第21回|「ガブリエルのオーボエ」
こんにちは!2本のフルートとピアノのトリオ、kokoro-Neです。4大陸選手権、世界選手権、とシーズンも後半にさしかかりました(激戦のアイスダンスが気になりながらこの記事を書いています)。今回は今シーズンGPF優勝など大活躍の三原舞依選手の『ガブリエルのオーボエ』を取り上げます。
映画『ミッション』サントラ
舞台は18世紀、スペイン植民地下の南米(現在のパラグアイ辺り)。宣教師として現地に送り込まれたガブリエル神父は、「音楽」を共通言語として先住民の心を開いていきますが……というお話です。
モリコーネは、試写を観た時点では「映像が素晴らしい(先住民や宣教師に対する残虐さも)から、この映画に自分の曲は要らない」とまで言ったそうですが、サントラ盤を1枚聴くと、シーンに合わせた幅広い表現に圧倒されてしまいます。その中から三原舞依選手のプログラムで重要なテーマをご紹介します。
①「ガブリエルのオーボエ」
主人公のガブリエル神父がこの曲を演奏して、先住民の心を開いていくきっかけになります。ゆったりとしたメロディに添えられた「ラシラソラー」のような細かい音符は、18世紀後半という設定を考慮して、モルデントなど装飾音を表現してるそうです。
②「滝」
♪ソ・ファ#・レ・ファ#〜♪が繰り返され、マイナスイオンたっぷりの神秘的な音楽。南米の密林の情景や湿度をより鮮明に映し出しています。サントラ内で楽器や形、調性を変えて引用される重要なテーマでもあります。
③モテット(複数声部で作られたミサ曲以外の宗教曲)
「教会っぽい合唱」と言うとわかりやすいでしょうか。時代とキリスト教が考慮されていると同時に、先住民の原始的な雰囲気も感じられます。ラテン語の歌詞を書いたのは、モリコーネの妻:マリア・トラヴィア(※1)さんだそうです。
(※1)モリコーネは、自分では書いた作品を客観視できないので、作ったらまずマリアさんに聴いてもらっていたそうです。世の中に出ているモリコーネの曲=マリアさん決裁が入っていたんですね。
三原舞依 2017-19 FS「ガブリエルのオーボエ」
演技冒頭〜30秒くらいは『ミッション』のサントラ盤の『Carlotta』という曲が使用されています。重々しく同じ音を弾き続けるギターに、ストリングスの荘厳なハーモニーが重なり、南米の密林で歩を進めていくような印象も受けます。
伸びのあるスケーティングでぐんぐん加速、3ルッツ+3トゥのコンビネーションを鮮やかに決めると、曲は『ガブリエルのオーボエ』のヴォーカル版に変わります。(※2)
メロディに沿ったデヴィッド・ウィルソンさんの振り付けが秀逸。一音ずつ丁寧に表現していくコレオシークエンスに見惚れていると、その一部かのように2アクセルを跳んでしまいます。サビの入りや山ではなく、フレーズが一旦落ち着いた所に馴染む舞依ちゃんの2アクセル。着氷も柔らかく美しくて……何事もなかったかのように次のスピンに入っていきます。こういう絶妙な取り合わせに唆られてしまいます。
スピンも美ポジから高さが出るタイミングと、サビの山場が合っているのもまた萌えます。この曲を演奏したことがある人のツボを狙い撃ちしてると思わせるような、音楽との一体感の更に上のオシャレ感がたまらないです。
その後もジャンプが決まり続けますが、一番好きなのが6本目の3連続です。3ルッツの後の2トゥ+2ループがメロの「ファ#ソファ#ソ」にハマってるんです! この16分音符もモリコーネが意図的に用いた装飾なので、大事に拾い上げて合わせてこられると更に感激度が上がります。
7本ジャンプが決まると、曲はサントラ盤の『Vita Nostra』に変わります。別の曲というよりは、前出の①『ガブリエルのオーボエ』の4拍子を土台に、③の3拍子のモテットを被せて、南米を彷彿とさせる皮モノのパーカッションを効かせたGroovyなアレンジ版です。モテットには②『滝』のフレーズの要素も含まれていて、①②③が見事に融合しています。ここでのストレートラインステップが、その荘厳さと透明感、両方を兼ね備えたような表現で、「尊い」「神々しい」がぴったりのプログラムです。
神々しいと言えば、このシーン!昨年優勝した4大陸選手権でも感動を呼びました。どんどん魅力がます三原舞依選手のこれからの活躍、名演の誕生が楽しみです。
(※2)三原選手は、ニュージーランド出身のHayley Westenra(ヘイリー・ウェステンラ)が、『Gabriel’s Oboe - Whispers in a dream(夢の中のささやき)』という副題と歌詞を付けたヴォーカル曲を使用しています。
イタリア語の歌詞を付けたサラ・ブライトマンによるカバー『ネッラ・ファンタジア(Nella Fantasia)』もフィギュアで使用されています。
安藤美姫 2010-11 FS「ガブリエルのオーボエ」
こちらも、別途機会を設けて書きたいくらい大好きなプログラムです。大事なテーマが繋がれた音源編集で、触れないわけにいきません!
