兵庫県が騒がしい。
私が生まれ育って、深い思いがある神戸の街が危ういのだ。
阪神大震災から、ほぼ30年。今の若者はあの頃の苦悩を知らない世代だ。
街への想いで、わが古き友人たちと必死で語り合う今日この頃……。
さて、県知事の不信任から、元知事が再任されたことに戸惑うが、またもや、ウルトラ選挙手法により、新たな騒動が始まっている。
今度は、公職選挙法違反が疑われ、もはやお騒がせ知事の決まり文句、「法に抵触することはしていない」は、通用しない段階に来たのかもしれない。自らの辞任はありえないため、この問題は、どこまでも続くのだろうか。
今回の県知事再選騒動の登場人物で浮かんだ映画のタイトルは、「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」。
レオナルド・ディカプリオが、できるものなら、ぼくを捕まえてごらん、と次々にやらかして、逃げまくる詐欺師を演じる、あのキャラクターだ。
原作は、10代から医者、弁護士、パイロット、といろんな立場のプロに成りきり、小切手偽造事件を成功させた実在する人物の話。
さて、物語の主人公はたいてい一人だが、県知事選ではすでに“キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン”と叫んでいるかのような人物が主役を競う勢いで、続々と登場している。
今回、選挙戦を企画したと主張するキラキラ女子プランナーのサポートで、かわいそう、のキャッチで悲劇の主人公的演出が行なわれたが、これはハリウッド映画にもあった。
映画「シカゴ」は、罪を犯し、刑務所に入った女優志望の女ロキシー(レニー・ゼルウィガー)が、“かわいそうな女性”を装い、自ら雇った敏腕弁護士(リチャード・ギア)のもと、マスコミをも巻き込み、嘘のストーリーを仕立て上げ、まんまと民衆のハートをつかみ、スターのような人気者になる展開だ。
同情を得て、名前を売りたい女優志望と弁護士のコンビネーションは、実にウィンウィンの関係である。
話題の県知事選プロデュースを自負するキラキラ女子は、この映画のように、互いに脚光を浴びたかっただけなのだろうか?
それにしても、選挙のルールを最もよく知るはずの総務省出身の知事はもとより、選挙が終わるまで、誰も選挙手法の問題点に気づかなかったのが不思議でならない。これも勝ちさえすれば、後は何とでもなるという候補者や応援者たちの大胆な考え方が根底にあるからだろうか。
候補者が、選挙運動の金銭を支払っていたら“買収”に当たるが、知事は70万円のポスター代の支払いのみと答えている。
そうすると、キラキラ女子が懇切丁寧にプランナーとしての説明をし、SNS配信、撮影まで会社のスタッフとともに行ったことはボランティアか(原稿を書いている段階では、いまココだ)。
そこで過去に選挙カーの運転手が、ポスターを貼るなどの選挙運動にかかわったことで、違法となった判例があった。ドライバーは車の運転はいいが、運動に参加するのは違法に当たる。これだけのことでも、同じ人物の仕事に、有償分と無償分の仕分けはできないということで、違法の判例が出たという(弁護士、西脇亨輔チャンネル)。
昨今は弁護士の活動も身近になり、一般人でも、法的にどうかを考える傾向にあるが、そこに明瞭な答えがすぐにわかりにくいことが多く、実際裁判で決着がつくまでは、敏腕弁護士の説でも“~の可能性がある”、などと慎重になる。
しかし、違法かどうかの前に、法に触れなければ、すべてが大した問題ではないという価値観に近づいていることのほうが、私はもっと怖い。
これは、自ら出馬して別の候補者を応援するという手法を発案したトリックスターの影響も大きい。法をすり抜けながら「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」と、舌を出しながら世の中を渡り歩く姿は強烈で、多くの県民を話のうまさや、声の大きさで魅了した。選挙戦後半で、彼が登場しなかったら、勝負は異なっただろう。
彼の流す情報は、事実に、特殊な解釈が加えられていくため、興味深い。
例えば、A氏は1人の女性と10年不倫をしている→ほかにもう1人登場した、というベースの話があるとすると、そこからの“脳内変換”が大きい。
10年に複数不倫→10年間で10人だ!→1年に1人だ!→それは不同意性交に違いない!とみるみる展開させていく。
これは、よもやま話でも、話を盛る、という範疇を超えている。
しかもA氏の死因としてこれを挙げ、政見放送でも選挙戦の中でも吹聴した。
県民にとっては、こんな話が最もわかりやすく、心に届いたらしい。
人を驚かせるのに、もうひとつ、ふたつ、と尾ひれを加えていくとハッと驚く顔が見られるタイミングがわかるので、その経験値からこんな創作能力が生まれるのだろうか?デマの生みの親は、この件では、後に確証がないと自白しているようだが、これも法的には問題ないから良いということなのか?
かくして、「道義的な責任はわからない」と堂々と言い放つ知事のためにキラキラ女子やトリックスターらが、同じような価値観のもとに、選挙戦で踊り狂った。
ただトリックスターやキラキラ女子に比べてクールなエリート知事は、格段に強い承認欲求とトラウマを抱えているように思える。
気になるのは、多くの記者に疑いをかけられて、きつく詰め寄られ誰もがその場から早く逃れたいタイミングでも、彼にはカメラ位置にもうちょっと留まりたい意志が感じられる。決まり文句を発するだけなのに、その場から外れようとせず、長く映り続けることを選んでいるようにさえ見える。うっすら恍惚とした表情まで感じられるのは、私だけか……?
そういえば、雨の日の地方のイベントで、びしょ濡れの参加者たちと写る写真では、知事が美しく着せてもらったゆかた姿で、ひとり傘をさして、センターにしゃなりとたたずむ。
この出で立ちを見ると、政治家としての美意識の強さは類を見ないレベル。妄想の中では、知事ではなく、俳優、スターなのではないか?
県民を守る裏方の知事として適切と思えないが、彼のつかみどころのない心情には、精神分析的に興味がある。
あの羊たちの沈黙シリーズ、映画「レッドドラゴン」のレイフ・ファインズ演じるところのミスターD=フランシス・ダラハイドに例えたい。
彼が、終盤で、盲目の女性に純粋な愛を初めて感じた時、その心に抗いながら、祖母の巨大な肖像画の前でひれふすシーンが心に焼き付いている。
心の闇を暴き、愛と支配のトラウマを描く壮大なシーンである。
どこの地域の政治家でもよいのに、あくまで“兵庫県知事に”こだわる執拗なまでの愛着は、どこから来ているのか?
まさに、祖父の肖像画の前で、「県知事になれ」と言われ、葛藤する男の姿がダラハイドに重ねられるのは、単なる映画ファンの妄想であろうか。
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」
2002年製作/141分/アメリカ
[原題]Catch Me If You Can
[監督]スティーブン・スピルバーグ
[出演]レオナルド・ディカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン、マーティン・シーン
木村奈保子
作家、映画評論家、映像制作者、映画音楽コンサートプロデューサー
NAHOKバッグデザイナー、ヒーローインターナショナル株式会社代表取締役
www.kimuranahoko.com
木村奈保子さんがプロデュースする“NAHOK”は、欧州製特殊ファブリックによる「防水」「温度調整」「衝撃吸収」機能の楽器ケースで、世界第一線の演奏家から愛好家まで広く愛用されています。
Made in Japan / Fabric from Germany
問合せ&詳細はNAHOK公式サイトへ
アルトフルートとガーメント
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