サックス記事 サックス界随一の鬼才、 菊地成孔 Wood Stone を語る
  サックス記事 サックス界随一の鬼才、 菊地成孔 Wood Stone を語る
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THE SAX vol.101│菊地成孔

サックス界随一の鬼才、 菊地成孔 Wood Stone を語る

ARTIST
菊地成孔

ミュージシャン、文筆家、音楽講師など、様々な肩書きを持ち、いわゆる“業界”の壁を悠々と乗り越えて活躍する多才な人、菊地成孔。本誌読者としてはとりわけ、氏の「サクソフォン奏者」としての一面に注目しているだろう。音楽表現のアイテムとして、この度Wood Stone New Vintageを手にした菊地氏に、出会いや使用感などを語ってもらった。
(取材協力:株式会社石森管楽器)

 

「純正」でより感じたバランスの良さ

菊地さんはいろんなジャンルの音楽を演奏されますが、メイン楽器はテナーになりますか? 以前はアルトを吹く機会が多かったような気がします。
菊地
ジャンルによって変えてる感じですね。ラテンとかジャズ、いわゆるモーダルなコルトレーンみたいなものをプレイするときはテナーが多くて、フリージャズとか、フリーまでいかなくともスティーブ・コールマン、エリック・ドルフィーとか、あの手のものになったらアルト……当たり前ですけど(笑)。結局のところ音楽と楽器は関係してきますからね。
Wood Stone New Vintageを使い始めたとのことですが、仕上げは何を選びましたか?
菊地
アルトはシルバープレート、テナーはヴィンテージラッカーです。基本的に僕はシルバーのヴィンテージがいいなと思っていて。ずっと使ってたマーチンもそうでしたし。Wood Stoneのテナーはゴールドのタイプしかなくて、試奏してみたらこれが一番良かったので。アルトもテナーもF♯キィがついてます。僕は、俗に言われる「F♯キィなしのほうがここに穴が空いてないから安定するんだ」というようなことをあんまり信じてないんですよ。それよりは自分で吹いてみて、自分の体に合う、よく鳴るものを選んだ感じです。相当な数、50本くらい吹きましたね。その動画を僕のブログマガジンにアップしています。
シルバーを好む理由は音色ですか?
菊地
えーっと、そうですね。シルバーなりの音色もあるけど、見た目も大きいですね。金色か銀色かと言われたら、自分の音楽とかヴォイスにはシルバーが合ってるかなっていう気がするのと、僕はジャズ・ミュージシャンとしてサックス吹く時にはフォーマルなスーツを着ることが多いんで、黒いスーツ、黒いシャツ、黒いタイに金色がぶら下がってるのはどうもね……(笑)。まあスーツの色を変えちゃえばいいんだけど、僕はスーツは黒しか着ないので、楽器のほうを合わせてるというのもあります。
なるほど。Wood Stoneの楽器との出会いを教えてください。
菊地
本体を買ったのは最近ですが、Wood Stoneのオリジナル商品って、思い起こせばストラップなんかから始まってリード、リガチャー、マウスピースとジワジワ出て、いよいよ満を持して本体が出た感じでしたよね。僕も、リードがWood Stoneになって、マウスピース、リード……と過程を踏んできたわけで。最初に本体が出た時も吹かせてもらったんだけど、さすがにその時はそれまで使ってた“愛車”─テナーはアメリカン・セルマーの120,000番台、アルトはマーチンを使ってましたから、Wood Stoneの楽器は、国産の、車に例えたらシーマとかプレジデントの新しいやつみたいに思えたんですよ。国産の新車でピカピカというのに気後れしてしまって、その時は試奏感をお話しして終わったんです。
それからだいぶ経って、石森さんから「少しずつ改良したから選定してほしい」と。そしたら、前に吹いたときよりはるかに良くなってたんですよ。思うに、最初に吹いたとき僕はまだマウスピースとリードがWood Stoneじゃなかったんで、あんまりピンとこなかったのかもしれない。マウスピースとリードがWood Stoneになってたことで、結果、いわゆる「純正」になったわけです。そうなると揃い踏みというか、純正だけの力を発揮してくれた。それは「他のマウスピースやリードとの相性がいいかわかりませんよ?」って言っているわけじゃなくて、僕がWood Stoneのマウスピースとリードを使うようになった状態で再試奏したら、数年前とまったく当たりが違って、めちゃめちゃ操作性がいいと思えたってことです。
で、大喜びで2日間、アルトとテナーそれぞれ半日吹きまくって、録画して後から聞き直したりした結果、全部良かった。一般的な意味での音程の安定性だとか、レスポンスのちょうど良さとか、あらゆる汎用性というか。「癖はあるけど俺は好き」とかそういうのじゃなくてね。それで何本か選んで「菊地成孔さん選定品」みたいな証書を貼ってもらってね、なおかつ、ちゃっかりした話ですが、一番良かったものを買ったというわけです。
セッティング
すべてWood Stoneで統一されたアルトのセッティング
マウスピース
テナーのマウスピースもWood Stone

