トルヴェール・クヮルテット @シモクラドリーム コンサート2019
御茶の水楽器街の老舗「下倉楽器」が、毎年ゴールデンウィークに開催する恒例「ドリームコンサート」。イベントの様子をレポートした。
ゴールデンウィーク恒例のシモクラドリームコンサートで今年も堂々トリを務めたトルヴェール・クヮルテット
[演奏曲目]G.ホルスト/長生淳:トルヴェールの《惑星》より「木星」、J.リヴィエ:グラーヴェとプレスト、M.シャーウイン/彦坂眞一郎:バークレースクエアのナイチンゲール、F.マーキュリー/磯田健一郎:ボヘミアン・ラプソディ、A.L.ウェーバー/宮川彬良:私が愛したロイドウェーバー
御茶の水楽器街の老舗「下倉楽器」が、毎年ゴールデンウィークに開催する恒例「ドリームコンサート」。トルヴェール・クヮルテットは、20年を超えて続くこの企画の、最初の頃からの常連である。もともとは、管楽器を学ぶ若き学生のためにクリニックやミニコンサートなど多彩なアイデアを盛り込んだ「音楽文化祭」的なスタイルでスタートしたこの企画は、現在では金管、木管、そしてサックスという三分野それぞれの俊英たちを集めた、文字通り「夢のような」コンサートというスタイルに定着している。そのオオトリをつとめるのはトルヴェール・クヮルテット。令和元年の記念すべき企画となった今年も、同様である。今や日本を代表するサックス四重奏団として押しも押されもせぬ大名跡となっている彼らを、下倉楽器は若いころから応援してきた。2018年には30周年を迎えたサックスの吟遊詩人(トルヴェール)たちがたどってきたさまざまな歴史を、下倉楽器は共に歩んできた……といってもいいかもしれない。還暦(60年)で一回りするのが人生だとすれば、ちょうどトルヴェール・クヮルテットはその半分の折り返し点を過ぎたことになる。しかも、折から新元号「令和」発効直後の記念すべきコンサートとなる今回は、別掲のようにわずか5曲ながら、まさにその30年の歴史を存分に味わえるような、中身の濃い演奏会だった。 幕開けの『木星』では、まさに彼らにしかできない独特の世界観を存分に披歴。グスターブ・ホルストの華麗な管弦楽組曲を、サックス4本とピアノという5パートのシンプルな構成ながら、独創的かつダイナミックに解体/再構築した鬼才・長生淳の腕前の冴えは今さら言うまでもないが、何回も(いや、おそらくは何百回も?)再演してきた彼らは、このスペシャルアレンジに飽きることなく毎回新しい光を当てる。4本のサックスと1台のピアノが、それぞれが時にピッチャーとなったかと思うとキャッチャーになり、ある時はバッターに変身して、「音」というボールを自在に操り、聴く人の脳髄を、異次元の「惑星」ばかりで構成された別の「太陽系」に誘う……それが「トルヴェールの《惑星》」を聴く喜びではあるのだが、この日の『木星』は、現在録音で聴くことができる同曲の演奏とは比べ物にならないほどスリリングな味わいに溢れていた。
かくて、トルヴェールならではの世界観で観客の心をつかんだ直後に、当代のサックス吹き(会場の9割近くは、サックスを吹いている人たちのようだった)なら誰でもご存じの名曲『グラーヴェ~』を、これまたトルヴェールならではの繊細でスリリングな表現力で、陰影濃く描き切る。目の前に広がるのはおなじみのはずの音列なのに、不思議に初めて耳にするような新鮮さに溢れているのだ。これが、還暦の半分を過ぎた「折り返し点」における、彼らの底力なのだろう。続く『バークレースクエア~』は言わずと知れたジャズのスタンダードナンバーだが、ジャズやポップスへの表層的な理解しか感じられない演奏が多い中で、それらの分野への深い理解と愛着に満ちた、丁寧な演奏が素晴らしかった。決して超絶技巧がないわけではないのだが、全体を通して伝わる不思議な「静謐さ」は、別項(P91)の雲井雅人サックス四重奏団の「静謐さ」と好一対をなすもの……と感じられた。
そして、『ボヘミアン・ラプソディ』は、もちろんあの映画の大評判を受けての選曲だろうけれど、彼らにとっては四半世紀も前にリリースしたアルバム「イノセント・ドールズ」からのリブート。早々とサックスでこの楽曲に挑んでいた「先見の明」……などはおそらく彼らにとってはどうでもいいことだろう。フィナーレを飾ったロイド・ウェーバー作品のメドレーにも共通するのは、ただひたすらに、5人のトルヴェールたちが音楽を奏でる歓びをお互いに交換し合っている様子。その歓びだけが、生き生きと伝わってくるのだ。先ほどは野球に例えてみたけれど、このヴィヴィッドな感じは野球よりもサッカー、あるいは人数的な比喩を正確に言うなら、フットサル、に近いかもしれない。あと30年、「還暦」を迎えるまで、音というボールをみんなでつつき回して遊び惚けて、我々を刺激し続けて欲しいものである。(文:埜田久三朗)
イベントの一環でトルヴェールのメンバーが選定した楽器を購入したお客様との記念撮影会も行なわれた。
下倉楽器 御茶ノ水店
http://www.shimokura-gakki.com/honten.html
シモクラドリームコンサート2019
http://www.shimokura-wind.com/dream2019/190505.html
トルヴェール・クヮルテット
Trouvère Quartet
1987年に須川展也(Ss)、彦坂眞一郎(As)、新井靖志(Ts)、田中靖人(Bs)により結成。2017年には神保佳介祐(Ts)が加わり、結成30周年を迎えた世界トップレベルのサクソフォン四重奏団。「個性と融合」をコンセプトに、コンサートではサックスのためのクラシカル作品から、トルヴェールならではのオリジナル編曲作品までを展開。ピアノの小柳美奈子も加わってのボーダレスな活動内容が、幅広い層に圧倒的な支持を得ている。その音楽性と驚異的な技巧によるアンサンブルが、世界最高峰のサクソフォン四重奏としての評価をゆるぎないものとしている。