ジャズテナー名曲・名演 SELECT 10
今回は表紙&Cover Storyの「BLUE GIANT」とも関連して、第2特集ではジャズテナーにスポットを当てる。まずは星の数ほどあるスタンダード曲から、比較的テナー奏者に好まれる、そしてテナーサックスが映えそうなナンバーを厳選して10曲ご紹介しよう。(選曲・文:原田和典)
1.『Danny Boy(ダニー・ボーイ〜ロンドンデリーの歌)』
ベン・ウェブスター
「KING OF THE TENORS」
(Verve 519806)
昭和期の日本でいちばんの知名度を誇った外国人テナーはサム・テイラーだろう。別名“ムード・テナーの帝王”、スタンダード・ナンバーから演歌まで様々な曲がサム節になった。そのサムに強い影響を与えたのが、このベン・ウェブスター。サブトーンの駆使による歌い上げるような表現は、テナーが生み出すある種のロマンの究極といっても過言ではない。アイルランド産のバラード『ダニー・ボーイ』をベンとサムの演奏で聴き比べた時、“ムード・テナー”と“テナーによるジャズ・バラード”の境界線も感じられるはずだ。
2.『Softly,As In A Morning Sunrise(朝日のようにさわやかに)』
ソニー・ロリンズ
「ヴィレッジ・ヴァンガードの夜」
(ユニバーサル ミュージック UCCQ-9415)
1928年、ミュージカル「ニュー・ムーン」のためにシグムンド・ロンバーグが作曲。61年にジョン・コルトレーンのバージョン(テナーではなくソプラノを演奏)が録音されたあたりから俄然、モーダルな解釈が増えたように感じるのは筆者だけか。56年のアル・コーン(「コーン・オン・ザ・サキソフォン」)、そしてこの57年のソニー・ロリンズの演奏は、この曲が実は美しくロマンティックな楽想を持っていたことをしっかり伝える。とくにロリンズの解釈は、“ピアノレス状態における飽きさせないアドリブ展開の例”としても良き教材になりそうだ。
3.『Body And Soul(身も心も)』
ジョン・コルトレーン
「コルトレーン・サウンド(夜は千の眼を持つ)」
(ワーナーミュージック・ジャパン WPCR-29009)
1930年に、作曲家のジョニー・グリーンが女優・歌手ガートルード・ローレンスのために書いた。“テナーの曲”として認知されるようになるのは39年にコールマン・ホーキンスが決定的名演を残して以降のことで、58年にはホーキンスを敬愛するソニー・ロリンズがこの曲を無伴奏ソロでレコーディングしている。ジョン・コルトレーンは、ホーキンスの“低域重視/ゆったり/息の音を大きく混ぜる”奏法と対照的な“高域重視/素早く/シャープな発音”で演奏、しかも大胆にリハモナイズ(ハーモニーの刷新)を施した。
4.『ナイト・アンド・デイ』
スタン・ゲッツ
「スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス」
(ユニバーサル ミュージック UCCU-5586)
1932年にミュージカル「陽気な離婚」のために、コール・ポーターが作曲。テナー奏者にも好まれていて、ソニー・ロリンズ(「ザ・スタンダード」)、モーダルに染め上げたジョー・ヘンダーソン(「インナー・アージ」)も目の覚めるような快演だった。レスターを敬愛するスタン・ゲッツにとっても愛奏曲のひとつであり、いくつものレコーディングが存在しているが、ビル・エヴァンス、ロン・カーター、エルヴィン・ジョーンズと組んだ当バージョンこそ、スリルと歌心が高レベルで融合したトップクラスの名演に数えたい。
5.『レスター・リープス・イン』
バディ・テイト、アーネット・コブ、エディ“ロックジョー”デイヴィス、コールマン・ホーキンス
「ヴェリー・サクシー」
(ユニバーサル ミュージック UCCO-9829)
ごついコールマン・ホーキンス、しなやかなレスター・ヤングがモダン・ジャズ以前のテナー界で圧倒的な光を放った。レスターはホーキンスより5歳下だが、10年早く世を去った。これはレスター他界の1か月後に、御大も含む“ホーキンス派”4人が、故人の代表曲『レスター・リープス・イン』に取り組んだトリビュート的な演奏。レスターとは異なる芸風を持つ凄腕たちが、亡きテナー仲間に向けた会心のパフォーマンスだ。と同時に、各奏者の“循環コード”(英語ではリズム・チェンジ)に対する捉え方もうかがうことができる。
