第5回 | 映画『エンリコⅣ世』より「オブリヴィオン(忘却)」
なぜこんなにもフィギュアスケートに魅せられるのか。メンバー全員がフィギュアスケートファンだという、2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne】の皆さんにスケートのプログラムに使用されている楽曲の解説や、スケーターやプログラムに対する思い出、演奏のポイントなどを交えながら、名曲を演奏家の目線で紹介していただきます。今回はピアソラ作曲「オブリヴィオン(忘却)」を取り上げます。
皆さま、こんにちは!2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne(ココロネ)】です。今回はピアソラ作曲「オブリヴィオン(忘却)」を取り上げます。
*THE FLUTE本誌174号では、特集「フルートで奏でる フィギュアスケートの世界」の中で、kokoro-Neによるフィギュア音楽のレッスンを掲載しています。『オブリヴィオン』の詳細な譜例入り解説も入っていますので、そちらもぜひ合わせてご覧ください。
映画『エンリコⅣ世』より「オブリヴィオン(忘却)」
1984年公開のイタリア映画『エンリコ4世』のために書かれた。馬から落ちて頭を打ち、その時から自分を本物の王だと思い込んでいる男が巻き起こす悲喜劇。映画が不発に終わったために話題にならなかったが、後にこの美しいメロディにフランス語を付けて歌う歌手が現れ、歌曲として再び世に出ると大ヒットした。現在も様々な楽器で演奏され、ピアソラの代表曲として多くの人に親しまれている。
代表的なプログラム:アデリナ・ソトニコワ 2013-14 EX、ボブロワ&ソロビエフ 2017-18 FD、パパダキス&シゼロン 2018-19 RD
タンゴの奇才とフィギュアスケート
オブリヴィオン×kokoro-Ne座談会
のぞみ(以下:の)「オブリヴィオンはピアソラの中でも、しっとり聴かせる系の代表曲になってるね。フィギュアで使った選手で印象に残ってる演技は?」
なつき(以下:な)「私はソチオリンピックで金メダルを獲ったソトニコワのエキシビジョンが素敵だった〜。この曲って、なんかこうジワジワくるよね」
まゆ(以下:ま)「シンプルなメロディだけど、切なくも熱くもなるね。Liveバージョンは後半でアップテンポやソロ回しパート入れたり、アレンジも伸び代がある曲かな」
な:「まゆアレンジのピアノ伴奏は、ずっと粛々と音が進むけど、その中でもタンゴの3・3・2のリズムはさりげなく醸し出されていて、その妖しさが弾いていて好きなのよね」
ま:「ピアソラ本人が弾いているバンドネオンの演奏も妖しさ、熱さ、切なさ、なんか人生が出てると思った。フルートでも軽くならず、説得力のある演奏に聴こえるようにアレンジは気をつけたかな」
の:「後半のフェイクはフルートのテクニックを使いつつ、聴かせどころも満載なところが吹いてても楽しいんだわ」
ま:「いつも気持ちよさそうに吹いてるよね〜」
の:「ふふふ。あーゆーの、大好物っす」
kokoro-Neメンバー×フィギュアスケート
門井のぞみ
【担当】フルート、ピッコロ
【好きなスケーター】高橋大輔、ネイサン・チェン
【アイスダンスの好きなところは?】これまで、アイスダンスのルールとかよく分からなかったので漠然と観ていただけなのですが、今回の真由の解説読んだらすっごいよく分かりました!早く大ちゃんのアイスダンスが観たい!