演技冒頭は『The Mission』のサントラ盤の『ガブリエルのオーボエ』→『滝』→『ミッション(リミックス)』おおらかなメロディに馴染む華麗なジャンプと、全身でストリングスのサウンドを表現したストレートラインステップが絶品です。一旦止まって動き出すとYo-Yo Maとのコラボの『ガブリエルのオーボエ』音源に変わります。このバージョン、メロと副旋律の2本のラインが美しい……しかも裏メロも感情鷲掴み系で♡ 対位法をしっかり学んだモリコーネの底力を感じるアレンジです。
余談ですが、安藤美姫さんの2ndジャンプにループを付ける構成も、個人的に萌えポイントでもあります。トゥを突かないでそのまま1stジャンプの着氷後にそのまま跳び上がるのがグッときます。全体を通して磨きのかかった表現力と世界女王の貫禄たっぷりの名演です。機会があれば是非ご覧ください。
巨匠 エンニオ・モリコーネ
言わずと知れたイタリアの巨匠。映画を知らなくても
♪シ♭ーレミ♭シ♭ラソ〜♪
♪ファソラシ♭ードレミ♭ファー〜♪
(『ニュー・シネマ・パラダイス』)
が聴こえた時の「あ、知ってる!」率はかなり高い作曲家ではないかと思います。
モリコーネは、幼少期よりトランペット奏者の父親からトランペットと楽典の手ほどきを受け、中学以降は音楽院へ進学。トランペットと並行して作曲も学び、次第に作曲のほうに本腰を入れるようになります。
「ニュー・シネマ・パラダイス」や「ミッション」に限らず、どの映画もテーマがとてもわかりやすく、各映画のアイコンのようです。作風も、手がけた映画のテイスト同様に多様です。
一方で、サントラ内のテーマ以外の曲は、現代曲調、非メロディックな効果音のようなものもあり、かなり前衛的です。一人の人間が書いているとは思えない豊かな作風で、映画のシーンと音の取り合わせが《絶妙》です。ドンピシャ過ぎると、わざとらしかったり、コントみたいになってしまう事もあります。モリコーネは、ウィットに富んだ感性と匙加減で、ハラハラさせたり、くすぐったり、美しいメロディに感動させられたり、観る人の感性を揺さぶるのが神業です。サントラの録音が先で、音楽をかけて映画を撮影することもあったそうです。
これらの現象を「芸術」意外になんと表現する!と思いますが、当時は、まだ映画音楽は商業的で、芸術的地位が低く見られていました。モリコーネ本人も屈辱的に感じていたし、他の作曲家からも差別的な扱いを受けることもありました。生計を立てるために必要な仕事だったとは言え、何度も辞めたいと思ったそうです。(豆3)
ジャンルどころか、音楽という枠すら打ち破り、この世に存在するありとあらゆる音を駆使し、更には音による未知の表現も数々生み出しました。映画において、セリフ以外の全ての音をモリコーネがデザインしていると言っても過言ではありません。惜しまれながら2020年に亡くなりましたが、BGMや商業音楽だった映画音楽を芸術の領域まで引き上げた功績は大きく、その作品は今後も長く世界中の人々を魅了し続けるでしょう!
(豆3)受け売りがバレてしまいますが、公開中の映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』もとってもオススメなので、ご興味持たれた方は是非ご覧ください。
楽譜のご紹介
「ブレスユー」(アルソ出版刊)
編成:Flute&Piano、2Flute&Piano
価格:¥2,640(税込)
https://www.alsoj.net/store/view/FLBY.html?storecd=#.Y-5J-OzP3lx
映画『ミッション』より「ガブリエルのオーボエ」作曲:エンニオ:モリコーネ
「Gabriel’s Oboe」from 『The Mission』(Ennio Morricone )
編成:フルート、アルトフルート(またはフルート2本)、ピアノ
https://kokoroneshop.thebase.in/items/71382512
※3月発売予定!
