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すべての女性音楽家に“RESPECT”を込めて…

木村奈保子の音のまにまに|第31号

つい先日、歴史ある音楽賞の第63回、グラミー賞の、‘子供向けアルバム賞’部門で、5名中、3名が受賞を辞退したニュースがあった。
選ぶ審査委員が、すべて白人男性であること、元会長の女性蔑視発言があったことなどから、抗議の意味合いだ。
アメリカでさえ、まだこんな環境なのかと思うと、人種、ジェンダー平等の道のりは、遠い。

日本も、最近は若い女性たちの間で、ジェンダー平等についてシビアになってきたのか、オリンピック関連から、ニュース番組のCMに至るまで、何かと女性差別が取り沙汰され、頼もしい気がしている。
ネット、SNSによる情報の国際化も影響しているだろう。
人種や性差別のテーマが、いきなり身近になってきたようだ。

そういえば、コロナ禍に、ニューヨークに住む日本人のジャズピアニストが、顔見知りではない数人の若者から酷い暴行を受けたニュースがあった。
日本のメディアでは、あまり大きな事件として扱われていなかったが、その後も、中華街の日本人女性がアジア人としてマークされ、暴力を受けた。

“ブラック・ライブズ・マター”から“アジアン・ライブズ・マター”へ?

いや、肌の色、性別に関するヘイトクライムは、過去の歴史ではなく、たまたま起こった、いま流行りの事件でもない。
そこには根深い問題があり、多くの運動家が立ち上がって、変化させてきた。

とりわけアメリカでは、白人を社会の中心とした視点で、ものごとはとらえられ、マイノリティーの人権はことごとくないがしろにされてきたのだ。
それを正したい、変えたいという思いが映画のテーマにずっしりと据えられている。
音楽業界のグラミー賞にも、同じような状況があったのだ。

アメリカ映画では、そうしたテーマが「シンドラーのリスト」(1993年、米)や「マルコムX」(1992年、米)のように、直接的なテーマとして語られるほうがむしろ少なく、ラブ・ストーリーやアクションのなかで、見事な説得力をもって、差別のあり方に異議を唱える啓蒙思想が、深く根付いている。

そんななかで、ユダヤ人、スティーブン・スピルバーグ監督が黒人社会を描く「カラー・パープル」(1985年、米)に、私は衝撃を受けた。
差別される黒人が、自分たち黒人社会の中では、逆に女性を虐待しているという環境を、やんわりと美しい映像で描いたものだ。封建社会の構図は、日本にも通じるところがある。
権威を持つ男性が、常に圧倒的な力を持ち、どんな女性をも性的対象として、扱う。
映画「プレシャス」(2009年、米)でも、父親から性暴力を受ける少女が、特別なことではないかのように登場した。女性の我慢によって、覆い隠されてきた醜い歴史がある。
肌の色が同じでも、黒人男性は黒人女性の前で、圧倒的に上に立てる存在だったのである。

さて、黒人音楽の世界で、女性シンガーも、男社会の中で作られてきた。
映画「ドリームガールズ」(2006年、米)は、女性コーラスでヒットしたシュープリームのバックステージもの。
女性歌手は男性シンガーやプロデューサーたちによって発掘され、育成され、ビジネスの道具になる。何より女性は、性の対象として関わり、サバイバルの道を行く。

女性は社会でも、男性の視点で“選ばれる存在”であるのは、白人でも、黒人でも同じことなのである。

映画では、ダイアナ・ロスを思わせる美しいビヨンセと歌唱力のみが勝負のジェニファー・ハドソンの関係性が、女たちの火花散る競争などではなく、ジェンダー論に重ねて描かれる視点が、アメリカ映画らしい。
男性社会で競わされるに過ぎなかった女性たちの時代である。

オールウェイズ・ラブ・ユー

ドキュメンタリー映画「ホイットニー オールウェイズ・ラブ・ユー」(2018年、米)では、
ダイアナ・ロスの従姉妹でもある、エンタメ界のサラブレッド、ホイットニー・ヒューストンが、ボビー・ブラウンとの結婚後、夫からのDVや薬物のせいでまっとうな人生の階段を転げ落ちていく姿が悲劇的に描かれる。
並優れた才能で強い立場を築ける女性でさえも、男性から、ここまで不当な仕打ちを受けなくてはならないのか?
後年の薬物欲しさのツアーは、ホイットニーのファンとして観るのは、辛すぎる。

 

ティナ・ターナーも素晴らしい歌手だが、男性の苦労があった。
映画「TINA」(93年、USA)は、ティナ・ターナーの自伝を女優、アンジェラ・バセットが演じる実話の映画化。
人気バンドのアイク・ターナーから見いだされ、サクセスへの道へ。
しかし私生活を共にすると、アイクの酒と暴力に苦悩する羽目に。

ティナが、歌の実力で、すべてを乗り越えるまでの壮絶な人生を、パワフルな歌唱力とともに見せる。
黒人歌手の祈りの歌はリアルで、今年は再び、このティナの伝記が、HBOドラマ「TINA」として、制作された。
暴力により支配された人生は、どんな立派なアーチストであっても女性である限り、避けられない道なのか?

