第6回 | 「Por Una Cabeza(首の差で)」
皆さま、こんにちは!2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne(ココロネ)】です。ついこの間、メンバーとも「次のプログラムは何がいいかなぁ。12月はやっぱ『戦場のメリークリスマス』かなぁ」なんてワクワクしながら話し合っていたところ、信じられないクリスの訃報……心よりご冥福をお祈り致します。
新型コロナウイルスの影響で世界選手権も中止になり、暗いニュースが続いていますが、引き続きちょっと違った角度からkokoro-Ne流にフュギュアスケートの魅力をお伝えできればと思います。
今回は「Por Una Cabeza(首の差で)」です。お楽しみください!
カルロス・ガルデル(1890〜1935)
アルゼンチンの歌手・俳優。44歳の若さで飛行機事故で亡くなったため、ピアソラなどに比べて知名度が低いかもしれませんが、『想いの届く日』『わが懐かしのブエノスアイレス』『ボルベール』などの名曲を残しています。また、美声で歌手としても大変な人気でした。CDもたくさん出ていますので、ぜひ聴いてみてください!
『ポル・ウナ・カベサ』について
人気絶頂のガルデルが不慮の事故で亡くなる4ヶ月前の作品です。
「ポル・ウナ・カベサ」とは日本語で「首の差で」という意味です。競馬を嗜まれる方にはお馴染みの言葉ですが、ゴール直前で首の差で破れる、または勝つことを意味します。この曲は、ほんの少しの差で恋に敗れた男の唄になります。感情が入り乱れた、意味を知るといろいろと妄想できて、ニヤっとする曲です。
■楽譜1[AメロはG-Dur]
○のようにちょいちょい半音を引っ掛けたフレーズでは妖艶に、小刻みに上下に動くフレーズが上品な雰囲気を醸し出しています。
■楽譜2[サビ]
Gm→Dm/F→E♭→B/D
分数コード(和音の土台以外の音がベース音になっている)を挟んでひとつずつベースラインが下がっていく、哀愁漂う鉄板のコード進行と、2拍3連と長い音価を用いたメロディ。
きれいに聴こえるのですが、曲の背景を知ると未練タラタラにも聞こえてしまうのも面白いところです。
『ポル・ウナ・カベサ 』を使用した代表的なプログラムは
・浅田真央 2008-09 EX
・宮原知子 2011-12 SP(ジュニア時代から丁寧な演技と華麗な両回転スピンは当時から変わりません!)
・アンナ・ポゴリラヤ 2016-17 SP
がありますが、今回はポゴリラヤと真央ちゃんのプログラムを取り上げてご紹介します。
kokoro-Neメンバー×フィギュアスケート
門井のぞみ
【担当】フルート、ピッコロ
【好きなスケーター】高橋大輔、ネイサン・チェン
【好きなポゴリラヤの衣装】2015-16 SP ヴァイオリンと管弦楽のためのボレロの衣装(イラストの一番左)
こんなに斬新な衣装ってなかなかないですよね!肌が見えている部分、どこが布でどこが本物だろうかとドキドキしてしまいました(笑)
大和田真由
【担当】フルート、アルトフルート、作編曲
【好きなスケーター】ジェイソン・ブラウン、パパダキス&シゼロン
【好きなポゴリラヤの衣装】2016-17 FS 映画『モディリアーニ 真実の愛』よりの衣装(イラストの右)
お・へ・そ♥まさか「布足りない」とかじゃないだろうに、敢えて出す。生地のグラデーションも萌えます。というか、のぞみさん、よく描いてくれましたね。皆さん褒めてあげてください!!
田仲なつき
【担当】ピアノ
【好きなスケーター】浅田真央、高橋大輔
【好きなポゴリラヤの衣装】2013-2014 SP エル・チョクロの衣装(イラストの真ん中)
肌の色にとても馴染む色とセクシーなスケスケライン。色気と共に、鍛え上げられた身体であるから可能な爽やかさと美しさ。たまりません。
アンナ・ポゴリラヤ 2016-2017 SP
抜群のスタイルを活かしたダイナミックな演技と、10代とは思えない妖艶な雰囲気で多くのファンを魅了しました。怪我で2019年に惜しまれつつ引退しましたが、お洒落なインスタが話題となり、引退後も人気を集めています。
振り付けは選手としても人気だったミーシャ・ジー。当時はミーシャ自身も現役の選手でした。よく両立してましたね!
