今年最後の原稿になる。
2020年は、大変な年になった。いや、まだまだこれからなのだろう。
映画の制作状況も難しいが、観る側の立場として、オンライン試写会という形で新作を自宅で見ることができるのは、便利なようで気持ちは複雑だ。
これまでのように、試写一日2~3本を観るのに映画会社の試写室をハシゴしなくても、メールのURLにパスワードを入れたら、新作映画の上映が始まる。
画面のサイズは小さくなり、それも気にならないようになる。
コロナ禍ならではの形式かもしれないが、今後も続行される可能性は、なくもないだろう。まあ、試写会はあくまで、映画観客のために前もって確認するプロのための道具だから、環境の違いは受け入れるべきだろう。
何より昔は、海外の映画祭に一人で出かけると、ビデオカメラ、一眼レフカメラ、パソコン、録音機器と小型でも大変な荷物になったが、いまやスマホ一台でもなんとかなる。You Tuberは、海外の映画祭に行けばどうか。
われわれの時代では十分に紹介するメディアがなかったが、いまならネットがあり、面白い配信が出来そうだ。セュキリティは慎重にするべきだが。
さて、コロナ禍で、アメリカ大統領が変わる。それは、女性の権利がまた、良い方向に進む可能性を示しているだろう。
今年2020年は、20ドル札の顔に、かつて女モーゼと呼ばれた活動家で奴隷出身の黒人女性、ハリエット・タブマンが予定されていたのに、トランプ大統領がそれを覆した。
彼が推薦したのは、黒人奴隷の農場主だった第7代合衆国大統領だった。女性運動が進む中、トランプの選択は、次々に忌まわしい過去へと引き戻した。
映画「ハリエット」(2019,米)は、この“女モーゼ”、ハリエット氏の伝記が映画化されたもの。メリーランド州でハリエットは、奴隷出身の親から生まれ、冷酷な白人の農場で束縛されたまま、過酷な日々を送っていた。そんなある日、そこから逃げ出す決意をする。
向かう先は、奴隷制廃止制度を始めたペンシルベニア。長い道をひとりの力でいかに、たどりつくのか? かくして、新天地で活動家たちとともに、切り開いていく新たな運命とは?
新天地で名前も生まれ変わったハリエットは、親、兄弟を呼び寄せるために、再び危険な道のりを引き返す。
多くの奴隷を開放するために、彼女は、危ない橋を何度も何度も、繰り返し渡るのだ。
奴隷、女性、という差別の対象にも負けず、奇跡を起こし、突き進むヒロインは、まさに「十戒」モーゼさながらの迫力。こうした先人のエネルギーが、いまの時代の女性たちを支えていることを、決して忘れてはならない。
アメリカの紙幣に、ハリエットが採用されることを祈る。
黒人差別の物語は、これまでネルソン・マンデラやモハメッド・アリやマルコムXなど、男性ヒーローの存在により、語られてきた。
しかし、やっと女性ヒーローの時代が来た。
「ビリーブ 未来への大逆転」(2018,米)は2020年、9月に現役のまま87歳でこの世を去った、最高裁判事、ルイーズ・キンズバーグの若き日を描く。実社会でも、リベラル派、ギンズバーグの後任に誰がなるのか注目されたが、10月、保守派の別の判事を指名したトランプに対して、大きな抗議デモが行なわれた。トランプは、ことごとく、男女平等の道をつぶしていった。
ギンズバーグは、ユダヤ系ウクライナ移民で、ビル・クリントン大統領時に連邦最高裁の判事として迎えられ、女性の権利運動、フェミニズムの闘士として知られる。映画で語られる若き日は、期待したより自然体のヒロインで、時代や社会の中で、徐々に目覚めていく姿が描かれる。
そもそも彼女は、学生結婚で、法科の夫を理解するため自分も同じ学問を選んだという、意外に“受動的な”立場から始まる。
そして、出産後に、夫は癌になり、その看病をしながら、勉学、子育てもする。
やがて、夫の病気の改善とともに、女ができないとされる裁判を夫とコンビで行なうなど、実社会を通じて、男女差別の矛盾に挑戦していく。
一方、女性だけが得られる介護助成金の制度を男性も得られるよう、男女間役割における偏見にも異議を唱えた。彼女は、そうした理不尽な判決を変えていくため、弁護を無料で受けたりして、法に挑み続けたのだ。
そういえば、かつて映画「愛のイエントル」(1983,米)は、ユダヤ系ポーランド人のヒロイン、イエントルが、女性の役割を受け入れられず、男装して男子学校に入り込む物語だ。