一方、「ドリームガール」で、あのビヨンセを上回るパワーで話題となったジェニファー・ハドソン本人が、成功の階段を登り始めた頃、母親や兄、甥が何者かに殺される事件が起こり、世間を震撼させた。

RESPECT

しかし、時を超えて、昨今の映画「RESPECT」(2021年、米)では、ソウルの女王、アレサ・フランクリンを演じて見事に返り咲いた。

2018年、76歳でこの世を去ったアレサは、そもそも牧師である父親のもとで敬虔なゴスペルシンガーの道に向かう。
それでも実は12歳、15歳で未婚の出産を経験し、その後マネジャーと結婚した。
やがて、黒人女性歌手の例にもれず、夫の暴力に苦しむのだが……。

 

エンタテイナーの浮き沈みは、男女問わず、国籍を問わず、やむをえない話だが、そこに薬物が入り、何より女性には、愛されるべき男性からのDVが加わる。
かくして、尊敬される立場の女性が、ないがしろにされ、虐げられていく。
女性の歌は、男性のそれ以上に、神への祈りが深いのだろう。

アレサ・フランクリンは、人権、女性問題の信念が心の奥に宿り、愛に押しつぶされず、長く生きられたのが、幸いだ。

アメイジング・グレイス

実は、アレサの最もヒットしたアルバムが映画化され、日本でも公開を予定している。
アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン」は、49年も前、アレサが教会で生ライブを行なった映像を、技術的な修復を加えて、蘇えらせた貴重なフィルム。

当時から、「愛と哀しみの果て」のシドニー・ポラックが監督をした。
娘に誇りを持つ父親がライブフィルムに登場し、微笑ましい関係を見せるシーンが印象的。
アレサの魂の歌は、教会という舞台から始まった。

1972年の若きアレサ・フランクリンが、音だけでなく、映像で見られる。
崇高な姿に感動する。

いまや、環境問題を抱えて、人間性は劣化し、心穏やかでない今日このごろ。清く、初々しいアレサの神に通じる道が、見えた気がする。
映画館が、教会のように感じられるだろう。

最後に、今年のゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞し、アカデミー賞でも期待される「ジ・ユナイティッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ」が楽しみだ。
サラ・ボーン、エラ・フィッツジェラルドと並ぶ黒人歌手、ビリー・ホリデイが、薬物、アルコール依存症で苦しむなか、捜査対象となり、追われるうち、潜入捜査官と危うい関係になるというドキュメントタッチの伝記映画。

ビリー・ホリデイ役のアンドラ・デイの歌う姿に、圧倒される。
ビリーが彼女のもとに降りてきたのだろう。

女性歌手の歌は、こうした悲劇の人生とともに語り継がれていく。
芸は身を助けるが、愛は、果たしてどうなのか?

愛したり愛されたりしながら、虐げられる女性の幸福度は、いちがいに計り知ることはできないが、愛と自立を求めることで複雑な男性心理に翻弄されることは他人事と思えない。

時代とともに変わるジェンダー平等は、こうした先代たちの才能と苦悩の道の上にあることを知っておきたい。
すべての女性音楽家に“RESPECT”を込めて……

 

MOVIE Information

『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』
アレサ・フランクリンが、1972年1月13日、14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で収録したライブ・アルバム「AMAZING GRACE」を映画化。
日本でも、GW後の公開が予定されている。

 

出演:アレサ・フランクリン、ジェームズ・クリーブランド、コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、ケニー・ルーパー(オルガン)、パンチョ・モラレス(パーカッション)、バーナード・パーディー(ドラム)、アレキサンダー・ハミルトン(聖歌隊指揮)他
原題:Amazing Grace/2018/アメリカ/英語/カラー/90分
2018©Amazing Grace Movie LLC 配給:ギャガ GAGA★

2021年5月28日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国ロードショー

 

 

木村奈保子

木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com

 

 

N A H O K  Information

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問合せ&詳細はNAHOK公式サイト

 

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