皆さん、こんにちは。新年度が始まって早2ヶ月、そろそろ落ち着いてそれぞれのサックスライフを楽しんでいらっしゃることと思います。僕は4月末〜5月頭にかけて、2年ぶりに豪華客船「飛鳥II」に乗船して演奏してきました。もちろんお仕事なのですが、なかなかできない経験ですから楽しんできましたよ。
さて、僕のニューアルバム2枚、聴いていただけましたか? 「ARIAS」については、THE SAX 29号のインタビューでも語らせてもらいました。「協奏曲集」については、レコーディングの模様をこのコラムでお伝えしましたね。昨年僕が取り組んでいたこの“種まき”、見事に開花してくれました。ぜひ、感想をお寄せくださいね。
「プロの吹奏楽団はコンサートマスターを配置していることが多いようですね。東京佼成ウインドオーケストラもその一つですが、コンサートマスターには一体どんな役目があるのですか?」
今回も、読者から寄せられたこんな質問にお答えしましょう。 コンサートマスター(以下コンマス)とはズバリ、「その楽団の、音楽的なことの責任を持つ」ということが大きな役割だと思います。オーケストラの場合はヴァイオリン奏者がその役割を持っていて、重要なボウイングを決めたり、1stヴァイオリンの先頭で演奏し、弦楽器全体を牽引します。オケの場合、管楽器は人数も少なくてソリスティックな演奏を要求されることが多いので、ある程度奏者に任されている部分が大きいと思います。吹奏楽の場合は同族楽器が多いので、いろんな調整がコンマスに求められます。
指揮者と演奏者の間に立って、限られた時間の中で最大限良い演奏会になるような練習ができるようにするのもコンマスの役目です。自分の楽団の良いところ、苦手とするところを把握しておき、事前に指揮者に伝えてリハーサルが上手くいくように計画を立てることもあります。例えば、僕の所属する東京佼成ウインドオーケストラの場合は、リハーサルの日は朝一番からいきなりシリアスな曲をやるよりは、ウォーミングアップを兼ねた楽しく軽い曲から始めるほうが後々良いように思います。長時間になってくると金管楽器を始めとして疲れが出始めますから、その時にあまりナーバスにならないように適度に休憩を申し出る。そういうことを、リハーサルが始まる前に指揮者とミーティングします。
注意しなければいけないのが、指揮者が作ろうとしている音楽に踏み込みすぎないこと。自分は指揮者ではないので、「僕はそう思わない!」なんて意見を押し通そうとすると、指揮者だけでなくメンバー全員がどうすればいいのかわからなくなってしまいます。でも、管楽器には無理だと思われる要求をされた時には、団を代表してファイトすることも……これはごく稀なケースですけどね。
練習計画を立てていても、いざ音を出してみると意外と違うところで問題が生じることもあります。そういうときは臨機応変に判断することも必要です。「今日のリハーサルは、何度もやってきた得意とする曲を流す程度」だったとすれば、普段時間が足りなくて踏み込めないようなベーシックな部分……全体の音色を磨く練習などを取り入れて全体を引き締めることもありますね。曲だけでなく、バンドとしての音づくりです。ちょっとリフレッシュするためにもベーシックなことを取り入れてみるのも良い方法だと僕は思っています。
コンマスが、自分の演奏をきちんとすることは大前提です。プラス、その団員全体が、スムーズに同じ気持ちで音楽に向かっていけるようにサポートする。緊張がある時とない時、良いバランスを取ることが大事だと思うんです。練習中にずーっと緊張感だけが続くと、果たしてそれはいい音楽に繋がるか? 必ずしもそうではないと思います。辛くなったり、その曲が嫌いになってしまったり。反対に緊張感がなくてただ吹いているだけでも、いい音楽にはなりません。
それは、プロでもアマチュアでも同じことだと思います。吹奏楽などの合奏は複数の人間でひとつの音楽を作るわけですが、10人いれば10通りの音楽、20人いれば20通りの音楽がある。それを尊重しつつ、どこかで折り合いのつくところを探すのが、コンサートマスターの役目ではないでしょうか。
それからもうひとつ、コンサートの雰囲気を作ることも大切な役割かなと思います。コンマスが、真っ青な顔でステージにいたら……メンバーだけじゃなくお客さんまで不安になってしまいますからね。
僕は中学、高校と吹奏楽をやってきましたが、必ず悩むことは「人間関係の揉め事」でした。この質問を送ってくれた人も、その悩みを抱えているのかもしれませんね。でも、人間関係をどうクリアしていい音を出すかというのも、合奏の一つの魅力だと思うんです。最終的にコンサートが終わったときにはみんな達成感を得ると思いますが、そこに行き着くまでにはそれぞれの楽団のドラマがある。それはみなさんと同じように僕らにもあって、悩み、苦しんで本番を迎えます。でも、音楽には罪はない。ひとたびステージに上がったら、自分のやってきたこと、大好きな音楽を純粋にやっていれば、その「揉め事」の解決にも繋がる音楽での出会いがあるかもしれませんよ。
本番が近づいているときに揉め事が起きてしまったときには、コンマスは、まず音楽に向き合うようにし向けたほうがいいと思います。それぞれの言い分があると思いますが、まずは音楽をやること。みんな音楽が好きで始めたことですから、コンサートが終わった後には、何かしらの同じ思いを持てるはず。その時こそ、みんなが一つになれるチャンスです。
僕も、これまでに何度も「今言うことじゃなかった」とか「一晩置いて意見すればよかった」とか、この20年いろんな失敗、成功を繰り返してきて、やっとわかりかけてきた「コンマスの役割」です。悩むのはみんな同じ。悩み、話し合い、楽しみ、喜ぶ。その間個人として人知れぬ努力をしたり……そういった「経験」から出てくる音楽こそ、人間にしか成し得ない魅力的なものになるのだろうと思います。
※このコーナーは、「THE SAX」誌で2007年から2015年にかけて連載していた内容を再編集したものです
須川展也 Sugawa Nobuya