フルート記事 第13回 | 『ベルガマスク組曲』より「月の光」
  フルート記事 第13回 | 『ベルガマスク組曲』より「月の光」
[1ページ目│記事トップ
kokoro-Neがお届けする〜フルートで彩る フィギュアスケートの世界〜

第13回 | 『ベルガマスク組曲』より「月の光」

MUSIC

なぜこんなにもフィギュアスケートに魅せられるのか。メンバー全員がフィギュアスケートファンだという、2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne】の皆さんにスケートのプログラムに使用されている楽曲の解説や、スケーターやプログラムに対する思い出、演奏のポイントなどを交えながら、名曲を演奏家の目線で紹介していただきます。今回は『ベルガマスク組曲』より「月の光」を取り上げます。

こんにちは! 2本のフルートとピアノのトリオ【kokoro-Ne(ココロネ)】です。このコーナーも今回から3年目に入りました。これまで以上にフィギュア音楽をフルートの目線で楽しくお届けしたいと思います。
ワクチンは遙か遠く、体調と体重に気を付けながら暮らしている3人が今回ご紹介するのは、スラッと美しい浅田真央選手の名プログラム、ドビュッシー 「ベルガマスク組曲」より『月の光』です。

浅田真央 2008-09 SP『月の光』

真央ちゃんのプログラムの中でラフマニノフの『鐘』『ピアノ協奏曲』のように真っ先に思い浮かぶ曲ではないかもしれませんが、kokoro-Ne的には絶賛お気に入りのプログラムです。
紀平梨花選手も2018-19シーズンのSPで使用していましたが、真央ちゃんのプログラムを見て「いつか自分もこの曲で滑りたい」と温めていたそうです。

曲が始まった瞬間、その身のこなしは妖精が舞い降りたかのようです。2009年はまだ、女子のSPでは単発の3アクセルが禁止されていたので(改めて露骨に意地悪なルールですね)、このシーズンは冒頭に3フリップ+3ループの連続ジャンプを入れていました。
トゥよりループの方が難易度が高く、当時は2ndジャンプに3ループを入れる選手はあまりいなかったと思います。つま先を突かず(トゥ)、そのまま飛び上がる(ループ)ので流れがあり、配点以上にこの曲の雰囲気により合うところがたまらないです。

2008年GPFの演技が好きですが、興奮したのがバンクーバー五輪プレシーズン最後の公式戦となった国別対抗戦。トリプルアクセルを3アクセル+2トゥループ(片手タノ)のコンビネーションにすることで、冒頭に入れて見事成功したのも忘れられません。

3アクセルも素晴らしいのですが、私が好きなのは規定の2アクセル。曲的にも好きなところです。

『月の光』は基本が9/8拍子、8分音符3つで1拍分になっています。後半は、ピアノの16分音符が6個単位で流れるようなグルーブを作り出しています。その中にドビュッシーがちょいちょい仕掛けてくる、2、4、6など偶数の連符が絶妙なスパイスになっています。4拍子系に3連符を入れるのと逆のパターンで、ちょっとブレーキをかけて該当するフレーズを強調する効果があるように思います。
※以下、譜例は競技音源(D-Dur)より半音下の原調(Des-Dur)での表記になります。

譜例①
譜例1

「シ♭ードーファ」という上行系フレーズ()に、「ラ♭ソ♭ファ」と下行するベースライン()、音域が広がるフレーズを2回畳み掛け、
→33小節目の更に音域が広がったところに合わせて()イーグル、4連符のユニゾン()がたまりません!
→イーグルのついでのように(難しい入り方)フレーズの頂点()でほとんど助走なしの2アクセル

いい加減うっとうしいと思いますが、もう少々。
(きちんとした和声の理論ではなく個人の印象で暴走してます。ご容赦ください)

イーグル〜2アクセルの間に使われている「レ♮」が大好きです。メロディのスパイスにもなっている「レ♮」ですが、和音でも大事な役割をしています。
33小節目の和音はミ♭を基本とした暗い響きの3和音(基本形)。4和音にするには、「レ♭」の載せるのが普通(よくある)ですが、ここでは「レ♮」を使っています()。

譜例②
譜例2

「レ♭」は短三和音に深みをプラスしますが、それが「レ♮」になると和音の土台になっている半音上の「ミ♭」に落ち着きたくて仕方ないような、「もどかしい!でもそれが心地いい!」みたいな響きになります。
ドビュッシーは、さらに次の34小節目にも「レ♮」の置き土産をします。しかも今度はベースラインに()。分数コード(和音の土台以外の音がベースになる)……「ドビュッシー、やらしー」となります。

……と、ここまでジャンプについてだいぶ話してしまいましたが、真央ちゃんのステップ・スピン・スパイラルなど、バレエの基礎がしっかり染み込んだすべての動きが好きです。技と技の繋ぎはもちろん、各ポジション、足の上げ下ろしなど、動作のすべてが細部まで美しい!その魅力を最大限に引き出しているローリー・ニコルさんの振付けも素晴らしいです。

曲が展開する前後に行なわれる3つのスパイラルが非常に美しいです。すべてのポジション、その移動が美しくて、特にワンハンドビールマン(両手でエッジを持つより難しい)がうっとりしてしまいます。
曲的にもこの部分が好きなんです。ドビュッシー以前のロマン派なら場合によっては朗々と歌ったり、cresc.とかやりかねないところですが、それをちゃんとdim. moltoするのがザ・印象派な感じでお洒落です 細かいですけど、ただのdim.じゃなくmolto付き。これ大事です。

