歴史と文化と音楽と –〝ケルトの笛〟がいざなうアイリッシュ音楽の世界–
THE FLUTE168号特集では、アイリッシュ、ケルト音楽を歴史や文化も含めて紹介。アイリッシュ・フルートやティン・ホイッスルなどの“笛”が大きな役割を果たすこのジャンルの音楽です。
THE FLUTE168号特集では、アイリッシュ、ケルト音楽を歴史や文化も含めて紹介。アイリッシュ・フルートやティン・ホイッスルなどの“笛”が大きな役割を果たすこのジャンルの音楽を、日本でリードするプロ奏者たちがナビゲートしてくれます。(以下、THE FLUTE168号記事より抜粋)
歴史と文化と音楽と
–〝ケルトの笛〞がいざなうアイリッシュ音楽の世界–
1. 歴史と文化と音楽と~ケルトを知りたくて~
Navigater:畑山智明
Navigater:畑山智明
「ケルト」というと何を思い浮かべますか? エンヤ、アイルランド、指輪物語などでしょうか。
ケルト人は、かつて古代のヨーロッパに存在したケルト語を話す集団で、ローマ帝国時代は北方に広く分布しており、ローマ人にとっては疎ましい蛮族とされました。ローマ帝国が拡大するにともない、ケルト人たちは西に追い詰められました。ついに西の果てアイルランドまでたどりついた人々の末裔が、今のアイルランド人です。ケルト人は他にも、イギリスのスコットランドやウェールズ、コーンウォール、マン島、フランスのブルターニュ、スペインのガリシアなどに定住しました。戦争と民族移動の歴史の中で様々な民族と混血を繰り返し、現代は純粋なケルト人は存在しません。
しかし、これらの地域にはケルト語に由来する言語と文化が残りました。ケルト人の存在は長い歴史の中で忘れ去られていましたが、20世紀に遺跡や文献の調査によって、その存在が明らかになりました。これらケルトの地域は長く大国に苦しめられていたため、19世紀の民族主義運動の中で民族文化を取り戻す動きが盛んになり、衰退していた音楽やダンスが息を吹き返し始めました。その騎手となったのがアイルランドです。
アイルランドは1937年に独立するまで、数百年にわたりイギリスに支配されていました。その間アイルランド人の言葉、音楽や踊りは禁止され、イギリスと同化を求められました。しかし19世紀に独立運動の機運が高まると、民族団結の拠り所としてケルト語のひとつであるゲール語が見直され、ダンスや音楽などの民族文化が体系化されました。
もうひとつの音楽復興の流れはアメリカから起こります。19世紀中頃に、アイルランド人が主食とするジャガイモの疫病が発生し、大量の餓死者を出しました。飢えを逃れて、アメリカを筆頭に外国へ移民したアイルランド人は200万人と推計されます。大ヒットした1997年の映画「タイタニック」は、そんな移民船が舞台となりました。移民の中には多くの楽器の名手がいました。アイルランド系移民は新大陸で音楽やダンスを伝承し続け、多くのSP盤レコードを遺しました。彼らが本国アイルランドの音楽に与えた影響は計り知れません。
こうして苦難を乗り越えたアイルランド音楽が、本格的に世界に進出するのは1960年代に入ってからです。
すこしさかのぼり1940年代頃、アメリカでは流行歌手が伝統歌を素材に歌うフォーク・リヴァイバル運動がおこりました。60年代になると伝統歌はロックと融合し、フォーク・ロックとして世界中で一世を風靡しました。日本で有名な歌手としてはボブ・ディラン、グループではサイモン&ガーファンクルがあります。こうした流行を受けて、伝統文化が豊かなアイルランドでは、若者がこれまで時代遅れとされた伝統音楽の豊かな世界に気づき、田舎を目指したのです。
