私たちが知らず知らずのうちに身につけてしまっている“不必要な緊張”の解消法として、注目されているのが「アレクサンダー・テクニーク」。オーストラリアで活動していた俳優F・M・アレクサンダー(1869 -1955)が、舞台上で声が出なくなるアクシデントをきっかけに考案しました。近年では、楽器演奏者のパフォーマンスを向上させるメソードとしても活用されています。
そこで今回は、特に管楽器奏者向けのレクチャーを数多く行なっているバジル・クリッツァーさんに登場いただき、管楽器奏者が知っておきたい“本番力”のポイントを、メンタルと体の両面から教えていただきます。
(この記事はTHE FLUTE 136号を再構成したものです)
私たちを信じられないほど苦しめている「あがり症」。みなさんの中にも、心底悩んでいる方がいらっしゃることでしょう。
あがり症は、「治す」ものでも、「克服する」ものでもなく、「乗り越えていく」ものです。あがり症を乗り越えるうえでキーポイントになるのは、演奏中は演奏に100% コミットすること。
「コミットする」とは、どんなことが起きても、たとえ完全に集中力が切れても、ひどいミスが続いたとしても、演奏している間は「演奏する」という行為を意識的に選択し続けることを意味しています。
では、「演奏」は何によって成り立つのでしょうか? 4つの要素があります。
演奏に「コミットする」とは、この4つの要素を認識し、意識と注意を向けることを意味します。では、次にその一つひとつをどう意識すればよいのかを確認していきましょう。
あがり症を乗り越えていく第一歩として、自分が自分をどう捉え、心や身体をどう扱っているかを見つめ、改善していく必要があります。
19世紀の俳優、F.M.アレクサンダーは声が出なくなり、その後それを克服する自らの体験をきっかけに「頭の動きが、身体全体のバランスや状態、動きやすさに大きな影響力を持っている」ことを発見しました。
私たちが「あがって」しまっているときや、演奏の不調に悩んでいる時、「頭が過度に固定されてしまい、身体全体が連鎖的に緊張していく」ということが起きています。
逆に、演奏の調子がよく、ハートを開いて良い演奏ができている時は「頭が動いて身体全体がついていく」ということが起きているのです。
演奏をするときは「頭が動いて身体全体がついてくることを意識しながら、奏でたい音を奏でる」ということをどんどん取り入れていきましょう。それが、「演奏者である自分自身」を意識する方法です。
舞台上で悪い意味で緊張してしまわない大事なポイントとなるのが、自分と聴衆との関係性です。あがり症の人は、聴衆というものを危険きわまりない存在に感じています。
舞台に立ったら、聴衆をちゃんと見ましょう。できるだけ一人ひとりを、隅から隅まで。しばらく見ていると、あなたの身体は緊張できなくなってきます。なぜか? 緊張する理由がないからです。
ちゃんと見ると、聴衆の誰一人として殺気を放っていないことが分かってしまいます。どこにも危害を加えてきそうな人がいません。ほとんどみんな、笑顔であなたを迎えていることでしょう。そうなると、本能的に「安全」であることが分かり、あなたの身体はむやみに緊張することをやめてくれるでしょう。
自分が存在している空間を認識することも、「その場が安全である」ことを本能的に感じ取るのに役立ちます。過剰な硬直をほぐしていくうえで、大切なことです。
ホールの隅々を見ましょう。自分の背後の空間も、リハーサル中や舞台に歩いてくるときに見ておきましょう。どこにも、危険はありません。むしろ、演奏者であるあなたのために整えられた、とても安心できる空間であるはずです。
シカゴ交響楽団の伝説的トランペット奏者、A. ハーセスは、初めてのホールで演奏するときは音がいちばんよく響く楽器の向きや譜面台の高さをちょこまか探っていたそうです。そうすることで、ホールという音響空間を味方につけ、楽にパワフルな演奏を可能にしていたのだと思います。
舞台上で演奏することになる音楽を、どのように演奏したいか─大きく深い哲学的な意味から、とても具体的な細かいところまで─あれこれと思いめぐらせて練習してください。そうすることで、次のことが明確になっていきます。
明確になればなるほど、あなたの演奏は「必然」になっていきます。迷いがなくなるのです。
あなたが「どのように演奏したいか」を明確にし、結果を気にせず、他人の意見や評価に浸食されずに、ダイレクトにあなたのやりたいことをやろうとし続けてください。それが、あがり症を乗り越えるために必要な「コミットメント」なのです。