大和田真由
【担当】フルート、アルトフルート、作編曲
【好きなスケーター】ジェイソン・ブラウン、パパダキス&シゼロン
【アイスダンスの好きなところは?】音楽と合っている事が最低条件なところ。
田仲なつき
【担当】ピアノ
【好きなスケーター】浅田真央、高橋大輔
【アイスダンスの好きなところは?】男女で踊るといのもありますが、ストーリー性が強い所が引き込まれます。
アイスダンスについて
これまでの4回は、シングルの選手のプログラムを取り上げてきましたが、今回はついにアイスダンス!髙橋大輔選手と村元哉中選手のカップル結成や、先日のユース五輪のフィギュアスケート混合団体でアイスダンスに出場し、金メダル獲得に貢献した吉田唄菜選手と西山真瑚選手の活躍で日本での注目度もより上がりそうです。これまで競技のテレビ中継もあまりなかったので、ごくごく簡単にご説明します。
アイスダンスは、男女一組で音楽に合わせて氷上を踊るように滑走し技術や芸術性を競う種目です。「氷上の社交ダンス」と表現されますが、近年は難易度の高いリフトなども必要になってきて、だいぶアクロバティックになってきていると思います。
シングルやペアと違う点は、以下のような禁止事項があることです。
・1回転半以上のジャンプ、または二人同時に一回転のジャンプをする(ペアのようにパートナーを投げるスロージャンプもNG)
・男性が女性を自分の頭より上にあげるリフト(女性が男性を持ち上げるのはアリらしいです。笑)
・男性と女性が両手の間隔以上離れる
他の3種目以上にエッジ(正確さ、深さ)、ターンなどのスケーティング技術や、「音楽に合わせて」が問われる種目です。
ということで、現在アイスダンスで別格と言えるパパダキス&シゼロン組(フランス)と、平昌五輪での感動的な演技が記憶に新しいボブロワ&ソロビエフ組(ロシア)のプログラムにスポットをあてたいと思います。
「Oblivion」をkokoro-Ne的に解説
【パパシゼ2018-19 RD(リズムダンス)】
リズムダンス:シーズン毎に決められたリズム、テンポ、必須要素、ステップ・パターンに合わせて選曲した音楽でプログラムが構成されます。演技時間は2分50秒±10秒。
2018-19シーズンは課題が「タンゴ」。(タンゴがメイン、違うリズムをもう1つだけ入れてもOKでした)
必要な要素は
・ショートリフト(7秒)
・ツイズル(片足で1回転またはそれ以上、素早く回転するターンを男女揃えて行う)
・パターン・ダンス・エレメンツ セクション1
・パターン・ダンス・エレメンツ セクション2
・ステップ・シークェンス
パターン・ダンス・エレメンツというのは、こんな感じで男性・女性それぞれ足の順番、片足に乗る拍数が書かれています。この年は「タンゴ・ロマンチカ」というパターンでした。50秒くらいでリンクを1周する間にこれだけの決め事をこなすので、すごい縛りのように思えますが、アイスダンス は二人で組んで滑ること自体が難しいので、最初はこういった基礎をやるそうです。フルートで言うと、ソノリテとかタファネルゴーベールみたいなものですね。よって、カップルの実力差が顕著に出る要素でもあります。
冒頭はゆったりとしたAメロ。その間に3つツイズルが入るのですが、フレーズの始めのロングトーンでクルクルと回転。メロディが動いてフレーズが収まるタイミングで移動やポジションチェンジ。ターンは基本的に減速してしまうそうですが、連続してもスピードも落とさず綺麗に揃ったツイズルは見応えたっぷりです。
そこからグングンスピードを上げてサビ前の一番盛り上がる「♪ドファソラ〜」でカーブリフト(男性が女性を持ち上げてカーブを描いて滑る)に入ります。スケートじゃなくても、中腰→お尻を床に付けないでしゃがむ、なんて普通の人は膝とか太腿プルプルしちゃいますよね。カーブでエッジが傾いた中、横抱っこで体勢を変えていく。レベルを上げるために、お互いに難しい姿勢や姿勢変更などの要素を加えてきっと大変なことになってるんですけど、観ている側にはひたすら優雅な7秒です。横抱っこを息子(27kg)で試しましたけど、持ち上げた瞬間に「怪我する!(笑)」と思ってやめました。体勢変えるとかとんでもないです(笑)。アイスダンスに限らず、ペア種目の男性は大変ですね!