1990年代になると、ヒーリング・ミュージックやニューエイジ・ミュージックが流行し始め、古代文明や精神世界を彷彿とさせるケルト音楽が脚光を浴びました。エンヤはこうした文脈でヒットし、ダンス・ショウ「リヴァーダンス」、映画「タイタニック」の大成功が世界的なケルト・ブームを後押ししました。流行の下地である伝統音楽はさらに成熟し、チーフタンズやアルタンといったバンドの活躍によって伝統音楽が世界中に紹介されました。パブのセッションやアイリッシュ・ダンスは今や、世界中で楽しまれています。
アイルランドの成功は他のケルト地域を活気づけ、これまでにないほどに伝統音楽が力を取り戻しています。
2. 楽器紹介〝ケルトの笛〞たち
アイルランド音楽では多種多様な楽器が使われますが、その中で最も古い楽器はハープとバグパイプです。ハープは吟遊詩人の楽器として、物語を歌い伝えるために奏でられました。バグパイプはダンスの伴奏をしたり、戦場で兵士の士気を高めるために利用されました。
ケルト地域にはそれぞれユニークなバグパイプがあります。中でも最も有名なのは、スコットランドのグレート・ハイランド・パイプスでしょう。タータン・チェックのキルトを穿いて大勢で演奏しながらパレードをする姿は誰もが簡単に思い浮かべられると思います。
グレート・ハイランド・パイプス
他にもアイルランドのイリアン・パイプス、ガリシアのガイタ、ブルターニュのビニウ・コーズなどがあります。
それでは、アイルランドで重要な2つの管楽器を見てみましょう。
まずは、映画「タイタニック」のテーマ曲『My heart will go on』で印象的な音色を奏でた笛、ティン・ホイッスルです。ティン・ホイッスルは6つの指孔が空いた30cmほどの小さな縦笛で、金属でできています。今やアイルランドを代表する楽器ですが、その発祥は意外にもイギリスです。19世紀中頃にロバート・クラークがブリキを丸めて笛を作ったのが始まりで、初めて工業製品として量産された笛でもありました。安くて手軽で、すぐに音が鳴らせて、たくさんの曲が演奏できるティン・ホイッスルは、またたく間に庶民に広まりました。リコーダーのように半音階を演奏するのは苦手ですが、素朴な伝統音楽を演奏するのには十分だったのです。
そして、ティン・ホイッスルと同じ運指で演奏ができ、より深い表現と機能性を備えた楽器が、木の横笛アイリッシュ・フルートです。「アイリッシュ」と冠していますが、アイルランドの民族楽器ではなく、むしろ古楽器といったほうがよいかもしれません。それは、19世紀初期のデザインに基づいて、現代の職人が作っているからです。
ティン・ホイッスルとアイリッシュ・フルート
当時、ヨーロッパの主要なフルート生産地はドイツとイギリスでした。イギリスのフルートは指孔が大きく、6つの指孔と8個のキーを備えていました。その運指は現代のフルートとは異なり、指孔を薬指から順番に開けてゆくとニ長調の音階となります。モダン・フルートが手に入る現代でも、いまだに古いデザインのフルートが演奏されている理由はいくつかありますが、ひとつは伝統音楽の曲にはニ長調やト長調が多く、古い運指のほうが容易であること、そしてもうひとつは指孔を直接おさえるため、バグパイプの装飾音がそのまま応用できることです。
アイリッシュ・フルートのさらに詳しい解説は次号に改めますので、どうぞお楽しみに。この他にも、ケルト圏にはたくさんのユニークな管楽器があります。それらについては、ホームページ「ケルトの笛屋さん」をご覧ください。
THE FLUTE本誌168号では、このほか畑山さん自身がティン・ホイッスルを手に取り、プロ奏者への道を歩み始めるまでのエピソードなども紹介しています。ぜひお読みください。
プロフィール
畑山智明
畑山さん(“ケルトの笛”奏者hataoさん)のHP
「ケルトの笛屋さん」https://celtnofue.com/