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vol.5「レコーディング現場ってどんな感じなの?」

THE SAX vol.27(2008年1月25日発刊)より転載

最近のスガワ

少し遅れましたが、皆さま、明けましておめでとうございます。素敵な新年を迎えられましたか? 僕もまた、この1年頑張ろうと新しい目標に向かって進んでいます。

昨年を振り返ってみると、僕にとってもうこれ以上はないくらいにソロのレコーディングが多い年でした。CD3枚分すべてオーケストラとの共演で、1回は東京交響楽団、あとの2回はイギリスのBBCフィルハーモニーとの共演。とても貴重な経験ができました。というわけで、今回は以下の質問にお答えしたいと思います。

 

 

レコーディング現場ってどんな感じなの?

教えて須川さん

「須川さんはたくさんのCDをリリースされていますね。レコーディングの現場というのは一体どんな感じなのでしょう?是非教えてください!」

 

では、10月中旬にマンチェスターで行なったBBCフィルハーモニーとのレコーディング1日目を中心に思い起こしてみましょう。

今回はリハーサルが1日、翌日と翌々日の2日間でコンチェルト4曲を録るというハードスケジュールでした。体調が悪い、楽器の調子が悪い……という甘えは許されない状況です。

まず10/22リハーサル。このオーケストラと録音するのは3枚目になりますので、皆さん暖かく迎えてくれますが、メンバー全員に「このソリストと一緒に素晴らしい音楽を作りたい」と思ってもらえるよう、彼らを惹きつける演奏をしなければなりませんし、音楽的な内容を含む細かい打ち合わせ(マイクを立てる位置や自分の立ち位置)も兼ねていますから、いきなり100%以上の集中力を要します。今回は世界的指揮者の佐渡裕さんとの共演で、さすがと思える彼の力を借りながら、着々と志気を高めていきました。

翌23日はいよいよレコーディング初日。しっかり朝食をとって、ホテルから歩いて約10分、9時過ぎにBBCスタジオに入ります。軽くウォーミングアップしながら、続々と集まってくるオーケストラメンバーと話をしたり、5〜6枚に絞ったリードのチェックをしながら、開始時間の10時までを過ごします。妙な緊張感(ビビリ)もなく、今日は楽しもう!と思ってイメージを高めていきました。

さあ指揮者がやってきました。そこからいきなりテストテイクが始まります。1曲の全体像を決める大切な時間。会場はお客さんも入れるような広いスタジオで、すごく響くのが特徴ですが、吹いていると他の楽器の音がなんだか“回って”聞こえてきてしまうことに気付きました。リハの時は少し余裕があるので冷静に聞けたのですが、本番さながらに吹くと、ホールの響きに惑わされてオケの音がきちんと聞こえてこない。この瞬間「ワッ、大丈夫かな?」という不安がよぎりました。案の定、テストテイクを聴いてみると、オケとズレてしまっていたんです。自分では合っていたつもりなのに……。1曲目はイベールのコンチェルトで、1時までに全2楽章を取り終えなくてはなりません。しかしその時点でもう15分使ってしまっていました。どうやったらリズムが合うのか、イベールの音楽の緻密さに、血の気が引く思い。しかし、気を取り直すしかありません。佐渡さんに自分の思いを伝えると、そこは世界のマエストロ。オケと僕の、音の集合点を作り上げてくれました。そして本番ではメンバーもテンションがあがり、歩み寄ることができたのです。

 

レコーディングってチャレンジなんですね。コンサートのときは、本番の一回しかチャンスはありませんから、多少丁寧になったり逆に勢いで押したりすることもありますが、レコーディングでは自分の理想とする音楽を残すために、もしかすると失敗してしまうかもしれないけど、まだチャンスはあると思ってめいっぱいチャレンジして吹けます。また、自分が思っているニュアンスが、録音したら思ったようにうまく聞こえないこともまた難しい。音だけ聴くというのは、視覚的に訴えることができないので、大きな表現をしたつもりでも割と淡々と聞こえてしまうんですね。これは長年レコーディングをやっていてわかっているので、少しオーバーにやって、その中でうまくいったテイクを採用してもらいます。