驚くべき操作性の良さに“敗北”

どこかに特化してではなく、バランスを重視して選ばれたのですね。
菊地
はい、トータルバランスですね。僕が初めてサックスを買ったのはもう18~19歳のころだからかれこれ40年くらい経つんですけど、最初はやっぱり生意気坊主で、バイトしてお金貯めてセルマーのバランスアクションのテナーを買ったんですよ。アルトもやっぱりヴィンテージがいいっていうんで、マーチン買って。最初の楽器がそれで(笑)、ずーっと使ってて、まだ手元にありますけどね。
最初の楽器を長く使ってきたのに、何か心境の変化があったのですか。
菊地
ヴィンテージってルックスがいいし、独特の渋さがあって、音程はちょっと悪いんだけどそういうのも許せるっていう、ひとつの美学があるじゃないですか。ジャズも、テクノとかヒップホップのDJとかと違って、機材がピカピカの最新式がいいっていう音楽でもなく、音楽自体がヴィンテージというか。僕は服とかも好きだから、それなりの服にヴィンテージの楽器を合わせてイイ調子って感じだったんですよ。でも故障したらめんどくさい、石森さんなら直してくれるけど、部品がなくなっちゃったとか、大幅にやっちゃった場合はもう取り返しがつかないんですよね。まあ40年くらい問題なく仕事してきたんですけど、国産の新品を純正で吹いてみたら驚くほどの操作性のよさにびっくりしちゃって。出づらいところを気にしながら吹いたり、「今日リードとのコンディションどうだろう」とか考えながらライブやる必要がまったくないというか。レスポンスもめちゃくちゃ良くて、一番下の音から上まで何も無理しなくても出せるし、アンブシュアにかかる圧というか、プレッシャーも何もないし……、操作性が良いということに負けたんですよね、齢57にして(笑)。
菊地成孔
音に関してはどんな印象を受けましたか?
菊地
今まではブレスを思いっきり当てないと後ろまで響かないなと思っていたのが、軽くフッと吹けばバーンと飛んでくれるんですよ。最初とまどうくらいだったもん(笑)。ピッチも、サックス奏者の人みんな「この楽器はどこそこの音が低くなるから高めにとらなきゃいけない」とかをもう覚えてて、体の口癖手癖になってると思うけど、そんなことも何も気にしなくてよくて。前は「そんなの全然味わいも何もないよ」と思ってたんですが、やってみると結局、操作性の良さというのは相当魅力的なスペックですよ。
 

次ページにインタビュー続く
・楽器オタクが考え出した理想の一本
・ヴィンテージ信仰を簡単に覆した「合わせ技」

登場するアーティスト
画像

菊地成孔
Naruyoshi Kikuchi

1963年、千葉県銚子市生まれ。音楽家/文筆家。音楽の分野においては、ジャズを中心に多岐ジャンルに渡ってバンドリーダー、プロデュース、作曲もこなすサクソフォン奏者として多くのステージに立つ。文筆家としては音楽や映画、格闘技、モード、食などのエッセイや批評を執筆。ラジオパーソナリティ、DJとしても活躍している。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。

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