フルート記事 Close up1 安田芙充央
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THE FLUTE vol.171

Close up1 安田芙充央

ARTIST

ジャズや現代音楽の分野で活動する音楽家の印象が強い安田芙充央さん。フルート音楽中心のレーベルを立ち上げることになった経緯や、この秋さっそくリリースされるアルバムについて、伺った。

作曲家でピアニストの安田芙充央さんが、フルートの音楽が中心となるCDレーベルPOURQUOI LABEL(プルクワレーベル)を立ち上げた。才能の発掘に努めていくという。これまでムラマツ・オリジナル・シリーズを通じてフルートの作品も多数作編曲してきたが、やはりジャズや現代音楽の分野で活動する音楽家の印象が強い安田さん。フルート音楽中心のレーベルを立ち上げることになった経緯や、この秋さっそくリリースされるアルバムについて、伺った。

 

出会いは素晴らしい偶然から

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さっそくですが、フルート音楽中心のレーベルを立ち上げることになったきっかけを教えてください。
安田
1989年に鳴上亜希子さんのCDを当時のNECアベニューというレコード会社からリリースしたのが、私がフルートと関わった最初でした。その時に思ったのは、当時フルートのCDはいわゆる有名曲ばかりがリリースされていて、選曲が画一的になる傾向があるということ。たとえば、タファネルとかゴーベールとか、いわゆるレッスンで習うような曲です。その成果を発表するというような感じですね。そればかりではあまり面白みがないな、と。そこで、ノン・ジャンルでレパートリー造りから始めました。
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当時、どんな曲をラインナップしたのでしょうか?
安田
普通はフルートではやらないスクリャービンとか、アメリカのフォークソング、ジェームス.P. ジョンソンのラグタイムから、ジャズのウェイン・ショーターまでフルート用にアレンジしました。これがとても面白かったんです。
エンターテインメントとしてのフルートアルバムを目指したのは、当時としては、新しい作り方だったと思っています。その後、ご縁があって1994年からムラマツ・フルートのムラマツ・オリジナル・シリーズの作編曲を年に2回、3曲ずつ担当することになりました。もう25年やっていることになりますね。今では、曲数は通算で126曲になります。そして、1年に一度、その楽譜を元に模範演奏としてCDを録音しています。音源もかなりの数になるはずで、気がついたらずいぶん深くフルートと関わっていた……というのが経緯なんです。
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この秋に、まず2つのアルバムリリースを予定されているそうですね。
安田
はい。萩原貴子さんと若林かをりさんの作品です。
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お二人とは、どんなご縁で?
安田
萩原さんには、ムラマツ・オリジナル・シリーズの録音をお願いしているんです。私がピアノを担当しています。もうお付き合いは15年になります。彼女の演奏を聴いていつも感じるのは、すごい演奏家だなあということ。フルートという楽器を越えた表現力のアーティストだと思っています。
若林さんとは、2015年のある日、なにげなくSNSを見ていたら、とても先鋭的な現代音楽をやっているフルーティストがいて……思わず賞賛のコメントをしたんです。曲はシャリーノだったと思います。そうしたら返信が来まして、高校生の頃、実は私のムラマツの楽譜のファンだったとおっしゃいました。そして、私の曲を作曲家・ピアニストで彼女の伴侶でもある若林千春さんとデュオで演奏した音源を送ってくれたんです。その演奏が素晴らしかったので、これは私の作品でCDリリースをぜひお願いしたいなと思いました。彼女との出会いは本当に素晴らしい偶然でしたね。