演奏動画
アレンジの話
kokoro-Neの演奏は、Yo-Yo Maとのコラボ版のアレンジに近いです。「どっち(門井 or 大和田)がどっち(フルート or アルト)」みたいな所から始まってしまい、結局2パターン練習しました。
この曲は、メンバー各々には演奏機会が多々あるものの、 「そう言えば、kokoro-Neでやったことないね」と気付いたのがつい最近でした。その翌週には楽譜(初稿)が書けたのですが……
そこから大苦戦したのがピアノです。減衰音はピアノの魅力でもありますが、オケのロングトーンの重なりをそのまま楽譜にすると間伸びしてしまいます。かといって、8分や16分音符で分散和音にして隙間を埋めようとすると、2本の美しい旋律が台無しになってしまいます。やむをえず、最大でも4分音符で刻むに止めよう、と相当迷いながら音数を減らしました。
「シンプル過ぎるけど大丈夫かな……」という不安はつい昨日まであったのですが、映画でモリコーネの意図を知ることができて、「これで大丈夫」と太鼓判を押してもらった気になりました。アルトフルートがない場合は、2ndフルートで代用できます。取り組みやすく、様々な場面に馴染む曲なので、是非たくさん演奏してください!
演奏のアドバイス
(フルート:門井)曲自体は短いのですが、一音一音の熱量が高いですよね。フルートパートはヴィブラートの配分に気をつけています。オリジナルのオーボエは息が長く持つ楽器ですが、フルートはそうはいかないので……。ブレスは堂々と取りつつもフレーズがブツ切れにならないように気をつけましょう。
(アルトフルート:大和田)前回の『花のワルツ』同様、高音の「ミ(実音:H)」はこの指遣いが使えますが、次の「レ」に行く時にトリルキィがちょっと引っかかりやすいかもです。私の場合、前後の繋がりで高音の「ド(実音:G)」が高く浮き出てしまうので、正規の運指に加えて右手2、3、4も押さえています。
(ピアノ:田仲)ピアノの音数は少ないのですが、一音一音がとても大事になってきます。私はチェロを弾いている気分で音を出しています。直線的な出音にならないようにイメージをしっかり作って音を出してください。
お知らせ
kokoro-Ne Presents「フィギュアスケートの世界 Vol.3」開催!
大好評のフィギュアシリーズが4年ぶりに帰ってきます!
フルートで演奏される機会が少ない曲を、メンバー自身がアレンジから手がけたレパートリーをお届けしています。
もちろん、普段フィギュアスケートをご覧にならない方もお楽しみいただける曲ばかりです。ご来場お待ちしております。
[日時]2023年2月23日(木・祝)14時~
[場所]パウエル・フルート・ジャパン アーティストサロン“Dolce”(各線「新宿」より徒歩5分)
②読者プレゼント:「ガブリエルのオーボエ」kokoro-Ne Library版の楽譜をプレゼント
抽選で1名様にプレゼント!ご応募お待ちしております!!
[応募締め切り]3月10日(金)
※無料のアカウント登録が必要になります。
kokoro-Ne(ココロネ)プロフィール
門井のぞみ・大和田真由・田仲なつきによる、2本のフルートとピアノのトリオ。
クラシックで培った確かな技術と表現力を基に、色彩豊かなアレンジやハイレベルな演奏で好評を博している。
2007年結成当初より、ジャンルを超えたレパートリーに挑みながらも、リズムセクションや打ち込みなどを敢えて加えず室内楽トリオの可能性を追求し続けている。
TPOに合わせた演奏を得意とする一方、CD・楽譜・オリジナル作品の発表にも力を入れており、オーディエンスはもとより多くのプレイヤーからも支持を得ている。
・2009年 1st Album 「 kokoroーNe/ココロネ 」
・2013年 「 コンサートで使えるフルートデュエット曲集kokoro-Ne編 」(ドレミ楽譜出版社)初版以降も増刷を重ね、ロングセラーとなる
・2016年 2nd Album 「 Microcosmos 」
同収録のオリジナル曲「 ミクロコスモス 」楽譜出版
・2017年 楽譜出版「 kokoro-Ne Library 」を立ち上げ、これまでに30タイトルを超える楽譜を発表。続々と新作発表を控えている。
kokoro-Ne公式HP https://www.kokoro-ne.net/
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