第8回│「ラ・ボエーム」
なぜこんなにもフィギュアスケートに魅せられるのか。メンバー全員がフィギュアスケートファンだという、2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne】の皆さんにスケートのプログラムに使用されている楽曲の解説や、スケーターやプログラムに対する思い出、演奏のポイントなどを交えながら、名曲を演奏家の目線で紹介していただきます。今回は「ラ・ボエーム」を取り上げます。
皆さま、こんにちは!2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne(ココロネ)】です。相変わらず猛暑が続きますが、氷上に想いを馳せて気分だけでも涼しくなりましょう!
今回ご紹介するのは、
①シャルル・アズナヴールの『ラ・ボエーム』
②プッチーニの『ラ・ボエーム』
2つの「ラ・ボエーム」です。
シャンソンとオペラ、フィギュアスケーター達がそれぞれの「ボエーム」をどう演じたのか、楽曲の魅力と共にたっぷりお届けします!お楽しみください!
2つの「ラ・ボエーム」共通点
「貧しい芸術家」
ほんと、芸術家でお金持ちなんてごく一握りですよね(切実)。
ボエーム=ボヘミア→ジプシー。転じて「常識・因習・伝統にとらわれない行動・生活・服装をする人、特に、芸術や文学を志して、そういう生き方をする人。」といった意味があるそうです。
kokoro-Neは3人とも筋金入りの「ボエーム」、特に「行動」が宇宙人レベルの人がいます。
シャルル・アズナヴール「ラ・ボエーム」の世界
貧しくも愛と芸術に溢れて幸せだった過去を振り返る曲。
恋人とアパートで貧しく暮らす20歳の画家。空腹を抱えながらも彼女の絵を描いたり、カフェで1回の食事と絵を引き換えてもらったり、詩を作ったり、夢中になって生きていた。時を経て当時を思い出し、今はそこに青春のかけらも残ってない……という哀愁たっぷりの世界です。
曲だけ聴くと、華やかで壮大なオペラに対してこじんまりとしていますが、こちらは端から「愛 or 金」なんて天秤にかける気がない!貧しい、空腹、でも愛があって幸せだった。ボエーム感満載で、昔を振り返ってるのに潔ささえ感じてしまう世界観です。
シャルル・アズナヴールってどんな人?
2018年、94歳まで現役で歌い続けたスーパースター!(2018年も日本にも来てました)。葬儀は国葬として営まれ、マクロン大統領も参列するほどでした。
映画『ノッティングヒルの恋人』でエルビス・コステロがカバーして有名になった「She」もアズナヴールの作品。エディット・ピアフに見出されて世に知られるようになり、1400曲ものシャンソンを書く一方で、俳優としても活躍していました。ご本人がインタビューで、
「シャンソンだから歌手になれた。メロディ重視のアメリカだったらダメだった」
と答えているのを読んだことがあります。確かに歌詞の世界観はしっかり作られていますが、曲もお洒落で上質なポップスのように感じます。
アズナヴールのライブ動画もとっても素敵です。冒頭でモミモミしていたハンカチをポイ捨てして去るところまでは一緒なのですが、晩年は、その後オブリを歌いながら舞台に再登場しハンカチを拾い、お辞儀をしています。すべてが可愛らしく見えてしまいますね。
ネイサン・チェン 2019-20 SP
歌詞の主人公と同じく、当時20歳のネイサンが「演技に入り込みたい」と挑んだだけあって、冒頭〜ジャンプまでの腕の使い方、緩急がフレーズに合っていて「大人っぽくなったなぁ」という印象を受けました。
サビの「La〜 Bohème」に合わせた4Lzが、もう飛距離・高さ・安定感・余裕、全部素晴らしい!10代半ばまでかなり本格的に体操をやってただけあって、細い回転軸でダイナミックなのに軽やかで、ここまでで見応えたっぷりです。
歌詞からは少し離れてしまう気もしますが、哀愁漂うサビ前のメロ(ミレミソファファーとか)に寄り添った、力強いステップも魅力がいっぱいです。その後もスピードを落とすことなく、最後のスピン(これも回転が素晴らしいです!)に入ります。
accel.する曲とともに駆け抜けるようなプログラムですが、手はフワッと終わらせてるのが秀逸。あっという間の3分です。
歌詞の世界では20歳の頃を振り返る曲なので、ネイサンの年齢上がった頃に照明や演出込みのショーで再演して欲しいプログラムです。
フィギュアのトップ選手でありながら、名門イエール大学に通う文武両道の優等生のネイサン。将来どんな活躍をするのか楽しみです。インタビューで聴けるイケボも素敵なので、是非聴いてみてください。
2019シーズン初めはベスト(左)だったのに、グランプリファイナルでまさかの体操着ルック(右)でご登場。
演技とのギャップが……ある意味ボエーム!笑
オペラ「ラ・ボエーム」初演:1892年2月1日
1830年頃のパリ、4人の芸術家の卵が暮らす屋根裏部屋が舞台です。女性陣含め主要な登場人物が全員貧乏!
