代官山音楽院、管楽器リペア科で行なわれる実際の授業を追いながら、代官山音楽院主任講師の金澤恭悦先がリペアの基本、そして技術が現場にどのように活かされているかを解説してもらうこのコーナー。今までの連載で載せきれなかったこぼれ話満載の番外編も、今回で最終回です! 最終回は金澤恭悦先生とプロ奏者たちのリペアに関するエピソードを少しだけ紹介します!
マンハッタン・ジャズ・クインテット、テナーサックスプレイヤーのジョージ・ヤングから、来日早々に楽器の調子が悪いと連絡がありました。
楽器を渡されて、リハーサルは別の楽器でやるからちょっと見ておいてくれと言われ、「これだけ完璧なら、文句ないだろう」というくらいに仕上げて渡したら、まさかのノー。どこか見落としたかなと見ているうちに、リハーサルが終わってしまいました。困った挙句、「大変申し訳ないけど、ネックを貸してくれ」とお願いして吹いてみたら、本人の言うように確かに鳴らない。そこでやっと理由が判明しました。
彼が使用していたのは銀メッキの楽器でした。日本に行くのに汚い楽器じゃ失礼だと思ったらしく、楽器を磨いたんだそうです。その時にネックのところに磨き粉が詰まっていました。あの2時間は私のメンテナンス人生の中で一番寿命が縮みましたね(笑)。
また、言わずと知れたジャズ・ジャイアント、ソニー・ロリンズの試奏に立ち会った時も大変でした。試奏のために用意してあった楽器は、ステンレスの針バネのモデルでしたが、ロリンズは普通の鋼針の楽器でテストしたいと言うんです。もう大慌てで、全部楽器を分解してスプリングを外し、新しいスプリングを入れて全部キィを組み込むまでに2時間。もう二度とできません(笑)。
我ながらよくやったなと思いますね。それからロリンズは私にリペアを頼んでくれるようになりました。
ビバップの旗手として一時期有名になったリッチー・コールという奏者に、右手のキィガードを付け忘れたまま楽器を渡してしまったことがありました。調整が終わり本人も確認して満足そうだったので、安心して一息ついていたら、机のスワブの下からキィガードが姿を現したので大慌て(笑)。大急ぎでタクシーを飛ばしましたね。舞台袖でスタンバイしているところに間一髪間に合いました。
プロ奏者の楽器に対する意識の高さに感心することも多いです。高橋達也と東京ユニオンというビッグバンドのバンドマスターとして活躍していた高橋達也さんが、ケースの中にリークライトを忍ばせているのを見たことがあります。調子が悪い時に、楽器の状態を見極めるために持っていたのでしょうね。
ブロワー
ナベサダこと渡辺貞夫さんは、タンポが楽器にくっついてしまい上がってこない状態を防ぐために、カメラの埃飛ばしなどに使用するブロワーにベビーパウダーを入れ、タンポに吹きつけていました。今はパウダーペーパーがありますが、なかった頃の話です。
プロの皆さんは、腕前を磨くのは当然のことですが、同時に楽器もいい状態でないといい音楽はできないということをよく理解されていますね。
連載を終えて……
毎回お読みいただきありがとうございました。私たち技術者の願いはひとつです。多くの管楽器を演奏される方々が、メンテナンスされた楽器でミュージックライフを楽しまれることです。困った時はいつでもお声をかけてください。笑顔でお答えいたします。
金澤恭悦
Profile|金澤恭悦
69年日本管楽器(株)入社。日本楽器製造(株)(現ヤマハ)と合併後、本社にてクラリネットの開発に携わる。77年に開設された「ヤマハアトリエ東京」の初代スタッフとして木管楽器の専門家対応を22年間担当。特にサックス奏者ソニー・ロリンズ氏からの信頼は厚い。更に北米の修理技術を視察、アジアにおいても技術指導を行なうなど海外でも活躍。現在は代官山音楽院主任講師、リペア工房atelier kanazawa主宰。
来年度4月から「島村楽器テクニカルアカデミー」と改称することに合わせ、日本で唯一「コンサートパーカッションリペア科」を新設! それに先立ち次号より、”リペアマンへの道!打楽器編”がスタートします。記念すべき第1回目はティンパニ編。お話いただくのは、国内外で活躍、多くの奏者や専門家と幅広く交流を持つ主任講師の田中覚先生です。乞うご期待!
本連載でお馴染みの金澤恭悦先生が講師を務める『サックス組み立てコース』が開講!
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