サックス記事 クロード・ドゥラングル サクソフォンの伝統と革新を体現したリビング・レジェンド
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THE SAX vol.59 Cover Story

クロード・ドゥラングル サクソフォンの伝統と革新を体現したリビング・レジェンド

30年以上の長きに亘り世界のサクソフォン界の最前線を走り続け、もはや生ける伝説とも呼べる巨匠クロード・ドゥラングル。去る 3/15〜4/14 の期間で開催された「東京・春・音楽祭」で2つのコンサートに出演するために来日した彼に、久々のインタビューを敢行した。聞き手には彼の弟子でもある大石将紀氏という豪華顔合わせで、和やかかつ熱いトークが繰り広げられた。
(インタビュー・文:大石将紀 / 写真:土居政則 / 協力:株式会社アクタス / アシスタント:伊藤あさぎ)


伝統を伝えてくということは「伝統を永続的に現代化しなおす行為」

大石将紀
(以下 O)
先生がパリ国立高等音楽院の教授になられて、もうずいぶん経ちますね。
クロード・ドゥラングル
(以下 D)
そう、もう四半世紀になります。
O
四半世紀! 先生はパリ音楽院サクソフォン科の初代教授だったアドルフ・サックス、そしてその後を継いだマルセル・ミュールとダニエル・デファイエの後継者になるわけです。そんなサクソフォン界では世界一古い伝統を持つポストにありながら人一倍革新的なことをされて、その活動がクラシカルサクソフォンの地位を向上させたというのが一般的な認識ですが、いかがですか。
D
とても若いころにこのポストに就きましたが、サクソフォンの歴史に革命を起こそうなどという目的を持っていたわけではありませんでした。私はクラシカルサクソフォンがどのように認識されているかではなくて、クラシック音楽自体がどのように認識されているかということを昔からずっと考えてきました。一般的に私たちはクラシック音楽というものは「アカデミズム」だと思い込んでいるところがあります。クラシック音楽というのはこうでなければならない、こうであるべきだ、といった思い込みです。私にとってクラシック音楽の伝統を伝えてくということは「伝統を永続的に現代化しなおす行為」です。私たちは過去からいろいろな伝統や財産を受け継ぎます。私の興味のあることは、それら伝えられたことを新しくしていくことです。冷蔵庫に大切にしまっておくかのような状態を続ければ博物館の展示品になってしまう。保存はしていられるけれど蘇らせることはしていない。死んだのと同じ状態になってしまいます。そうではなくて音楽は生きている物。そして我々の人生の一部ですよね。
この問題はサクソフォンに特に現れやすい問題かもしれません。サクソフォンはジャズによって名声を得た楽器なので、クラシカルサクソフォン奏者はそのことへのコンプレックスからジャズやその他の軽音楽とクラシカルサクソフォンを区別したがる傾向にある。それがクラシカルサクソフォンをアカデミズムに傾倒させてしまう原因になっていると思います。
O
クラシカルサクソフォンの本場フランスでもやはりジャズに対するコンプレックスがあるのですね。
D
例えばマルセル・ミュール、彼はワルツのオーケストラなどで軽音楽を演奏していたことがありました。ダニエル・デファイエも軽音楽を演奏していた。ミュールやデファイエは自分の生徒にはミヨーの『スカラムーシュ』を勉強させませんでした。それは何故か。ポピュラーすぎるからです。彼らは軽音楽を演奏していたが故に、それと区別するためにクラシックを演奏する時には真面目なレパートリーしか演奏しないというふうに決めていたのです。「クラシック=真面目」なもの、クラシックの勉強でダンスやサンバは演奏しないというのが彼らの考え方でした。ヴィラ=ロボスの『ファンタジア』も演奏させませんでした。ポピュラーすぎる、そしてソプラノはカルテットで演奏する楽器だという理由からです。クラシックはアルトで演奏するものだというふうに考えていたのです。
O
クラシカルサクソフォンのレパートリーがほとんどアルトのために書かれているのはそのせいなのですね。

クラシックサクソフォンでヴィブラートを用いるようになったきっかけ

Claude Delangle,クロード・ドゥラングル,大石氏と同じくドゥラングル門下の伊藤あさぎさんも交えて大石氏と同じくドゥラングル門下の伊藤あさぎさんも交えて