ポゴリラヤにしては布多め(割とビリビリ率高め。笑)のシックな衣装ですが、左肩に異素材で重ね合わせたフリルがお洒落!裾のカットも、1本目のジャンプに向かって加速する時にきれいに形が出ていて、黒一色でも彼女らしさ全開です。
イントロのカデンツァを惜しみなく使った編集で、ヴァイオリンのフレーズに動きの緩急が合ってます。フレーズ終わりのポーズや手の動きはポゴリラヤの雰囲気に合っていて魅力的です。
Aメロに入ってすぐに3回転の連続ジャンプがあります。飛距離や力強さがあり、決まるとかなり見応えがあります(ポゴリラヤは回転不足も少なかった気がします)。その後、しばらくスピンが続きます。繋ぎの振り付けで腕を前後左右に「ザッ」と振るキレのある動きが全体に鏤められていて、首の後ろに回した手のちょっとした指の開き具合がいちいち色っぽいです。(私、変態みたいですけど。笑)
サビに入ってからジャンプが2つ入りますが、助走が短めで、着氷後もすぐに演技に戻る、ジャンプがプログラムに溶け込んでいて素晴らしいです。
この後はAメロに戻らず、もう一度サビが繰り返されますが、打ち込みがMIXされたクラブミュージック風の音源に変わります。音楽も振り付けもタンゴからは離れてしまいますが、そこからのステップがカッコいい!スイッチが入ったような「見て♥」という表情と、長身と手足の長さが生かされたステップ。スピードに乗った足捌きを見たいけど、手の置き場所も気になる!みたいな魅力があります。
浅田真央 2008-09 EX
タチアナ・タラソワ先生の振り付け×真央ちゃんの組み合わせだからこそ成し得た魅力満載のプログラムです。
「3アクセル」が代名詞みたいになってしまっていますが、ジャンプ以外も本当に素晴らしいんです。エキシビジョンではジャンプの難易度を下げたプログラムが多いので、より素晴らしさが引き立ちます。特にステップは「男子並み」「神(鬼)ステップ」と呼ばれていただけあって、10年以上経った今でも見応えたっぷりです。
冒頭はシンプルなタンゴのサウンド。長い手足とバレエのような動きを活かした優雅なAメロが始まります。
1回目のサビに入ってすぐのステップがたまらないです。細かくステップやターンが詰め込まれていて、特に真央ちゃんがよくやるチョクトー×2(足元がちょこちょこ動いて左右体を振る動作)が好きです。
2回目のAメロから16分音符のシャカシャカ系の打楽器が入ったり、オブリガードも増えます。リッチになったサウンドに合わせるように美ポジションでのスピンやジャンプ、そして2回目のサビで圧巻のスパイラル。ポジションの美しさと伸びのある滑らかなスケーティングにうっとりです。縦に色が別れてる衣装の赤いラインが、180度開いた足と一緒にグイっと曲がるのが萌えます!