そんな中、話の中心は、そのうちの一人であるロドルフォ(詩人男子)とミミ(お針子女子)のカップル。劇的に恋に落ちた2人ですがミミは結核を患ってしまいます。しかし、ロドルフォにはミミを看病するお金がない。お互いを想い別れを決めます。ミミと対照的な女性として描かれる歌手のムゼッタ&マルチェッロ(画家、ロドルフォの友達)カップルもまた、ムゼッタがお金持ちの年寄りを選んだりして喧嘩ばかりです。ミミの病気は良くなりませんが、仲間たちの友情もあり、ロドルフォの胸で最期を迎えます。
G.プッチーニ(伊:1858〜1924)ってどんな人物?
容姿は栗色の巻き毛に茶灰色の瞳のイケメン。且つ長身でお洒落なプッチーニは、どこに行ってもモテモテ♥
情熱的な性格からも浮名は数知れず。長年の蓄積からか、嫉妬に狂った妻がプッチーニ家小間使いの少女にも疑惑の目を向け、追い詰められた少女が自害するという哀しい事件まで起きてしまうほどでした。
ケイトリン・オズモンド 2016-17 FS
大人の女性らしい魅力的な演技や、ブレードにしっかり重みをかけた力強いスケーティングで、ミミとムゼッタの2人を演じ分けています。
プログラム冒頭は「私の名はミミ」で始まります。山場の分数コード押しでベース音が半音ずつ下がる進行、物語の続きが気になるような作り方はさすがです。プッチーニの楽曲がフィギュアで重宝されるのがわかります。
この間にダイナミックな連続ジャンプが2つ入ります。左利きで、他の選手と違う回転が新鮮に見えますが、実はジャンプの思い切りが良すぎてコンパクトにまとめる努力をしていたそうです。
次の「ムゼッタのワルツ」に入ると、ジャンプやスピンの合間に「見て♥」的なアピールっぽいや、長身を活かしたクラシックバレエ風のしなやかな動きで魅了されます。
この後は、オペラの曲順としては「ムゼッタのワルツ」前に戻りますが、ムゼッタがパトロンを連れて居酒屋に登場し、わがまま放題しているシーンの曲が使われています。力強く躍動感溢れるステップも、ケイトリンの可愛さもあってそこまでイヤな女には見えません。ミミと対照的、奔放な女性として登場するムゼッタですが、実際にオペラでも情に厚い姐さんタイプだと思います。自分のイヤリングと引き換えにミミへの薬を買わせたり、自分のマフを「ロドルフォからのプレゼントだ」と言ってミミに渡したり……
最後に曲が「ミミの死」に入ると、一気に表情も変わります。イーグルは、ロドルフォに看取られたいミミの願い、最後のスピンはロドルフォの悲しみを演じてるようにも見えます。
既にボーカル曲が解禁されていた2016年。プログラムを通して敢えてインスト音源を使用した編集も、個人的には好感が持てました。
フルートの楽譜
プッチーニの「ラ・ボエーム」はアルソ出版さんの「FLUTE on ICE vol.2〜氷上の名曲をフルートで〜(CD伴奏付き)」に収録されています。
FLUTE on ICE vol.2〜氷上の名曲をフルートで〜
神田勇哉(Flute)、成田有花(Piano)
アズナヴールの「ラ・ボエーム」はこちらです。
フルートとピアノための「ラ・ボエーム」 / C.アズナヴール
「La Bohême」for Flute and Piano / Charles Aznavour
kokoro-Neの楽譜・CDは「kokoroneshop」でお求め頂けます。
参考動画
演奏のポイント
まゆ(Fl)4番まである曲なので、フルートのリズムや装飾音符で少し変化をつけています。また、ピアノ伴奏も4回変化を付けているので、裏メロや伴奏三拍子の雰囲気ニュアンスをよく聴いて助けてもらいましょう。
メロディの隙間に裏メロで返事、会話のような演奏がピアニストさんと出来ると楽しいと思います。特に4番は、ピアノの伏線を大事にすると、accel.に入ってからの展開が活きてきます。
最低限必要な所にだけスラーを書いてあります。緩めのタンギングで押すもよし、フレーズと同じ大きさのスラーをかけてみるもよし、「ボエーム」な雰囲気が出るようにお好みで演奏してみてください。
最後は、テンポ上げないと息が苦しい、上げたら指が回らない……「愛か金か」に匹敵する「息か指か問題」が勃発してしまいますが、ピアニストさんと落とし所を見つけてください。
kokoro-Ne(ココロネ)プロフィール
門井のぞみ・大和田真由・田仲なつきによる、2本のフルートとピアノのトリオ。クラシックで培った確かな技術と表現力を基に、色彩豊かなアレンジやハイレベルな演奏で好評を博している。2007年結成当初より、ジャンルを超えたレパートリーに挑みながらも、リズムセクションや打ち込みなどを敢えて加えず室内楽トリオの可能性を追求し続けている。TPOに合わせた演奏を得意とする一方、CD・楽譜・オリジナル作品の発表にも力を入れており、オーディエンスはもとより多くのプレイヤーからも支持を得ている。
・2009年 1st Album 「kokoro-Ne/ココロネ」
・2013年「コンサートで使えるフルートデュエット曲集kokoro-Ne編」(ドレミ楽譜出版社)初版以降も増刷を重ね、ロングセラーとなる
・2016年 2nd Album 「Microcosmos」同収録のオリジナル曲「ミクロコスモス」楽譜出版
・2017年 楽譜出版「kokoro-Ne Library」を立ち上げ、これまでに10作品を超える楽譜を発表。続々と新作発 表を控えている。
kokoro-Ne公式HP https://www.kokoro-ne.net/
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