6.『Flying Home』
イリノイ・ジャケー
「FLYING HOME:THE BEST OF THE VERVE YEARS」
(Verve 521644)
イリノイ・ジャケーは10代の頃からライオネル・ハンプトン楽団の花形テナーだった。中でも代表曲『フライング・ホーム』における、音をひずませるようなソロは、いわゆるホンカー(リズム&ブルース系のサックス奏者)にも大きな影響を与えた。ここで紹介するのは独立後に録音された、『フライング・ホーム』の再録版。ハンプトン版とは比べものにならないほど豊かなソロ・スペースを使って、テナーの持つワイルドな一面を徹底的に伝えてくれる。この影響下にキング・カーティスもクラレンス・クレモンズもいるのだ。
7.『You Don’t Know What Love Is(恋の味を御存知ないのね)』
チャーリー・ラウズ
「ヤー!」
(ソニーミュージック SICP-4038)
1941年、映画のためにドン・レイが作曲したものの、当初はボツに。紆余曲折あった曲だが、テナーマン好みなのか、ソニー・ロリンズ「サキソフォン・コロッサス」、ジョン・コルトレーン「バラード」、ブッカー・アーヴィン「ヘヴィー!」等、どれも奏者の個性がたっぷり注ぎ込まれた印象的な解釈である。が、ここではあえてチャーリー・ラウズを推したい。セロニアス・モンクと別行動をしている時の彼は、こんなにニュアンスに富む、うるわしいプレイをする奏者だったのだ。なんて素敵な音色なのだろう。録音の良さも称賛したい。
8.『Blues Up And Down』
ジーン・アモンズ、ソニー・スティット
「ボス・テナーズ」
(ユニバーサル ミュージック UCCU-8198)
ごついアモンズ、しなやかなスティットといえばいいか。ただしフレーズやリズムへの乗りは、どちらもレスター・ヤングから大きな影響を受けているように感じられる。このコンビは1950年に『ブルース・アップ・アンド・ダウン』をヒットさせたが、ここで紹介するのは、より録音が良く、アドリブも長い61年の再録バージョン。映画「BLUE GIANT」におけるジャズ喫茶のシーンでスティットの名前を初めて知った人にも、ぜひおすすめしたいし、“ブルース・コードにおけるおいしいテナー・フレーズ”もてんこ盛りだ。
9.『Invitation』
マイケル・ブレッカー、ボブ・ミンツァー
ジャコ・パストリアス「バースデイ・コンサート」
(ワーナーミュージック・ジャパン WPCR-28034)
ブロニスラウ・ケイパーが1950年の映画「ア・ライフ・オブ・ハー・オウン」のために作曲。コルトレーン(「スタンダード・コルトレーン」)、ジョー・ヘンダーソン(「テトラゴン」)、デクスター・ゴードン(「サムシング・ディファレント」)等もいいけれど、テナー・バトルの興奮も加味されて、どうしようもなく盛り上がるのは、やはり当バージョン。マイケル・ブレッカーの超人ぶりは百も承知だと思うが、ボブ・ミンツァーがまた超絶的に燃え盛る。どちらかというとアレンジャーとしての評価が高めのミンツァーの、テナー吹奏を再評価したい。
10.『Impressions』
スティーヴ・グロスマン
「ライヴ・アット・ザ・サムデイ Volume 1」
(THINK! RECORDS THCD-338)
モートン・グールド作『パヴァーヌ』とマイルス・デイヴィス作『ソー・ホワット』をマッシュアップしたような曲調。ピート・ラロカ作『ホワイ・ノット』と記されているケースもあるものの、一番浸透しているのは“ジョン・コルトレーン作『インプレッションズ』”というクレジットだろう。コルトレーンは61年から65年までこの曲を演奏したが、スティーヴ・グロスマンは“着実なコルトレーン研究の跡+ロリンズ直系の音色のぶっとさ”で怒涛のブロウを繰り広げる。「BLUE GIANT」第7巻には、宮本大がこの曲をプレイする場面も登場する。