遅咲きから一気に駆け抜けた、異色の経歴

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お二人がリリースするのは、それぞれどんな作品になりますか?
安田
萩原さんのほうは、オペラファンタジーの作品集です。作編曲は私が手がけました。私としては、「これぞ」という決定版のようなものを作りたくてラインナップしましたが、萩原さんのやりたいものをこれからもやっていこうと思っています。アーティストがこれだと思うものは、遠慮することはない。後でやりましょうと言っていると、人生が終わっちゃいます(笑)。やりたいときにどんどんやれなければ意味がないですからね。
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若林さんのアルバムは、現代曲なのかと思ったら違っていて……ちょっと意外な曲集でした。
安田
そうなんですよ。芸術祭の新人賞を受賞して、現代曲のプロジェクトをやったり、その分野の第一線で活躍していて……そんな彼女がこういう曲集を出すのは、タイミングとしてはどうかと何度もご本人に確認しました。結論からいうと、「私は現代音楽は好きだけど、そうでないのも好きなんです」ということでした。そうであれば、シャリーノを演奏する一方でチムチムチェリーもあり、という彼女の側面を楽しんでもらえるんじゃないかと思いましたね。こちらも私が作編曲を手がけていて、ピアノは若林千春さんです。
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安田さんご自身は、少々異色の経歴をお持ちですね。
安田
17歳ではじめてピアノを始めました。非常に奥手です。そして19歳まで先生について2年間ピアノを習いました。あとは独学です。
おそらく(というか絶対)ピアニストにはなれないだろうから、という周囲の意見で国立音楽大学の作曲学科に入りました。当時は現代音楽が流行っていて、前衛なんて言葉もまだ現役でしたね。卒業しましたが仕事もなく、作曲しようにもどうしても当時主流のセリーを中心とする音楽が好きになれず、ジャズピアニストに転向しました。高柳昌行さんというすごい前衛のフリージャズのギタリストのグループに入れていただき、大いに揉まれました。
30代はジャズばかりやっていて、40代に入ってからはスタジオ・ミュージシャンとしていろいろなレコード会社の仕事をするようになりました。錦織健さんとかディズニーの作品集とか……メジャーレーベルで扱うアレンジをいろいろ手がける中で、スタジオレコーディングワークの方法論を身につけたんです。
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17歳から始めたピアノの才能が開花して、いろんなことを吸収しながら一気に駆け抜けた感じですね。
安田
ところが、40半ばで、“音楽職人”として活動しているだけで自分は満足なのか、という気持ちが湧いてきました。そんなときに写真家の荒木経惟さんと知り合い、彼の映像作品の音楽を担当することになり、アートとは何かということを学びました。その結果、スタジオワークはやめて、純粋にアートとしての音楽をやろうと考えたんです。
しかしアートは全然収入にはならないし、また当時、日本のレコード会社にそういう音楽を持って行っても、リリースには結びつかない。そこで、世界のCD会社にデモテープを送り、ドイツのWINTER & WINTER RECORDSと出会いました。先鋭的なアート作品中心に運営しているとてもユニークな会社でした。結局そこで、リーダーアルバムを18枚作ることになりました。
幸運なことに、その後ヨーロッパやアメリカの素晴らしいミュージシャンとたくさん仕事をする機会に恵まれました。彼らはソリストとしても、共演者としてもすぐれている上に、作曲もでき、インプロヴィゼーションの達人ばかりでした。プルクワ・レーベルの基本のアイデアはこのあたりにあります。
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プルクワレーベルでは今後のラインナップとして中川昌三さんなども予定されていますが、将来的にどんなところを目指していますか?
安田
中川昌三さんは現代音楽、ジャズの演奏を究めた方で、ますますその世界を世に問うていただきたいと思います。アコースティック・ベースなども入れて作ったら素晴らしいのではないか、というアイデアもあります。
あとは鳴上亜希子さん。介護などのために長らく引退されていたのですが、20年ぶりにまた一緒にレコーディングをしました。ブランクが20年もあって、それでいて一から新鮮な味わいのCDを出すって、いいと思いませんか? 他の作品とはまたコンセプトが違い、自然体のフルートです。追い立てられないリラックスした感じで、聴いていると気持ちがよくなる、そんな作品です。
演奏家にはそれぞれの個性、魅力が必ずあります。ジャンルにとらわれない魅力的なレパートリーを、演奏家の方々と共に作りたい。レーベルと演奏家の共同作業で、魅力的な録音を重ねていきたいですね。

CD information
好評発売中!

 

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若林
「MY FAVORITE SONGS」
Kaori Wakabayashi plays Fumio Yasuda
POUR-1002
演奏:若林かをり(Fl)、若林千春(Pf)
作曲・編曲:安田芙充央
曲目:マイ・フェイヴァリット・シングス(リチャード・ロジャース/安田芙充央編曲)、 虹の彼方に(ハロルド・アーレン/安田芙充央編曲)、チム・チム・チェリー (R.M.and R.B.シャーマン/安田芙充央編曲)他
 
荻原
「SUPER OPERA FANTASY」
萩原貴子with安田芙充央
POUR-1003
演奏:萩原貴子(Fl)、安田芙充央(Pf)
作曲・編曲: 安田芙充央
曲目:ネッスンドルマの主題によるファンタジー(安田芙充央)、ラ・ボエームによるオペラファンタジー(安田芙充央)、ミニヨンの主題によるグランド・ファンタジー(タファネル/安田芙充央編) 他
 
Profile
安田芙充央
安田芙充央
やすだ ふみお
作曲家・ピアニスト。1953年東京生まれ。国立音楽大学作曲学科卒業。 1983年日本のアバンギャルド・ジャズの中心人物であったギタリスト高柳昌行のアングリーウェイヴスにジャズ・ピアニストとして参加、インプロヴァイズド・ミュージックを中心に活動を開始する。現在はコンポーザー・ピアニストとしてドイツ・日本を拠点に活動。 写真家・荒木経惟氏とのコラボレーション / Arakinema (1995年~)、オペラの作編曲・翻案「Der Kastanienball」(ミュンヘン・オペラ・フェスティバル 2004にて初演)など、新しい試みにも挑戦し続けている。1994年よりムラマツ・フルートの刊行する楽譜「Muramatsu Original Series」にフルートとピアノのための楽曲を連載(2019年時点で通算126曲)。


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