また今回、楽器のトラブルも重なってしまいました。「どうも下のほうの音が出にくいけどリードのせいかな?」と思っていたんですが、タンポに水を含んでいるということがわかったんです。昨年は夏ごろからずっと激務が続いていたし、もちろん途中で楽器調整をしたりはしたんですが、どうしても老朽化はさけられない。ここにきてそれが表面化してしまったのです。それに気付いたのは2楽章に入るころでしたが、こんなことで時間を無駄にするわけにはいきません。また気持ちが沈んでもいけません。1テイク終わる度にこまめに水分を取り除いていましたが「何とか持ってくれ」という気持ちでいっぱいでした。

響きの問題、タンポの問題、いろいろな不安材料を抱えながら、時間制限の中で最大限良いテイクを続けようと思うと、余計な会話はせずに進めていくしかありません。それがだんだんナーバスな雰囲気へと繋がってしまうこともあるのですが、ここはさすが名門オケ。佐渡さんをはじめメンバーの皆さん、スタッフの皆さんが僕の気持ちに負担をかけないように、笑顔で接してくれたことに助けられました。また、2日目は本多俊之さん作曲のコンチェルトを録音しましたが、なんと本多さんご本人が立ち会ってくれて本当に勇気づけられました。

大変な3日間でしたが、「やっぱりレコーディングは難しいな」と感じる瞬間は、吹いた直後、録ったものを聞き返したとき。つい先ほどの自分そのままが自分に返ってくる瞬間です。「こう吹きたいわけじゃなかった」と思っても、それが現実、自分を鏡で見る状態……。でも、その厳しさに真っ向から立ち向かっていれば、仲間は必ず手助けしてくれます。そして今回のように、多くの問題を抱えながらも乗り越えられたのは、それを上回るくらい練習してきたからという気概があったからだと思います。本当に練習は裏切らない! 最終的に、神様は微笑んでくれたと思います。

このレコーディングの音が皆さんにお届けできるのはもう少し先になりますが、たくさんの人に聞いていただけたら嬉しいです。楽しみに待っていてくださいね。

※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです

 

須川展也 Sugawa Nobuya

須川展也
日本が世界に誇るサクソフォン奏者。東京藝術大学卒業。サクソフォンを故・大室勇一氏に師事。第51回日本音楽コンクール管楽器部門、第1回日本管打楽器コンクールのいずれも最高位に輝く。出光音楽賞、村松賞受賞。
デビュー以来、名だたる作曲家への委嘱も積極的に行っており、須川によって委嘱&初演された多くの作品が楽譜としても出版され、20-21世紀のクラシカル・サクソフォンの新たな主要レパートリーとして国際的に広まっている。特に吉松隆の「ファジイバード・ソナタ」は、須川が海外で「ミスター・ファジイバード」と称される程に彼の名を国際的に高め、その演奏スタイルと共に国際的に世界のサクソフォン奏者たちの注目を集めている。
国内外のレーベルから約30枚に及ぶCDをリリース。最新CDは2016年発売の「マスターピーシーズ」(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)。また、2014年には著書「サクソフォーンは歌う!」(時事通信社)を刊行。
NHK交響楽団をはじめ日本のほとんどのオーケストラと共演を重ねており、海外ではBBCフィル、フィルハーモニア管、ヴュルテンベルク・フィル、スロヴァキア・フィル、イーストマン・ウインド・アンサンブル、パリギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団など多数の楽団と共演している。
1989-2010年まで東京佼成ウインドオーケストラ・コンサートマスターを22年余り務めた。96年浜松ゆかりの芸術家顕彰を表彰されるほか、09年より「浜松市やらまいか大使」に就任。2016年度静岡県文化奨励賞受賞。
サクソフォン四重奏団トルヴェール・クヮルテットのメンバー。ヤマハ吹奏楽団常任指揮者、イイヅカ☆ブラスフェスティバル・ミュージックディレクター、静岡市清水文化会館マリナート音楽アドバイザー&マリナート・ウインズ音楽監督、東京藝術大学招聘教授、京都市立芸術大学客員教授。
 
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