よく落ちたり転んだりせずにいられるなぁ。
この流れでサビに入ってテンポチェンジしてパターン・ダンス・エレメンツに入り、先ほどの図形が氷上で描かれていきます。セクション1、2に分かれていて、それぞれに「キーポイント(kp)」が4箇所あります。
ジャッジが「ここできてるか見ます」というポイントで、「男性の○番〜○番」などと決められていています。エッジやホールド、乗ってる足の拍数が正確さなどが、出来てれば「Y(Yes)」ちょっとでもダメだと「N(No)」。「Y」の数でこのセクションのレベル1〜4まで判定されますが、かなり厳しくジャッジされます。また、音楽からズレていると「T(タイミング)」で「N」同様レベルが上がらなくなります。
これだけ近くでホールドした状態で、決まり事だらけの中、よく足絡まらないなぁ。というのはどのペアにも思いますが、パパシゼ組は2人ともエッジも深いし、1歩1歩がすごく伸びて、上位の他のペアでさえ遅く見えてしまうくらいです。特にシゼロンのスケーティングが素晴らしくて、2人の左右入れ替えや、進む方向が変わる時、パパダキスの邪魔にならないように回り込むのが淀みなく滑らかです。
で、これらがすべてオブリヴィオンの♪♪♪♪♩にピタっと合ってるのです。私がアイスダンスを観始めた時に「みんな細かい手足の動きまで音楽に合ってて観てて楽しいなぁ」と思ったのがこれでした。シングルやペアだと「音楽とよく合っていて」が評価されますが、ダンスだとそれが最低ラインなんですね。ジャンプなどの大技がない代わりに、助走のように「演技をしていない時間がない」とも言われています。ダンスのそういったところに終始萌えっ放しです。
曲が「ブエノスアイレスの春」(みんな好きだなぁ。笑)に変わってステップに入ります。パパダキスのキレッキレなタンゴも素敵です。RDは決められた要素の中でよくこれだけの世界観を作れるなぁ、と思います。
これまでどちらかと言うと音楽を表現するプログラムが得意なカップルでしたが、今シーズンはRD、FDともにストーリーを表現するようなプログラムでパパシゼの新たな一面が披露されています。
RDは衣装が攻め過ぎでビックリしましたが、この見た目だけで技術や内容は進化しているし、FDは真逆でルールギリギリなくらいビート感のない曲でダンスをしていて、これまた圧巻のプログラムです。1月の欧州選手権2位は意外な結果でしたが、世界選手権でまた会心の演技を見られるのが楽しみです。
【ボブソロ2017-18 FD】
フリーダンス:演技時間が4分±10秒、使用する音楽は自由ですが、ビートがある、というのが条件です(メロディのみはNG)。
・リフト×3
・ステップシークエンス×2
・シンクロナイズドツイズル(2つ以上のコンビネーション)
・コレオグラフィック・エレメント×3
※いずれもジュニアはシニアよりいろいろちょっと少ない。
など必須要素を含んで、バランスも良く、創造的なプログラムが求められます。
(毎年コロコロかわるので違ったらごめんなさい)
倒立リフトすごいバランス!オブリヴィオンはいろいろな演奏がありますが、パパシゼ組の音源と比べてしっとり重厚で、kokoro-Neの楽譜もこちらに近いです。ボブソロ はよりメロを歌い込む感じがしますね。
かと思えば、途中から曲変わってからが(ピアノ・ガイズ/ワンリパブリック 『ベートーヴェンズ・ファイヴ・シークレッツ』)映画のような世界観で見入ってしまいます。
逆さでローテーショナルリフト(回転しながらリフト)や個性的な振り付けがプログラムに溶け込んでいて、捕まえても捕まえても捕まらない終わり方といい、大好きなプログラムです。平昌五輪の時はロシアのドーピングで出場の危機もありました。個人資格で出場できたとは言え、苦労をしてこの舞台に立っているんだろうな……と思うと、涙なくして観られませんでした。個人的には、kokoro-Neの第1回フィギュアコンサート翌日からインフルにかかり、寝込みながら感動を味わっていたのは忘れません。
と、音楽の話以外にだいぶ解説(しかも拙い)も入れておいて言うのもなんですが、アイスダンスはルールがわからなくても、音楽に重点を置いて何組か演技を見ると違いがわかってくるので、音楽がお好きな方はシングルやペアよりも楽しめるかもしれません。機会があれば是非ご覧ください。そして!ダンスが盛り上がって日本でも中継されるようになるのを切に願ってます。(←これが狙いです。笑)
kokoro-Ne 座談会
の:「アイスダンス、知れば知るほど面白いね!」
な:「うん。奥深いし、音楽と一体化してるところに今後ハマりそう」
ま:「でしょー。もっと地上波でガンガン流して欲しい。大ちゃん効果に期待!」
の:「ガビーン!アイスダンスについて熱く語りすぎて、オブリヴィオンの事忘れてない?」
ま:「本誌に特集でたっぷりレッスンしてるじゃん。それより、ガビーンの昭和臭が……笑」
の:「あっ!そうだったね」
な:「2/10発売のTHE FLUTE 本誌vol.174も是非ご覧ください」
フルートの楽譜
フルートとアルトフルート(または2本のフルート)ピアノの為の映画『エンリコⅣ世』より「オブリヴィオン(忘却)」 / A. ピアソラ
「Oblivion」from『EnricoⅣ』
for Flute,Alto Flute(or 2Flutes)and Piano / Astor Piazzolla
kokoro-Neの楽譜・CDは「kokoroneshop」でお求め頂けます。
参考動画 「Oblivion」from『EnricoⅣ』
演奏のポイント
【フルートで彩るフィギュアスケートの世界】第5回、お楽しみ頂けましたでしょうか。
いつもより詳しくTHE FLUTE本誌 vol.174(2月10日発売)に掲載しています。是非そちらも合わせてご覧ください!
