973、米)は、当時、頭が180度回転したヒロインの演出が過度であったとしても、アメリカでは宗教家と精神科医のそれぞれの視点から、かんかんがくがくの論議が行なわれた。
エクソシスト(悪魔祓い師)は、人間のなかに忍び込んだ悪魔を追い払うことができるのか?
本当に、人間の魂に悪魔が入り込りこむことはあるのか、はたまた、精神的病による狂気の沙汰だったのか?
心の問題を扱う映画の力は大きい。
MOVIE Information
『Pearl パール』7月7日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
[監督]タイ・ウェスト
[脚本]タイ・ウェスト、ミア・ゴス
[出演]ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
[配給]ハピネットファントム・スタジオ
[原題]PEARL/102分/アメリカ/字幕翻訳:丸山 垂穂
© 2022 ORIGIN PICTURE SHOW LLC. All Rights Reserved.
[公式HP]happinet-phantom.com/pearl/
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
N A H O K Information
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
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