優秀な同級生の男性は、男装した彼女を最高の友人として扱うが、実は女性であることがわかるなり、恋に転じる。いや、そこまではいいが、結局彼女には可愛らしさや家事だけを求め始めるのだ。
女性が男性と同等に勉強や仕事をするべきではないと考える、男の封建性が描かれた。男は、女性の役割のみを受け入れる別の女性を選び、イエントルは、新天地を求めて旅立つ……。
バーバラ・ストライザンドもまた、ユダヤ社会の男女間差別を変革したくて、映画「愛のイエントル」の制作を命がけで映画界に売り込んだ話が印象的だった。
やがて、ギンズバーグの時代へ。
男女差別感はまだまだあるが、ギンズバーグの映画では。夫のキャラクターが、フェミニズムの女性に対して理解とサポートができる完璧な人物だ。
これぞ、いまどきの女性を助ける男性、という理想のタイプだろう。
インテリ夫は、自分だけが偉いという男性像ではなく、妻の勉学や仕事、人権活動に対して常に理解とサポートを続けていく。世の中、こういう頭の男性ばかりだと、あっというまに世界は豊かになるだろう。
ドキュメンタリー映画『RBG 最強の85才』(2018年。米)の中で、ギンズバーグが、サラ・ムーア・グリムケの言葉を引用している。
「男性の皆さん、私たちを踏みつける、その足をどけて」
このセリフを判決文にまで引用した、というから凄い。
サラ・ムーア・グリムケとは、アメリカの奴隷制度廃止運動家で、女性の権利のために弁護士になった人である。
こうして、あらゆる人種差別、性差別は、勇敢なヒロイズムを持つリーダーたちにより前進していく。こうしたリーダーたちの運動を我々はもっと意識し、リスペクトしなければ、先には進めないだろう。時代とともに、世間がなんとなく勝手に変わるのではないのである。
もうひとつ、今年は、世界で女性の人権運動が最も活発と言えるアメリカで、やっと作られた映画「スキャンダル」(2019,米)をスルーしてはならない。
FOXテレビの有名なキャスターが、局のトップから、番組獲得のためにミニスカートと枕営業を強要され、拒否したことから降板に至り、セクハラ訴訟を起こした実際の事件を参考に本作は作られた。
先進国の華やかなメディアを飾るインテリ美女たちでさえ、権力ある男性たちからいまだに、こんな仕打ちを受けているのか?
そう思うと、情けない。
確かに時代は変わり、女性は奴隷のように無償で搾取されるわけではない。が、良い仕事をしたければ、まず自分に対し「女の性的お仕事」をせよ、という男の権力が、当たり前のように存在している。
もちろん、こうしたセクハラは、野心家の女性たちだけが格別の報酬と引き換えに受けるハラスメントではなく、どんなジャンル、どんな環境でも行なわれている。
こうした環境を変えるためにも、リーダーたる女性は、自分が上手にサクセスするだけでなく、ムーブメントを起こすべきだろう。理不尽なハラスメントについて声を上げられない、ほかの女性たちや次世代の若者たちのために。
映画「スキャンダル」のヒロインのイメージに近い、実在の元FOXキャスターは、自分の受けたセクハラを訴えて、CEOがクビになり、20億円の和解金を受け、そのうえ他局への移籍を果たしている。
日本だと、売名行為でバッシングさえ受けそうな展開である。もはや日本では、手が付けられないほど遅れている気がする。
そもそもセクハラというのは、ピンキリだが、実にダサくて、うざい。
権力をちらつかせながら、性的満足を受けたいがためにだけ、相手にそれを強要するのを恥ずかしいと思わないのだろうか? 職場以外のところで、紳士的な方法が選べないのか? いや、権力で女性を抑え込むことが、むしろ楽しいのか?
一方、セクハラの逆用で、野心のためにセクシャル・ウェポンを利用する女性は、自分さえよければ、の考えでヒロイズムのかけらもない。こんな女性が、ジェンダーパワーを利用して、役職が与えられることも阻止したい。セクハラ男と同罪なのだから。
男性と同等の技術、才能を磨いて、こんなセリフを、堂々と、言おう。
「男性の皆さん、私たちを踏みつける、その足をどけて」
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
レッスントート「Swing」
トートバッグ「Swing」は、底マチが、ボストンバッグ「Departed」の半分ぐらいの薄型トートスタイル。
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