楽器の練習が終わったあとに行なう日頃のお手入れでは、管体にスワブを通し、楽器表面をクロスで拭き取り、クリーニングペーパーでタンポについた水分を取り除くなどのケアが思いつく。これらのお手入れは、楽器に残った水分を取り除き、表面に付いた手の汚れ(油分)を除去するために行なう。また、次回に楽器を使うための事前準備という意味合いもある。日頃からしっかりとお手入れやメンテナンスを行なっていれば、楽器の細部まで目が届き、変化にも気付きやすい。急なトラブルも回避できるようになるし、楽器のコンディションを長く保つことができるのだ。
そこで今回は、サックスに関するお手入れの基本中の基本を、本誌でもおなじみの金澤恭悦氏がレクチャーしてくれた。
今回の講師は……金澤恭悦
Profile 1969年日本管楽器株式会社入社。日本楽器製造株式会社(現・ヤマハ株式会社)と合併後、浜松本社にて管楽器設計課 試作室勤務となり、クラリネットの開発に携わる。1977年より東京・銀座に開設された「ヤマハアトリエ東京」の初代スタッフとして木管楽器の専門家対応を22年間担当。日本はもとより、来日する世界中のプロのクラリネット奏者・サキソフォン奏者との対話の中で、高い技術と信頼を築いた。また、全国特約店技術者の研修指導や、ヤマハ管楽器テクニカルアカデミーでの指導などを通して後進の指導・育成にも関わる。海外においては全米の技術者大会の参加に合わせて、北米地区の修理技術の視察を実施。韓国、香港、台湾においても技術指導を積極的に行なってきた。2003年ヤマハ株式会社を退職後は、専門学校の専任講師として後進の育成にあたる他、外務省のODA音楽文化関連の調査員を5年間努め度々渡欧、またヤマハ銀座店管楽器売場のテクニカルスタッフとしてクラリネット・サキソフォンの調整にあたった。 現在、代官山音楽院 管楽器リペア科主任講師、個人工房「Atelier Kanazawa」主宰。膨大な量の管楽器調整をこなす多忙な日々を送っている。
Atelier Kanazawa アトリエ金澤
〒171- 0033 東京都豊島区高田3-40-12 佐藤ビルB1
TEL 090 -7014 -2370 E-mail:atelier_kanazawa@biscuit.ocn.ne.jp
練習後の楽器には水分や油分が付着しており、そのまま放置すると鳴りに影響を与えるのはもちろん、楽器の劣化も著しく進行する。だから基本的なお手入れは重要なのだ。
01 お手入れをする目的
タンポの変化防止と錆の防止です。そのためにも楽器 に付いた水分、それから手の汗を必ず除去します。汗は酸性ですから、お手入れをしなければ楽器が錆びてしまいます。特に芯金や針バネの素材はステンレス系なので鉄より錆に強いのですが、純度100%ではないので何もしなかったら必ず錆びます。
02 常に確認しておきたい部分
練習後のお手入れは、次に楽器を使用するための準備という意味合いもあります。水分、油分をチェックするのはもちろんですが、クロスを針バネに引っかけて外してしまうことがあるので、針バネがしっかりと止まっているのかを確認してください。また、知らない間にコルクやフェルトが欠落していないかも確認します。
03 練習後のお手入れの手順
練習が終わったら、まずスワブを管体内部に通して水分を拭き取ります。そして、楽器表面には汚れや汗などが付着しているのでクロスを使って乾拭きします。また、タンポにも水分が付着していますから、クリーニングペーパーを使って除去します。クリーニングペーパーがない場合、あぶらとり紙など水分と油分を取ってくれるものならなんでもいいのでタンポに残った水分はこまめに拭き取ってください。日頃から行なうお手入れとしては基本的にこれだけですね。
04 楽器表面、管体内部、タンポそれぞれに水分が残っていたらどうなる?