演技終盤はフリアン・プラサ作曲の「パジャドーラ」というアップテンポの曲に変わります。小刻みで躍動感のあるステップはもう圧巻!ステップ中の目線も見どころの一つです。足元があんなに大変なことになっているのに、ずっと一定だったりします(見てる側から一定=本人はそっぽ向いた状態でものすごい動きしてる)。普通、氷の上じゃなくても転びますよね。頭を下げて足を振り上げる真央ちゃんらしいターンなんかも大好きです。「競技で見てみたかった!」と思わずにいられない名プログラムです。
『ポル・ウナ・カベサ』にまつわる思い出
のぞみ(以下:の)「ココロネ13年の歴史の中でも初期に編曲した思い出の一曲だわ」
なつき(以下:な)「1stアルバムにも収録したね。この曲は哀愁たっぷり、情熱たっぷりで大好き!」
の「吹いてても熱くなるね。1曲でドラマが完成している感じとかたまらないわ〜!」
な「MCで曲紹介するとき、競馬用語の話するじゃない?するとだいたいおじさまがニヤリ顔でウンウンと頷いでくれるよね」
の「ニヤリ顔(笑)。そういう時ってお客さんと通じたなって感じがするよね」
な「その隣で、奥様は過去の恋愛を想い出してニヤリ顔(笑)」
まゆ「あと、この曲もそうなんだけど、私の生徒さん、『楽譜ないけどこれフルートでやりたい』てのが多いの!笑。楽譜がないから私が書くんだけど、それがきっかけで『これ、kokoro-Neでもやりたいな』ってなったりしてね。kokoro-Neの非フルートなレパートリーが増えたのには、実は生徒さんの元ネタ提供が大きく貢献してたりするんだよ。ありがたいよね」
フルートの楽譜
kokoro-Ne編曲&監修の「コンサートで使える中上級アレンジ〜フルート・デュエット曲集(ピアノ伴奏付き)」に収録されています。
kokoro-Neの楽譜・CDは「kokoroneshop」でお求め頂けます。
参考動画 「首の差で」from『kokoro-Ne』
演奏のポイント
・この曲はエンジンの切り替えがとても大切です。Durの所は穏やかに音色も明るく、mollになる所はエネルギーが体の中心にぐっと集まるように、息のスピードだけに頼らずに音圧をあげていきましょう。恋のお話ですから、いろんな表情が音色に出ると面白いですね。(のぞみ)
・DurになっているAメロの部分は、2ndが「自分は吹かない1stのメロディをいかに歌えているか」が大事だと思います。メロディの隙間を縫う楽しさを味わって演奏してください。また、ピアノのペダルの踏み方でサウンド全体が大きく変わります。映画の様な上品なタンゴが思い描けるよう、研究してみてください。(まゆ)
・感情や情景がころころと変わる感じを出すには、伴奏者の腕の見せどころです。フルートが大きなフレーズを吹いている時も、きっちりとリズムをキープしてください。ハバネラのリズムをどう弾くかで全体像が変わってきます。ニュアンスを掴むまでたくさん合わせをしてみてください。(なつき)
kokoro-Neの楽譜では、Aメロの7小節目の1stのメロディーをガルデルの歌唱に寄せて3〜4を「ド♯レミド♮」としていますが
「レ♯ファ♯ミド」が一般的になっているようです。
どちらも2ndのオブリやピアノのコードと合うので、お好みで演奏なさってください。
次回予告
さて【フルートで彩るフィギュアスケートの世界】第6回、お楽しみいただけましたでしょうか?
次回の6月号はピアソラの「鮫」についてご紹介する予定です。
それではまたお会いしましょう!
Profile
門井のぞみ・大和田真由・田仲なつきによる、2本のフルートとピアノのトリオ。クラシックで培った確かな技術と表現力を基に、色彩豊かなアレンジやハイレベルな演奏で好評を博している。2007年結成当初より、ジャンルを超えたレパートリーに挑みながらも、リズムセクションや打ち込みなどを敢えて加えず室内楽トリオの可能性を追求し続けている。TPOに合わせた演奏を得意とする一方、CD・楽譜・オリジナル作品の発表にも力を入れており、オーディエンスはもとより多くのプレイヤーからも支持を得ている。
・2009年 1st Album 「kokoro-Ne/ココロネ」
・2013年「コンサートで使えるフルートデュエット曲集kokoro-Ne編」(ドレミ楽譜出版社)初版以降も増刷を重ね、ロングセラーとなる
・2016年 2nd Album 「Microcosmos」同収録のオリジナル曲「ミクロコスモス」楽譜出版
・2017年 楽譜出版「kokoro-Ne Library」を立ち上げ、これまでに10作品を超える楽譜を発表。続々と新作発 表を控えている。
kokoro-Ne公式HP https://www.kokoro-ne.net/
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