サックス記事 栃尾克樹 バリトン・サックスが奏でる歌曲の世界
  サックス記事 栃尾克樹 バリトン・サックスが奏でる歌曲の世界
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THE SAX vol.100 Interview

栃尾克樹 バリトン・サックスが奏でる歌曲の世界

ARTIST
栃尾克樹
© T.Yamase

昨年11月20日にソロCDとしては6枚目のアルバムとなる『冬の旅』を発表した、日本を代表するクラシック・サクソフォーン奏者の一人である栃尾克樹。ピアノに高橋悠治を迎え、バリトン・サックスでシューベルトの連作歌曲集に挑んだ本作についてお話を伺った。
インタビュー・文:近藤香織/写真:山瀬剛志
協力:柳澤管楽器株式会社、株式会社プリマ楽器

 

 

栃尾克樹© T.Yamase
アルバム1作目の『シューベルト:アルペジョーネ・ソナタ』から愛聴しています!このアルバムのセルフライナーノーツで、すでにご自身のシューベルトやシューマンといったロマン派の音楽やドイツリートへの強い興味、そして《冬の旅》への憧れについても触れていらっしゃいましたね。そのころから、栃尾さんによる《冬の旅》の全曲演奏を本当に心待ちにしていました。
栃尾
《冬の旅》は、自分にとってずっと憧れの音楽でした。20代になったばかりのころ、ドイツのバリトン歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが歌うこの作品に出逢って虜となり、レコードが擦り切れるまで聴き、来日公演にも足を運びました。ほかにもヘルマン・プライやハンス・ホッターなど様々な歌手が歌う《冬の旅》を聴いて、人によって歌い方も全然違うけど、やはり素晴らしい作品だなと胸を焦がしていました。ただ、自分が演奏するとなると、何か近寄りがたいような畏怖の感情が溢れて、結果的には30年くらいかかってしまいましたね。

大切なのは、本来、曲が持っている力

《冬の旅》はもともと独唱とピアノのために書かれた作品ですが、バリトン・サックスとピアノでも、そのままの形で演奏されていますよね?
栃尾
はい。やっぱりやるなら、アレンジなど手は加えず、そのままやりたかったんです。だから楽譜も、ベーレンライター版の中声用をそのまま使っています。
アーティキュレーションやフレージングを聴いて、サックスで演奏される際も、詩の世界観だけでなく、言葉もとても大切に捉えていらっしゃるなと感じました。この曲に限らず、言葉を伴う作品、いわゆる歌モノをよく取り上げられている栃尾さんに伺ってみたかったのですが、楽器で演奏する際、歌詞の譜割りと器楽的な解釈とではフレーズの捉え方が異なることがありますよね? そういうときは、どのようにアプローチの仕方を考えられるのですか?
栃尾
それは、その作品が詞先、曲先のどちらなのかによるところも大きいかもしれないし、詩の個性によっても変わってくるでしょうね。また、たとえばフォーレの《夢のあとに》のように完全にメロディとしてだけでも成立しているようなものは、これもひとつの編曲だと思うんですけど、器楽的なアーティキュレーションで吹くというアプローチもありだと思っています。でも《冬の旅》は詩や言葉との関係が密接に書かれているから、それを無視して吹いてしまうと、本来、曲が持っている力、というものが失われてしまう類の作品ですよね。
なるほど!そして《冬の旅》のような音楽は、たしかに言葉の意味やまとまりが生む音色や音の深み、アーティキュレーションや微妙なニュアンスの違いを表現してこそ生きてくると思います。ところで、栃尾さんは歌モノ以外にもサン=サーンスの《バソン・ソナタ》やラフマニノフの《チェロ・ソナタ》など、ほかの楽器のために書かれた曲もよく演奏していらっしゃいますが、それらの作品をバリトン・サックスで演奏することで、改めてこの楽器の魅力に気づかれた、というようなことはありますか?
栃尾
そうですね……、そういった作品を演奏していると、バリトン・サックスという楽器の魅力をアピールするためにやっていると思われがちなんですけど、僕にとってそれは二の次で、曲の魅力、その音楽の持っている力を、自分にとってはもう体の一部のようなこの楽器で表現している、それがたまたまバリトン・サックスだという、ただそれだけのことなんです。でも、副産物ということであれば、たとえばラフマニノフの第2楽章のスタッカートなんかは、チェロだとこんなふうにスタッカートにするのは難しいかもしれないと思ったり、歌だとすごくしんどい跳躍が、楽器でやるとわりと簡単にクリアできたり、ということは言えるかな。だけど、簡単だから簡単にやるっていうんじゃつまらなくて、やはりオリジナルの楽器ならでは、また歌ならではの表現には意味があるわけで、つまりメロディの持つ力、曲の力ですよね。だからバリトン・サックスで吹くときも、そういったものを表現することは大切だと思います。ほかには、楽器が大きいので豊かに響かせられるっていう点は、バリトン・サックスならではの魅力と言えるかもしれませんね。
© T.Yamase
© T.Yamase
© T.Yamase

 

楽器はヤナギサワB-9930BSB、マウスピースはエボナイト(島田行男氏による手工品)、リガチャーはYany SIXS、リードはヴァンドーレンのトラディショナル3 1/2、Yany BooStar✧も装着。

登場するアーティスト
画像

栃尾克樹
Katsuki Tochio

東京藝術大学卒業。1988年(川崎)1992年(イタリア)1997年(スペイン)に於ける世界サクソフォーン・コングレスに参加。ソロ、室内楽や、ジャンルを超えたアンサンブル「COLORS」、国内の主要なオーケストラでの演奏の他、スタジオワークとして、シドニーオリンピックにおけるシンクロナイズド・スイミングのデュオ(銀メダル)の音楽や、映画「電車男」サウンドトラック、テレビCM等の多彩な活動を展開している。これまでに2回のバリトンサクソフォーン・リサイタルを開催し好評を博す。2005年にソロCD「アルペジョーネ・ソナタ」、2007年にソロCD「影の庭」をリリース(共にマイスター・ミュージック)。アルモ・サクソフォーン・クァルテットで7枚のCD をリリース。サクソフォーンを喜田賦、阪口新、冨岡和男の各氏に師事。武蔵野音楽大学、聖徳大学非常勤講師。東京佼成ウインドオーケストラ バリトンサックス奏者。

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