D
フランスではジャズはもちろん、ポピュラー音楽、またサーカスの音楽でもサクソフォンはよく使われる。サクソフォンをまず初めにそれらの音楽のための楽器と認知させたくなかった。それらの音楽と距離を置きたかったのです。そのような態度をとりながら彼らはクラシカルサクソフォンの立派な歴史を築いてきました。ただそうすることによってサクソフォンが自然に発展していく道から遠ざけてしまったのではないかというのが私の考えです。
 
またミュール自身が言っていたことですが、彼は最初ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の中ではヴィブラートをかけて演奏していなかった。ある時ギャルドの指揮者がポピュラー音楽を演奏するオーケストラの中でミュールがヴィブラートをかけて演奏しているのを聴いて、その指揮者はミュールにギャルドでクラシック音楽を演奏するときもかけるように指示したそうです。ミュールは最初「いやいや、クラシック音楽ではかけません」といって断っていましたが、最終的に指揮者の指示でかけるようになった、それがクラシックでヴィブラートを用いるようになったきっかけだということです。その後ミュールは「一拍に4つの波でフェルリングのエチュードではこのようにかけて」と箱の中に保存するかのように体系付けた。結果、それらはテクニックを人に伝えやすく、学生が勉強するのにはいいメソッドになりましたが、オートマチックなヴィブラートになってしまった。ヴィブラートはこう、テクニックはこう、サクソフォンはこう、というふうに体系付けるのはエコールフランセーズの特徴です。
O
なるほど、そういった歴史があったのはとても驚きです。先生の倍音を含んだ繊細な音や、ヴィブラートのかけ方、また演奏のスタイル、などは先達のそれとは大きな違いがあり、独自のものですよね。そこに辿り着くまでにはどのような道筋があったのでしょうか?
D
コンセルヴァトワールでの勉強を終えた後によくピアニスト、ヴァイオリニスト、オーボエ奏者、クラリネット奏者など、サクソフォン以外の先生のレッスンを受けました。やはりヴィブラートについては色々言われました。私も好き嫌い以前にサクソフォンのヴィブラートに違和感を持っていました。また私が他にとても興味を持って取り組んでいたものは音響学者との仕事です。サクソフォンはシングルリードの面でクラリネット、円錐管という面でオーボエ、そして金属でできているという面で金管楽器、そして音の周波数が近いという面で人間の声と、それぞれの性格を持ちあわせていてそれらが混合された楽器であるということに興味を持ちました。サクソフォン奏者はそのことを深く意識する必要があると思います。
Claude Delangle,クロード・ドゥラングル

フォトセッション終了後にはビデオシューティングにも応じてくれたドゥラングル。「THE SAX」読者へのメッセージとともに、美しいアルトの音色を聴かせてくれた。

次ページにインタビュー続く
・好きなものだけを演奏していたらサクソフォンの歴史は発展していかない

登場するアーティスト
画像

クロード・ドゥラングル
Claude Delangle

パリ国立高等音楽院で学び、サクソフォーンと室内楽の両方で1等賞を受賞。以来クラシックと現代音楽の両分野での世界的なサクソフォーンの名匠との評判をうち立て、現代曲においてはサクソフォーンに対する認識を広めることに貢献している。昨シーズンはM. ジャレルの『復活』とB. ジョラスの『セカンド・コンチェルト』の初演を行い、F. マルタンの『バラード』の日本初演を行なった。L. ベリオの『レシ』も初演し、リスボンのGulbenkian財団とSchleswig-Holsteinフェスティバルでも演奏している。ドゥラングルとベリオはたびたび共同で活動しており、ヨーロッパ、アメリカ中を演奏旅行している。ストラスブール・ミュージック・フェスティバルからは、タンゴに触発された曲でアルゼンチンの10人の作曲家が書いた「Tango Futur」の初演を行うよう招待を受けた。また、1986年にピエール・ブーレーズが初めて招待して以来、アンサンブル・アンテルコンタンポランと共演している。フランス国立管弦楽団など数々の管弦楽団と共演し、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団には1992年以来招かれている。1988年からパリ国立高等音楽院で教鞭を執っており、世界各地でマスタークラスを開催している。さらにフランスサクソフォーン協会、国際サクソフォーン委員会の会長を務めている。

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