譜例③
譜例3

プログラムを通して隙のない美しさなので、挙げるとキリがないのですが、やはりステップは見どころです。1歩1歩ただ踏むだけでなく、前→後ろに向きが変わったり、逆方向にカーブしたり、描く図形にエッジ(内側と外側)の使い分けや軌道などが細かく決められています。足だけでなく、腕の使い方も大事で、1つずつを習得するのに練習が必要です。それらを短い時間に一連の動作として曲に合わせて魅せられるのは神業なのです。

譜例④
譜例4

37小節目は、En animat(生き生きと)とpiù cresc.を表すように、方向がコロコロ変わる複雑なターン
38小節目は「ソ♯ーファ♯ー」の部分で深くしゃがみ込んで逆方向のピボット(片足を軸にコンパスのように回転する動作)

譜例⑤
譜例5

39、40小節目の2回の「ファ#ーラード#」に合わせたツイズル(くるくる回る動作)では、2回目は片手を上げていたり、『月の光』唯一のfが出でくる41小節目は、月を見上げるようなポーズから深く屈んだり、一瞬ファンスパイラルのような足上げがあったり、力強さも感じられます。

その直後のppでは、もう柔らかい動きになっていて、終盤は可憐で美しいスピンで締め括られます。

どのプログラムも「男子並み」「鬼」「神」などと言われるくらい、相当ハードな振付のはずですが、f(強い)からp(弱い)まで、強弱をステップのニュアンスで表現しているのが何度見ても飽きません。

タイプの違う真央ちゃんのプログラムでは、ロシア作曲家✕タラソワ先生振付のステップも見応えがあります。ラフマニノフの2曲は重厚な力強さが出ているし、チャイコフスキー『白鳥の湖』では躍動感が溢れています。音がなくても音楽が聞こえて来るようなステップなので、ご興味があればいろいろなプログラムを見比べてみてください。

『月の光』は楽譜が読めなくても、音価の細かさ、音符の上下の動きや、強弱、など、記号を一緒に追うだけで楽しいと思います。是非、ピアノ譜を見ながらお楽しみください!!!!!

楽譜紹介

真央ちゃんの競技音源ではオーケストラ版、D-durの音源が使用されています。原曲より煌びやかで、美しい響きが特徴です。

フルートの楽譜

『月の光』収録曲集(アルソ出版刊)

FLUTE on ICE vol.2〜氷上の名曲をフルートで〜
神田勇哉(Flute)、成田有花(Piano)

 

kokoro-Neではフルート2本と1本、2パターンでダウンロード楽譜を出版しています。どちらもピアノと同じDes-durで書きました。こちらはシックで透明感のある響きになっています。♭♭♭♭♭……5個、「めんどくさい」と言わず、是非チャレンジしてみてください。

フルートとピアノ
[購入する]
フルート2本とピアノ
[購入する]
 

それぞれの調性にそれぞれの良さがありますし、高音のppのロングトーンの練習にもなります。この際、両方制覇してみてください!

kokoro-NeのCDは「kokoroneshop」でお求めいただけます。

高音のpp

①替え指
『月の光』に限らず、前後の運指など支障がないところは替え指を使っています。
利便性以外にも、音程・音色など「この場所にはこっちの運指のほうが合ってる」と思ったらどんどん使っていきましょう。使える替え指のテッパンをご紹介しておきます。

運指表

②前後の関係で替え指が使用できない場合
もう自力で頑張るしかありません(泣)。
「口周辺〜肩周りの力を抜いてお腹の力で」というのは決まり文句ですが、昨今話題の「骨盤底筋」を意識するのもとっても大事です。お年頃の方は男女問わず(特に経産婦さん)は、きっとフルート以外にもいいことずくめなので、是非チャレンジしてみてください。低音の指遣いで倍音を使った練習なんかも効果的かなと思います。

譜例⑥
譜例6

最後に、リペアも大事です!
楽器のコンディション次第で「こうも違うものか」というくらいストレスなく音が出せるので、是非お手入れもお忘れなく。

ピアニストから

kokoro-Ne(ココロネ)プロフィール

kokoro-Ne (ココロネ)
門井のぞみ・大和田真由・田仲なつきによる、2本のフルートとピアノのトリオ。クラシックで培った確かな技術と表現力を基に、色彩豊かなアレンジやハイレベルな演奏で好評を博している。2007年結成当初より、ジャンルを超えたレパートリーに挑みながらも、リズムセクションや打ち込みなどを敢えて加えず室内楽トリオの可能性を追求し続けている。TPOに合わせた演奏を得意とする一方、CD・楽譜・オリジナル作品の発表にも力を入れており、オーディエンスはもとより多くのプレイヤーからも支持を得ている。
主な作品
・2009年 1st Album 「kokoro-Ne/ココロネ」
・2013年「コンサートで使えるフルートデュエット曲集kokoro-Ne編」(ドレミ楽譜出版社)初版以降も増刷を重ね、ロングセラーとなる
・2016年 2nd Album 「Microcosmos」同収録のオリジナル曲「ミクロコスモス」楽譜出版
・2017年 楽譜出版「kokoro-Ne Library」を立ち上げ、これまでに10作品を超える楽譜を発表。続々と新作発 表を控えている。
kokoro-Ne公式HP https://www.kokoro-ne.net/
(メルマガ会員募集中です。詳細はこちら
 

フルート奏者カバーストーリー