サックス記事 雲井雅人 ビュッフェ・クランポン“Prodige”を語る
  サックス記事 雲井雅人 ビュッフェ・クランポン“Prodige”を語る
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雲井雅人 ビュッフェ・クランポン“Prodige”を語る

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その抜群の音色感と豊かな音楽性からプロ・アマ問わず多くのサクソフォニストを虜にする、「プロが憧れるプロ」雲井雅人氏。クラシカル・サクソフォンのトップランナーとしてこれまでサックス界を牽引してきた氏は同時に、数多くの楽器を所有していることでも知られている。そんな氏が現在愛用する楽器がビュッフェ・クランポンの“Senzo(センゾ)”である。クラシカル・サクソフォンの世界において一目置かれるその極上の音色は、ビュッフェ・クランポンの独壇場であろう。そんな同社が2023年に満を持して発売した新機種が“Prodige(プロディージュ)”だ。この製品の実力のほどとは——。この度、雲井氏に試奏していただいた。

 

雲井雅人 Masato Kumoi
中学でサクソフォーンを始め、国立音楽大学を経てノースウェスタン大学大学院修了。第51回日本音楽コンクールおよび第39回ジュネーヴ国際音楽コンクールで入賞した。1984年、リサイタル・デビュー。以来ソロ、サックス四重奏、オーケストラ内の奏者として活動している。17年、国立音楽大学オーケストラとドビュッシー「ラプソディー」を共演。20年、大阪フィルハーモニーとトマジ「バラード」を共演。国立音楽大学法人理事・特任教授、相愛大学客員教授。「雲井雅人サックス四重奏団」主宰。

「本当のビュッフェ・クランポンの楽器」

プロディージュを吹いてみた率直な感想はいかがでしょう?
雲井
これは「本当のビュッフェ・クランポンの楽器」だなと感じました。クラシカルな格調高い空気感をまとっていて、僕の好きなクランポンの音色が最初から出てくれます。あたたかくて柔らかい感じで溶け込みやすいから、吹奏楽で使ったらクラリネットや他の楽器とのアンサンブルでハモれるのではないかな。
同じクランポンのSenzoもそうですが、低音域までしっかりといい音がするんです。これは他の楽器にはあまり見られないんじゃないでしょうか。最近の曲は高音域ばかりで、どこまでフラジオが出るかという勝負になっている。そこには与していないように感じます。昔の曲ってね、低い音域をよく使うんですよ。例えば……

♪〜(ドビュッシー『アルト・サクソフォンと管弦楽のためのラプソディ』、イベール『コンチェルティーノ・ダ・カメラ』を吹く雲井氏)

雲井
低い音から始まる曲が多いですよね。あと、これとか……

♪〜(ビゼー『「アルルの女」より メヌエット』のオブリガード部分を吹く雲井氏)

雲井
これは、オケの中で吹くときに一番嫌なところなんですよ。フルートの裏で吹いているのですが、どう吹いても指揮者から「サックスもっと小さく」と言われる。「これ以上小さくできない」って思うんだけど、「もっと小さく」って言われる。これって、音量の問題ではなくてもう音色の問題なんですよね。そういう場面でも、この楽器は活きると思います。
 

いい吹き方に応える「いい音」

吹奏感ではいかがでしょうか?
雲井
サックスにとって嫌なところ「開放のド♯と半音上のレ」が、この楽器はとても音程がいい。ジャズの人で、ここの音程が悪い人ってあまりいないけど、特にクラシックの人はタイトな吹き方になりがちだから、音程の癖がもろに出てしまう。それを指使いでその都度ごまかしている人が多いというのが僕の意見なんだけど(笑)。ここに問題がないのは楽器としてとても重要な利点ですね。
息が入りやすくなっているとお訊きしたのですが、いかがでしょうか?
雲井
息が入りやすいっていう表現は正確ではないんじゃないかな。なんて言えばいいか……パッと音が出るのではなくて、ちゃんと“ため”があるというか、息を受け止めてくれる感じですね。表現をする余地があるから、自分の表現に幅を持てる。「こんにちは」と言ってドアを開けたらすぐ裏庭だった、みたいなつまらなさはなくて、味わいや奥行きがあるという感じでしょうか。いい吹き方をすれば、ちゃんといい音が出てくれる。だから逆に、固い吹き方をするといきなり初心者の音になっちゃう。

♪〜(雲井氏による固い吹き方の実演)

なるほどまったく違いますね(笑)。では、楽器を始めたばかりの初心者にはどうでしょうか?
雲井
向いているのではないでしょうか。始めたばかりの段階ではどの楽器を使ってもあまり変わりはないけど、上手になるとすごくいい音が出てくるようになる楽器だと思います。
自分の上達が見えやすいという意味では、これから楽器を始める人にも向いているように感じますね。
雲井
えぇ、そうですね。教える先生が思う「いい音」がどのようなイメージなのかにもよりますが、これがいい音だと先生が言ってくれるから、「あぁ、これがいい音なのか」と生徒は知って上達できるものですからね。ちゃんといい吹き方をすればいい音が出る。ビュッフェ・クランポンではそのコンセプトが貫かれているのでしょうね。
 