次回予告
次回の4月号はガルデル作曲の「ポル・ウナ・カベサ(首の差で)」についてご紹介する予定です。
それではまたお会いしましょう!
Profile
門井のぞみ・大和田真由・田仲なつきによる、2本のフルートとピアノのトリオ。クラシックで培った確かな技術と表現力を基に、色彩豊かなアレンジやハイレベルな演奏で好評を博している。2007年結成当初より、ジャンルを超えたレパートリーに挑みながらも、リズムセクションや打ち込みなどを敢えて加えず室内楽トリオの可能性を追求し続けている。TPOに合わせた演奏を得意とする一方、CD・楽譜・オリジナル作品の発表にも力を入れており、オーディエンスはもとより多くのプレイヤーからも支持を得ている。
・2009年 1st Album 「kokoro-Ne/ココロネ」
・2013年「コンサートで使えるフルートデュエット曲集kokoro-Ne編」(ドレミ楽譜出版社)初版以降も増刷を重ね、ロングセラーとなる
・2016年 2nd Album 「Microcosmos」同収録のオリジナル曲「ミクロコスモス」楽譜出版
・2017年 楽譜出版「kokoro-Ne Library」を立ち上げ、これまでに10作品を超える楽譜を発表。続々と新作発 表を控えている。
kokoro-Ne公式HP https://www.kokoro-ne.net/
Concert Information
第10回 kokoro-Ne(ココロネ)フルート・ピアノコンサート
~2本のフルートとピアノが織りなす、極上のハーモニー~
[日時]2020年3月1日(日)13:30開場 14:00開演
[会場]コンサートサロン ALKAS(JR西船橋駅、京成西船駅) https://alkas-salon.com/
[出演]kokoro-Ne:門井のぞみ(Fl,Picc)、大和田真由(Fl,A.Fl)、田仲なつき(Pf)、加藤義男(賛助出演)(Ten)
[曲目](予定)ブランデンブルク協奏曲 第5番/J.S.バッハ、オペラ座の怪人メドレー/A.L.ウェバー、リベルタンゴ/A.ピアソラ、Asian Dream Song/久石譲、蘇州夜曲/服部良一、他
[料金]3,000円(全席自由)
こちらのコンサートはTHE FLUTE vol.174読者プレゼントです。アンケートにご回答いただいた方の中から抽選でプレゼントいたします。ご応募お待ちしております!!
門井のぞみ
Nozomi Kadoi
武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科卒業。桐朋学園大学音楽学部研究科修了。第14回日本フルートコンベンションコンクール アンサンブル部門第2位。第18回日本クラシック音楽コンクール全国大会木管楽器部門入賞。ウィーンをはじめ国内外のマスタークラスに参加。2007年に結成した2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne(ココロネ)】のメンバーとして、これまでに2枚のCDを発売。
オフィシャルサイト https://n-fluteacademy.com
大和田真由
Mayu Oowada
武蔵野音楽大学卒業。フルートを野口みお、市毛里香、各氏に師事。5歳よりピアノ、10歳よりフルートを始める。演奏活動に加え、kokoro-Ne結成を機に、編曲や楽譜の販売など、作品の発表も精力的に行なっている。
kokoro-Ne