楽器表面に汗などが残っても大きな問題にはなりませんが、針バネに残ると錆びることがあります。また、管体内部のお手入れを怠るとホコリを呼び寄せますし、雑菌の繁殖に協力するようなもので、病気の原因を作ることにもなります。そして、最近の楽器では撥水処理をした革のタンポが多いのですが、素材が違うものもたくさんあります。革は水分を吸うと膨らみ、乾いたときは縮むんです。最終的にはタンポが硬くなり小さくなるので息漏れの原因にもなります。さらに、タンポの中のフェルトが膨らみ、タンポに付いた轍が元に戻る可能性もあるんです。そうなると、トーンホールをしっかりと塞ぐことができなくなり、鳴りが落ちてしまいます。
05 スワブは上から通すか、下から通すか?
どちらから通しても問題はありません。ただ、現実的に1枚のスワブで全体を拭き取るのは無理なんですね。だから、大きいスワブを使ってベルのほうから入れて楽器のテーパーに合わせて絞っていき細いほうから抜き出しています。1回通しただけでは拭き取りきれないこともあるので、内部を確認して水分が残っているようなら再度スワブを通してください。できるだけスワブはまっすぐにして入れると引っかかりません。
06 管体表面を拭くときの注意点は? 表面仕上げによって拭き方は変わる?
キレイなクロスで拭けば問題ありませんが、針バネやコルク、フェルトなどに引っかけないようにしてください。キィを拭くときはパイプと垂直に拭くのが正しいやり方です。 忘れがちなのがネックと2番管のジョイント部分。ガーゼなどを使ってネックのジョイント部、2番管の内側の両方を拭きます。また、仕上げによって拭き方は変わりませんが、磨くということでは使うものが違います。汚れ落としや、変色したときに使うポリッシュは表面仕上げ別に商品があります。 使うときは滑りやすくなるので指貝は拭かないように。
07 クリーニングペーパーの正しい使い方
タンポとトーンホールの間にクリーニングペーパーを挟み、キィを閉じたり開いたりして水分を取り除きます。汚れや油分を除去したいときはクリーニングペーパーをタンポで軽く押さえて引っ張ります。ただ、水分を含んだクリーニングペーパーはちぎれやすく、その破片が残ると、そこから息が漏れてしまうので注意してください。
08 オイルとグリスの使い分け
サキソフォンに使うオイルには、キィノイズが出たときパイプとキィポストの接合部などに注すキィオイルがあります。注したあと、キィを動かして浸透させていくのですが、キィオイルの粘度が高いのでほとんど浸透しません。きちんとオイルを入れるためには分解する必要があるので楽器店にお願いしましょう。 グリスは、コルクグリスのほか、サキソフォンの性能をフルに発揮させるために、チューニング& スライドグリスをネック締めネジに使うと音量がアップします。さらにリガチャーのネジにも入れると鳴りが3倍増です。
09 練習後のマウスピースはどうする?
スワブを通す、ティッシュペーパーで拭く、洗うなど、いろんな方法がありますが、どれも正しいと思います。スワブを通すとき、サイズが合っていないとティップレールがすり減ってしまいます。かといってスワブを通さないと雑菌が繁殖しますのでマウスピース用スワブを使ってください。洗うのも問題ありません。また、ラバー系マウスピースが白くなった場合、酢やレモンなどを使って軽くなでてあげれば落ちます。
10 練習後のリードはどうする?
口の中の雑菌がすべて付きますから、リードも洗ったほうがいいです。拭く時はペーパータオルでもティッシュペーパーでもいいです。そのままにすると先端が波打ってしまうので、ケースにしまってください。もし、波打ったら、リードを少し濡らして平らなところに置き、先端を指で押さえつけて強制的に平らにします。
11 お手入れの常識・非常識
楽器をケースにしまうとき、タンポのベタつきを防止するために、クローズドキィにクリーニングペーパーを挟んでいる方がいます。トーンホールにタンポがくっつかないのでベタつかないというだけで、タンポが変形してトーンホールがきちんと塞げなくなることがあります。そうなってしまうと鳴りが落ちるので、避けたほうがよいでしょう