その時こそが「正解の表現」

このProdigeは、同じビュッフェ・クランポンの「Senzo」の設計を元にしているそうです。音色の傾向は近しいものがあるのでしょうか?
雲井
明らかに近いと思います。Senzoの方が、世の中のことをより深く知っているみたいな、精神年齢が高い感じ。その点、Prodigeの方はまだそこまでは鍛えられていない感じです。まぁでも、子どもにもいろんな子どもがいますからね(笑)。もちろん違う点もありますが、それが悪いということではなく、違う人ではあるけどそれも個性ですから。
ちなみに、強いて言うならどんな子どもでしょうか?
雲井
そんなに騒ぐ子ではなく、なにか考えている賢そうな子ですね。音に伝達性や浸透力があって、少しエッジもありますからね。
以前、東京佼成ウインドオーケストラのサクソフォン奏者である松井宏幸さんにもProdigeの試奏をしていただいたのですが、松井さんはクランポンの銘器、“Prestige(プレスティージュ)”に通ずるものを感じたそうです。
雲井
つまり、“ビュッフェ・クランポンのサックス”ということですよね。ビュッフェ・クランポンの楽器は、独自の設計を持っています。もともとクラリネットを多く作っているメーカーだから、オーケストラの音を知っている人たちがそろっているのだろうと。実際に会ったことはありませんが、サックスの部門でもそうだろうと思います。だからきっと、譲れない音色があるのでしょう。自分たちの本来求めている伝統的な音というのでしょうか、それをきちんと継承しています。ビュッフェ・クランポンのクラリネットを使っている人は多いじゃないですか。それはやっぱり皆さん“ビュッフェ・クランポンの音”が好きだからだと思いますよ。
魅力を感じているからこそ、ということですね。
雲井
自分の音が好きだったり、いいなと思っているときって、ただ音符を吹いているだけなのにすごくいい表現になっていくんですよね。表現というものを「何か付け加えること」だと思っている人がよくいますけど、そうすると偉大な音楽家には「もっとシンプルにやりなさいよ」って言われてしまう。いい音で吹けているときはまさにシンプルなんですよね。オケの中でクラリネットがもうね、ただ淡々とゆっくり伸びているときとかすごく魅力的。作曲家がクラリネットの能力、奏者の能力を信頼して書いているいいメロディですよ。サックスはもっとやれ!ってなっちゃうから、割とそういう経験が少ないんですよね。
だけどこのProdigeやSenzoは、そういうクラリネット的な良さを持っている。僕の感触としてはこの楽器を吹くと、オケの人は「おっ!?」と思ってくれる。クラリネットの武田(忠善)さんもこの音がいいって言ってくれますね。
そう言えば、クラリネットでも“Prodige”という名前の楽器を発売していますよね。あれも、音域は1オクターブと狭いですが管体はグラナディラ製で、本物のクラリネットの音がします。少し変わったことをしているように見えて、“音色”という点で一本筋が通っている。このシリーズのコンセプトは、そういうところなのかもしれません。
ビュッフェ・クランポンの楽器の魅力はどういったものでしょうか?
雲井
ちゃんとした答えになるか分かりませんが、単純なメロディを吹いたときに、そのメロディの中に隠されていたニュアンスが自然とにじみ出てくるような感じですね。僕はそれにやられました(笑)。作ってやろう、表現してやろうとかではなくて、ちゃんと楽器が分かっているということを僕は感じています。さっきも言ったけれど、自分の音が「いいな」と思っているときの表現って、それが正解の表現だと思うんですよね。言われたことを守っているとか、アナリーゼしたことに従っているだけとかじゃなくて、プラスアルファで何かがあるのだと思います。
吹いていると、自分も意識していないような表現が出てくる?
雲井
そうなんですよ。こんなに良いメロディだったのか、とか、自分の内面を楽器は受け止めてくれるのかなって。
 

サックスの“いい奥行き”をこの価格帯で実現した楽器

例えば、現代音楽よりも少し古い時代の曲を吹くときはビュッフェ・クランポンの楽器が合うのでしょうか?
雲井
サックス界というのは、なんか「前に進まなければならない」という使命感のようなものがある。後発のクラシックだからこそ突っ張って頑張らなきゃいけない、と。進もうという意志が強すぎるんですね。音楽の需要を考えると、落ち着いて深く聴ける曲が多いじゃないですか。でも、サックス界はそのパーセンテージが他と違っている。僕も昔は現代音楽ばかりやっていましたが、最近は自分が納得できるような曲を探して吹いていこうと、そういうふうにシフトチェンジしつつあります。
アマチュアでもそういう曲が好きな人は多いですよね。
雲井
そう。だから、一回吹いてみてほしいですね。このProdigeなり、Senzoなりを。多くの人が一回触れるべきです。
吹奏楽などで吹いている人みんなにおすすめできそうですね。
 
