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アーティストの時代への転換期

木村奈保子の音のまにまに|第58号

ハリウッドの俳優たちが、史上最強の大ストライキを始めている。
しかも俳優たちだけでなく、脚本家たちとも合流した。
俳優たちの労働組合がSAG-AFTRAで、脚本家の組合が、WGAという。
これらの組合が合流するのは60年ぶりで、なんと年末まで続きそうだというから、映画界には激震だ。ちなみに、60年前のSAG会長は、ロナルド・レーガン(のち、アメリカ大統領)だった。
昨今は、配信でも映画を観る時代。
制作会社側(AMPTP)からすれば、選択肢が増えた分、利益が増えるが、脚本家や俳優には、それが反映されないという。
そのなかで、全米監督協会(DGA)は、スト前に交渉が終了しており、今は俳優側を支援する立場だ。
つまり、俳優、脚本、監督vs制作会社(プロデューサー)という構図だ。
搾取する側とされる側の対立は、かくも堂々と行なわれる。

例えば俳優は、自分の顔がスキャンされ、1日分のギャラだけ支払われ、一方制作側は、俳優の肖像権を永久的に獲得し、それをもとにAIで動きをつけるというデジタル時代に突入。俳優たちの権利、人権が失われることが危ぶまれている。
スタントマンから大物俳優スーザン・サランドンまで、多くの出演者たちが立ち上がり、未来に向けた提言に挑む。果たして、妥当な権利を獲得することはできるのか?

ともかく、解決に近づく答えが出るまでは、Wストライキが続くので、映画撮影は中断され、宣伝イベントなどにも俳優たちは参加できない。
制作側からすれば、莫大な損害を被ることになる。
それでも、俳優たちは今後のキャスティングを失うかもしれないリスクを恐れず、人権を守るためのストを敢行している。

性加害者、ワインスタインに立ち向かうMeToo運動しかり、アメリカの俳優たちは、こうして立ち向かい、自分たちの手で権利を獲得していく。
そこには、過去に映画界を退いた者から現代に活躍する大物女優までが存在する。
今の自分のためというより、未来の若い世代に向けての貢献の意味もあるようだ。

日本でも、昨今、性加害の告発が続いたことから、是枝裕和監督を中心にした監督有志の会が、ハラスメント防止について、日本映画製作者連盟に提言書を出した。
実際、被害を受けるのは俳優たちだと思うが、監督たちが代弁し、俳優が中心にならないのは、日本的な慣習なのだろうか。
俳優たちは、権利を主張する余裕もないか、事務所との関りがあるのだろう。

成功した大物女優たちが、仕事を得る過程で、大なり小なり危険な目にあってきてはいると思うが、男性に嫌われそうな話題を、日本では公に口にする人をあまり見ない。

何をいまさら、そういうことを言う人なのか、など多くの女性にとっては、同じ業界人を相手に被害を告発しても、何もいいことがない、と考える。

個人的には、性加害を訴えるだけで、そのイメージが固定してしまうため、デメリットは少なくないと躊躇する。
これも、本当に理解できる状態だ。

しかし、悪事を放置すると、次の世代に良いものが残せるのだろうか?
自分さえよければ、先の世界はどうなってもいいのか?

そう思っていたところ、ジャニー氏の性加害問題で、日本の音楽史に名を遺す故服部良一氏のご子息で、俳優の服部吉次氏が友人とともに突然、記者会見場に登場した。
ちなみに長兄の故服部克久氏は、著名な作曲家で、私も何度か映画音楽の仕事でご一緒したことがある。
会見場では、70代後半の上品な老紳士たちが、過去のジャニーから受けた性被害を、躊躇しながら語る。その姿が、なんとも崇高に感じられた。

彼らは、自分たちに残された短い時間に、真実を語り継がねばと決意したようだ。
未来を見据えて、これからのエンタメを目指す若者に辛い被害がないよう、役に立ちたいという気持ちが真摯に伝わった。

二人は、元ジャニーズの告白とは違い、スター願望やグルーミングがないため、加害者であるジャニー氏の才能を崇めることはなく、むしろジャニー流のエンタメが、日本の文化水準を高めるどころか、逆に向かったのではないかと言い放った。
言うべきポイントは、ここだろう。

音楽一家とかかわりを持ったジャニー氏が築いたショービジネスの内容に、グローバルなセンスがあったともいいがたい。

この大規模な権力体制のなかにある性加害事件は、過去の事件をむしかえすことではなく、未来の文化レベルを変える可能性を感じさせる。

チャイルド・マレスターによる長期のハラスメント行為は、犯罪であり、許されない。
それによって、音楽文化の向上を妨げたのではないかとさえ私は思う。

日本には、音楽界や映画界よりも芸能界のパワーが強い。
それで日本の文化レベルが、世界に通用しているのか、いま考えなおすチャンスだ。

日本の芸能事務所が、かくしてチャイルド・カルチャーを量産してきたが、この過去を振り返るムーブメントが、芸能人からアーティストへの時代を築くきっかけになればいいと思う。
われわれの世代が振り返り、後世のためにできることを考えなくてはならないと思う。

 

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