雲井
でも、買わない理由もあるんですよ。吹奏楽には「同じメーカーで全部そろえればいいじゃん」みたいな信仰があるから。例えば全員セルマーで〜、ヤマハで〜みたいに。そこにビュッフェ・クランポンが入るとなんか変になるんじゃないか、もしかしたら浮いてしまうかも分からない……みたいに言う人がいるんだよね。でも、まず一度試してみてほしいです。いろんな音色があっていいと思うので。ハーモニーのためにもいいですし、他の楽器とのとけあいもすごくいいと思いますよ。どこかの吹奏楽部が取り入れてくれないかなと思いますね。
 
アンサンブルもしやすそうですね。
雲井
そうだと思います。アンサンブルのときに大事なのは、自分がファーストの音かセカンドの音かを決めながら吹くこと。目立つ意志を持っていくときにちゃんとソロができていればいいのですが、その意志を持って吹かないのに飛び出していったら困りますからね。Prodigeは、ここで目立とうと思ったときにちゃんと応えてくれる。サックスらしく、ちゃんと吹くことができるでしょうね。これでこの価格帯なの? もっと高く売ってもいいのに(笑)。
ジャンルで言うと、どちらかというとクラシックでしょうか?
雲井
まあそうですね。でも、僕はジャズの人のことはよく分からないけど、ジャズの人も面白がるんじゃないかな。サックスはどちらかと言えばジャズやポップスが主戦場ですが、もっとジャズでもビュッフェ・クランポンの楽器を使う人がいてもいいのにと思います。

♪〜(雲井氏による実演)

吹き方で本当に音色が変わりますね。
雲井
僕は長年ずっとヴィンテージの、もう100年以上前の楽器を吹いていたわけですよ。ビュッフェ・クランポンの初期のモデルも持っているし、アドルフ・サックスやその息子が作った楽器も吹いている。そういうのは、いわば未発達な楽器なんです。それを昔のプレイヤーは自分の柔軟性で補って吹いていた。新しい楽器を出すたびに、音程がよくなったとかなんとか謳われていますけど、それはむしろ表現の幅が狭まったんじゃないかなと。昔の楽器でも、吹く人が吹けばすばらしい音が出ますから。あんまり誰も言いませんが。
例えばクラリネットはずっと昔から変わらない定番の名曲があって、繰り返し演奏されていますよね。それは、クラリネットという楽器の本質がずっと変わらないから。オーケストラの中の楽器だから、急に変わったらオケの曲がおかしくなっちゃうわけです。対してサックスの場合はどんな進化を遂げようともあまり誰も困らない。だからどんどん鋭くて大きい音が出るように進んでいっちゃった。今は少し戻ってきているように感じますけどね。そういう点でも、このProdigeはこの価格帯でいい奥行きを持ってくれています。
ありがとうございます。

 


 

Prodige プロディージュ
【価格】¥286,000(税込)
【仕様】管体・キィ:真鍮、ライトゴールドラッカー塗装





©DenisGliksman
 
登場するアーティスト
画像

雲井雅人
Masato Kumoi

国立音楽大学を経てノースウェスタン大学大学院修了。第51回日本音楽コンクールおよび第39回ジュネーヴ国際音楽コンクールで入賞した。1984年東京文化会館小ホールでリサイタル・デビュー。2012年ハンガリー・ソルノク市立交響楽団、2013年「香港国際サクソフォン・シンポジウム」、2014年「シンガポール木管フェスティバル」などで協奏曲を演奏。2016年インディアナ大学にてオーティス・マーフィー教授のサバティカルリーブにともなう客員教授を務める。2017年アメリカ海軍ネイビー・バンドのサクソフォン・シンポジウムに招待されて演奏とマスタークラスを行う。同年、準・メルクル指揮、国立音楽大学オーケストラとドビュッシー「ラプソディー」を共演。2018年NASA(北アメリカサクソフォーン評議会)に雲カルとして招待され演奏とマスタークラスを行なう。2005年と2014年「サイトウキネン・フェスティバル in 松本」に参加。
ソロCDに「サクソフォーン・リサイタル」、「ドリーム・ネット」(バンドジャーナル誌特選盤)、「シンプル・ソングズ」(レコード芸術誌特選盤)、「アルト・サクソフォーンとピアノのためのクラシック名曲集」、「トーン・スタディーズ」(レコード芸術誌特選盤)、「ラクール:50のやさしく段階的な練習曲」、「リベレーション 我を解き放ち給え」などがある。雲カルCDに「ソングス・フォー・ザ・カミング・デイ」、「マウンテン・ロード」、「むかしの歌」、「レシテーション・ブック」、「チェンバー・シンフォニー」などがある。大室勇一、フレデリック・ヘムケの各氏に師事。
「雲井雅人サックス四重奏団」主宰。国立音楽大学教授、相愛大学客員教授、尚美学園大学講師。

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